センサー

『センサー』は伊藤潤二さんの作品です。引き寄せられるように千獄岳を訪れた白夜京子の身の上に起こる出来事と、白夜に魅せられたルポライターの物語です。

白夜が千獄岳付近を歩くと、金髪のように輝く火山毛がそこら中を漂っています。白夜は火山毛を「天髪様」と呼ぶ人々のいる村、清神村に案内されます。

ここから先はネタバレなのでご注意下さい。

センサー 伊藤潤二 朝日新聞出版

村人は白夜が来ることを知っていたといいます。金の火山毛は家や植物、動物にまで降り注ぎ、人の髪にも貼り付いて落ちません。これは昔宣教師のミーゲレが幕府に迫害されて火口に落とされて以来火口から漂い出ているもので、村人たちはありがたがっています。天髪様は宇宙を感じるセンサーの力を持つといい、村人は星を眺める会に白夜を誘います。よりいっそうの黄金の火山毛が飛ぶ中、白夜と村人は宇宙にミーゲレならぬ漆黒の髪を持つ異形のものに出会います。

場面は変わって、60年ぶりに噴火した千獄岳の、60年前に殲滅した清神村のあたりに様子を見に来た消防団は金色のシェルター様のものを発見します。中からは光輝く黄金の髪の白夜が現れるのでした。

2話ではルポライターの土宿が真っ黒な雲に惹かれて訪れた先の林で白夜をみかけます。白夜は追われているのです。白夜と土宿を捉えた集団は瞑想者、藍度に率いられています。藍度は白夜を媒介に瞑想し、黒い雲にアクセスして宇宙のすべての記録、アカシックレコードにタッチしようとします。そこを火の塊が襲い、土宿は白夜を助けて逃げます。黒雲はしばらくして霧散しますが、その下に瞑想集団の遺体がみつかります。

その後、土宿は再び姿を消した白夜について調べ、いろんな人に会います。白夜には宇宙の記憶が流れこんで気も狂わんばかりになっていたが、センサーを制御する方法を覚えたらしいことがわかります。白夜を思い彼女の夢をみたいと願う土宿でしたが、かわりに自分のストーカーの夢をみるようになります。

ストーカーに会ってしまった土宿は拉致され、白夜に関連して取材した人々に会います。彼らも拉致されていたのです。黒幕はパワーアップした藍度。藍度とそのシンパは白夜を探すためまた瞑想をします。その方法は髪をセンサーとして伸ばし、白夜に関連する人にセンサーを入れて情報を引き出すというもの。いつしか彼らは髪に囲まれた繭のような塊になります。繭が割れるとそこには情報を抜き出され文字通り抜け殻となって命を失った人々とおかしくなった藍土のシンパたちが現れます。

土宿はストーカーに襲われていましたが、土宿の抜け殻はなく、ストーカーは土宿の不在にショックをうけるとともに「白夜はこの世のどこにもいない!」と気づきます。

白夜は江戸時代のミーゲレの元にいました。その時代の人々と親しくなり、幕府の迫害を予言してミーゲレとキリシタンたちを守っていたのでした。ところが虚無僧が役人たちを連れてきて、ミーゲレも白夜もキリシタンも十字架をつけて千獄岳を登らされ、火口に並べられます。そして端から火口に投げ落とされます。土宿は白夜と一緒にいますが、その姿は江戸時代の人々には見えていません。そして虚無僧の正体は藍度でした。殺されていくミーゲレたちに勝ち誇る藍度に対し、白夜は毅然と言い放ちます。宇宙を見る力が欲しいならいま自分がセンサーを全開にするから受け取るがよいと。宇宙の記憶は人間が太刀打ちできるものではなく、藍度は消え、同時に漆黒のガスの塊が宇宙のかなたに飛び去っていきます。

ミーゲレと白夜は火口に落とされ、白夜の髪が伸びて二人を包み込むのを土宿は見ます。

次の瞬間、土宿の体は瞑想の現場にもどり、ストーカーを含めた藍度のシンパたちが正気をなくしているのに気づきます。一部始終を見ていた医師は、みんな宇宙の秘密にふれておかしくなってしまったのだろう、と言います。

土度は考えます。天髪様に祝福されていた清神村は千獄岳の噴火によって滅びた。だが光と漆黒の戦いはこれて終わりではない、と。

不思議な話です。『山怪談』のときも書きましたが、伊藤潤二さんはホラー作家で、伊藤潤二ワールドとしか呼べない独特の雰囲気があって好きな作家さんの一人です。すべての作品を読んだわけではありませんが、傑作集などを読んでいます。有名な『富江』も1巻だけ読みました。実は富江はあんまりピンと来なかったのですが、この『センサー』はどはまりしました。

すごく身近な話ですが、白夜京子は大好きな友達によく似ています。友達は茶髪ですが、額を出した長く真っ直ぐなきれいな髪、美しい顔立ち、いたずらにはしゃいだりしないどちらかというと冷静な性格。表紙の白夜を見た瞬間からワクワクしていたのですが、読んでみてもやっぱり友達に似てる気がして、白夜京子をすごく好きになってしまいました。読み進めていくと不可思議なお話に夢中になりました。

白夜が自殺の名所を訪れ、最終的に大量の自殺虫(人間が足を下ろすところに飛び込むように入って来て踏み潰されて死んでしまうのでその名で呼ばれている)を引率して崖から海に飛び込んじゃうエピソードがあったりして、謎展開満載です。

伊藤さんご自身、あとがきで「楳図かずおさんの『おろち』のように、白夜を狂言回しにした話を描こうとしたのに、白夜は宇宙の謎という重要な役割を担ってしまい、かわりに狂言回しをさせようと思った土宿も作者の意に反して白夜に熱を上げてしまった」と書いていらっしゃいます。作者の思い通りにいかないなんてことがあるんだろうか?と伊藤さんも書いていますが、私もお遊びで漫画を描いたことがあるのでよくわかります。そんなお話にするつもりはなかったんだけど、描いてみるとどうもこの展開がしっくりくる、いや、それにしかならない、ということはあるものです。ただ、『センサー』では、最初にでてきた宇宙の謎の漆黒のイメージと、藍度の雰囲気が似ているので、最初からストーリー展開を想定して描かれたもののように思ったので、伊藤さんが予期していなかった方向にキャラクターたちが動いた、というのはちょっと意外でした。

昔の少女漫画を読んで育った私の世代の女性は多分、金髪に憧れがあります。昔の少女漫画には、金髪の少年少女がでてくる話が多かったような気がするので。太刀掛秀子さんの『ミルキーウェイ』とか、お話は全然覚えてないけど、金髪が少女心に鮮烈な印象を残してくれました。キャンディキャンディも金髪だったし。一方で、街を歩いていても金髪の人はいないし、少女漫画にでてくる金髪の美少女はそれはそれは華やかに見えたものでした。ローラ・インガルス・ワイルダーの『大草原の小さな家』でもローラがメアリーの金髪を羨ましがるお話があったし。

『センサー』では白夜京子の金髪は、金髪が美人、というお話ではなくて、宣教師のミーゲレが金髪だったことと、光と漆黒の戦いの話であることから金髪になっているのだと思いますが、1話のラストで「金色」「光輝く」「美しい」と感嘆の言葉がでてくるところから、ちょっとだけブロンド美女礼賛かと思っちゃいました。でも漫画の中の白夜京子はあくまでノーブルに、不思議な力で美しいのでした。

冷静な性格、と最初にいいましたが、白夜は意外と活発です。物語の冒頭では、まだ宇宙の謎に出会っていない素のままの白夜ですが、惹かれるがままに千獄岳まで独りでやってきます。自殺虫のシーンでも、自殺虫を率いて走っているし、土宿と出会った時も森の中を走っていました。ミーゲレやキリシタンたちと親しくなったのはどういう経緯かはわかりませんが、役人たちの取締を予言してキリシタンたちを逃がすイメージも、十字架をつけて倒れるミーゲレを助けるシーンもアクティブです。が、藍度に会ったときは寡黙で、一度捕まってしまうと何もしゃべらず、藍度の意のままに瞑想の媒介にされていて、そのあたりの行動力のギャップも興味深かったです。

ミーゲレと白夜とキリシタンたちが十字架を背負って山を登らされるシーンはショックでした。私は神社を見ればお参りをし、法事ではお焼香をして亡き人と仏に祈りを捧げる、なんちゃってクリスチャンですが、それでも十字架を背負って重さによろめいて歩く人の姿には、イエス・キリストの姿を重ねてしまい、とてもつらいものがありました。伊藤さんもこのシーンはそういうつもりで描かれたのだと思います。天髪様をびっしりと頭につけた日本人女性の白夜がよろめくミーゲレを支えて山を登ることにはどんな意味が込められているのでしょう。私にはまだ答えは出せていませんが、ミーゲレに象徴される光と、宇宙の謎が象徴する漆黒の狭間で、現代女性が宇宙の謎にアクセスする力を持ち、金色の髪をセンサーにしている姿に、何かが引っかかります。

このひっかかりが、私にとってこの不思議な物語を特別なものにしている何かだと思うのです。でも難しいのは、宇宙の謎そのものが漆黒のイメージであるということ。光と漆黒の戦いとは、白夜&ミーゲレ対藍度ではなく、白夜&ミーゲレ対宇宙の謎なのです。宇宙の謎は圧倒的な漆黒で、漆黒に寄っているように見えた藍度が一瞬にして燃え尽きちゃうようなもので、でも藍度が燃え尽きたとき巨大な漆黒のガスの塊が宇宙に飛んでいって…私、ここをちゃんと解釈できていません。藍度は消滅しちゃって、宇宙の謎の漆黒が光との戦いに負けて宇宙へ逃げていった…のかな?それとも藍度が宇宙の謎に取り込まれて、白夜に負けて宇宙の漆黒と同化して逃げ去った?…土宿は清神村は滅びたっていってるけど、清神村で天髪様の恩恵を受けてそのあと金髪に生まれ変わった白夜が過去に戻ってミーゲレ様をその金髪でくるんで守ったのだとしたら、清神村に飛んでいた天髪様はミーゲレだけでなく白夜の金髪にも関連していて…いくらでも考えていろんな解釈をつけられるのもこのお話のおもしろいところです。

伊藤さんはあとがきで「キャラ達が私の言うことをちゃんと聞けばもうちょっとなんとかなった」なんて言ってますが、私にとっては、絵も美しくて満足度高く、お話も妄想を存分にかきたててくれる素晴らしい作品でした。

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[著]伊藤潤二

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