モラルハザード

「モラルハザード」は、漫画 下北沢ミツオさん、原作 月瀬いずみさん(エブリスタ)の作品です。2歳になる子供のプリスクールで出会ったママ友の、奈美、真琴、杏子。奈美は「◯ちゃんママって呼び方やめない?お互いの名前でよびましょうよ」と提案します。

「普通の」親子ではないのがこのプリのメンバーたち。ユニクロを着ているママやノンブランドを着ている子どもなど一人もいません。

ここからは完全ネタバレですのでご注意ください。

それぞれが事情を抱えているママたち。

ひときわ美人で勝ち気の奈美は、モデル出身でいくつもの会社を経営している夫をもち、いつも高価で派手なドレスやアクセサリーをまとっています。一人娘の向日葵(ひまり)も傲慢で自分勝手。他の子どもをイジメても、奈美も向日葵も非を認めず、謝りません。強気な奈美に押されて周囲はいつも泣き寝入り。奈美は何もかもに満足し、幸せをかみしめています。

でも実は奈美の人生は虚飾に満ちています。奈美は実家とほぼ絶縁状態。高校を卒業してバスガイドをしていた奈美は、芸能事務所を経営しているという客に全力で取り入って上京します。でもモデルとしては鳴かず飛ばず。際どい着エロモデルをしながらキャバ嬢をしていた奈美は、羽振りの良い陽介と結婚します。他人名義のクレジットカードを渡され、限度額いっぱいまで使って贅沢を極める奈美。

そんな奈美の前に「お前の夫に5000万貸している。返せ」と迫る男、大田が現れます。ごまかす陽介でしたが、実際、陽介の収入はすべて詐欺によるものであることを奈美は知ります。

陽介は詐欺で逮捕され、奈美はネットで出会った弁護士に、これを機に夫婦で生活を変え、被害者に弁済し、マジメに生きることを勧められます。そんなときに、右田という男から連絡があり、陽介を助けるとの申し出があります。右田にすべてを委ねると陽介はすぐに釈放されます。喜ぶ奈美と陽介ですが、実は右田は陽介の救済者ではありませんでした。

真琴の夫は売れない芸人の透。2歳の息子、斗夢は、両家の両親にもとびきりかわいがられており、真琴のお腹には新しい命も宿ります。貧しいはずの2人ですが、実は真琴の実家は豪農で、透の実家は歴史のある造り酒屋です。両実家から十分な援助を受けてキラキラの生活を送る真琴でしたが、近年の異常気象による収入減と祖母の介護問題で、実家の財政状態は悪化し、今までどおりの援助はうけられなくなります。

透は先輩の売れっ子芸人が主催する芝居に誘われ、稽古と飲み会に明け暮れます。プリでのママ友との間で行う高価なパーティーやブランドアイテムに加えて、透の付き合いのための出費が重なり、真琴は「専業主婦でも借りれます」というあやしい金融機関から、10万、20万と借金を繰り返します。「透の今度の舞台のギャラがでればすぐ返せる、これで売れれば仕事も増える」予定だった真琴でしたが、先輩芸人が薬物問題を起こし、透の仕事と透のやる気は吹っ飛びます。

ある日のショッピングモールで、奈美がつけていたのと同じかわいいアクセサリーを見つける真琴。金額を見て諦める姿をじっと見ていた陽介が、真琴に声をかけます。詐欺師の陽介の目には、真琴がお金に困っていることが明らか。巧みに真琴を食事に誘い、投資の話を持ちかけて200万円を引き出します。これで真琴の借金は350万まで膨れ上がります。

月々の支払いが滞った真琴は、陽介に連絡しようと焦りますが、陽介はつかまりません。奈美にもプリで会えない日が続きます。そんなときママ友から「奈美ちゃんの旦那さんが詐欺師だという被害者サイトがwebにある」と聞かされます。サイトを見た真琴はショックで切迫流産しかけます。連絡をうけ、病院にいく支度にあせる透は、真琴あての督促状をみつけ、真琴の借金を知ります。

流産を回避した真琴に、透は最近の無気力を謝罪し、2人で弁護士に相談します。自己破産しかないと勧める弁護士でしたが、透はひとり、腹を決めます。芸人を諦め、実家の造り酒屋を継ぐ。真琴の借金は親に立て替えてもらい、真琴と斗夢と生まれてくる子どもと4人で、「日本一おもろい造り酒屋」を目指してしっかり修行する。それが、透の決心でした。

なぜなら、透にとって大切なのは、芸人になるために真琴を虚飾に走らせて金策させることではなく、ありのままの真琴の笑顔を守ることだと、気づいたからです。

杏子の父は銀行員。転勤族の父に連れられ転校を繰り返していた頃は、その美貌と成績の良さが、行く先々での女子生徒たちの嫉妬を買い、イジメにあっていました。父に単身赴任してくれと泣いてすがり、都内の女子校に進学すると、今までイジメの原因になっていた美貌と賢さゆえに同級生たちに受け入れられます。いい大学を卒業してCAになった杏子は、医者との合コンで亮太と出会います。

亮太は子供の頃から、名家である医者の家系の本家の長男として、家を継ぐことだけを期待されて育てられました。自分が好きなことをしようとすると、両親がそれを断念させる目的で、亮太の人間関係に大鉈を振るい、周囲の人を不幸にする、と感じた亮太は、ただ母親に従うことで波風をたてない生き方を選んできました。そのため、大学病院でもただひたすらに仕事だけをしていたのですが、同僚に強引に誘われて合コンに行くことになってしまったのでした。

男性は全員医者という条件下で、社交性が低く魅力に乏しい亮太は案の定女の子たちに無視されて一人でワインばかり飲む羽目に陥ります。そんな亮太を気遣って寄り添ったのが杏子でした。付き合い始めた亮太と杏子はお互いの激務のなか、必死で時間を見つけてデートを重ねます。両家の釣り合いもよく、2人は順当に結婚します。

それが、杏子の地獄の始まりでした。すぐには子どもができず、3年のつらい不妊治療の末、結婚5年目でできた子供は娘でした。莉依佐(りいさ)と名付けた娘を杏子は溺愛しますが、亮太の両親も親族も、莉依佐を蔑み、跡取り息子を産んでいないことで杏子を侮辱し続けます。両親に会うたび、自分と娘の人格否定をされて泣く杏子をみている亮太は、両親に反発する気配もありません。

杏子は、莉依佐を一流校に入学させて亮太の一族を見返すことばかり考えるようになりました。一流校の小学校に入るには、金、家柄、入試テクだけでなく、強烈なコネがなければいけません。ママ友の薫が、一流校の会長へのコネクションの手がかりになると知った杏子は、ママ友にも紹介先にも金を払い、会合のたびに会長が勧めてくるアヤシゲなサプリやハーブを購入し、これで莉依佐の入園は安泰、と、ひとごこちつきます。

ところが、ここで青天の霹靂。亮太が地方の病院へ転勤すると言い出します。一緒に来て欲しいと亮太は望み、弟の妻に男の子が生まれそうだからもう実家のことはきにしなくてよい、と、杏子につげます。莉依佐を亮太の一族に認めさせることが生き甲斐になっていた杏子は烈火のごとく怒り、別居を宣言して家を出ます。

そんなとき、あの一流校の会長一味が詐欺で逮捕されます。もちろん、罪名は、入学を希望する親からの金銭の詐取です。杏子を会長に紹介したママ友も、杏子、奈美、真琴の目の前で逮捕されます。

自分も逮捕されるのでは、莉依佐を犯罪者の娘にしたのでは、と取り乱す杏子を、亮太は優しくなだめます。追い打ちをかけるように「弟の嫁が息子を産んだからあなたは用済み」と姑が告げてきます。絶望の中、杏子は亮太への愛情を思い出します。3人は長野に移り住み、杏子は幸せをかみしめます。

奈美はここ数日、陽介と連絡がとれません。ある日家に帰るとそこに右田と大田がいます。以前奈美から、陽介を警察に逮捕させても金は返らない、と言われた大田は、その言葉に納得したのでした。右田によって陽介の不起訴処分を勝ち取り身柄の拘束を解かせた大田は、改めて陽介を捕らえます。奈美が見せられた陽介は、顔が変わるほど殴られ、生きているかどうかもわかりません。右田は、陽介にはもう用はないと言います。奈美は薬物中毒にしてから客を取らせると宣言されて「私はどうなってもいいから向日葵だけはどうか助けてください」泣き叫びます。その手から乱暴に向日葵を取り上げると、右田は「子供は高く売れる」と言い放ちます。

透の地元で、ママ友と気楽な付き合いを楽しむ真琴ですが、最近引っ越してきたママ友が、仲間に不穏な空気をもたらしていることに、不安を覚えています。ママ友は真琴に近寄って、真琴は他のママ友と違うといい、にこやかに切り出します。「これからは、斗夢くんママじゃなくて、真琴ちゃんってよぶね。あたしのことはナミちゃんって呼んで」

まず、下北沢先生が描く表紙の、奈美ちゃんと向日葵ちゃんの怯えた表情が魅力的で、それに惹かれて読み始めました。下北沢先生の描く女性は唇がぷっくり、目が大きくて眼力鋭く、まつげがバッサバサです。お金持ちママたちの集団で、お互いマウント取るために気合を入れてプリスクールに来ているので、ドレスもアクセも靴もバッグも、もうキメキメです。画面見てるだけで楽しくて仕方ない!実は「あんまり好きな絵柄じゃないかも」と思って読み始めたのですが、読み始めるととんでもない!すぐに下北沢先生ワールドにハマってしまいました。

お話は、人間関係ドロドロです。まずはママ友たちのお食事会のなか、刑事さんたちが乗り込んできて、ママ友の誰かを逮捕すると宣言します。モラルハザードを起こして逮捕されたママは誰?というあおりとともに、奈美、真琴、杏子の3人のそれぞれの虚飾と内情が語られるので、あっという間にストーリーに引き込まれてしまいます。

奈美は、陽介の怪しさに気づきながらもお金が使えるなら、と目をつぶって幸せを噛み締めています。向日葵にはワガママを許しながら気まぐれに可愛がり、自分がイライラしているときには平気で殴ります。

真琴は金銭的な分不相応を意識して、奈美や杏子に劣等感を持って生活していますが、生活の基盤は所詮両実家からの援助で成り立っていて、所詮は金持ちです。

杏子はちゃんとした家柄で杏子や真琴を見下していて、そんな下級層と一緒にいる自分に焦っています。義実家からいわれのない攻撃をうけていて夫の援護はなく、両親にはちゃんと理解されていますが、そのことよりも義実家への敵愾心に燃えています。

冒頭の逮捕の場面にはほかの親子もいますが、「もらったハザードを起こしたママは誰?」のあとに、この3人がフォーカスされるので「えー、だれ?だれ?」と考えながら読むことになります。

3人とも、私の生活とかけ離れているので、まったく共感できません(笑)。結婚したことないし、子供いないし。でもすごくおもしろい。

冒頭から、奈美、杏子、真琴の誰かが逮捕された、とミスリードされますが、実際ここで逮捕されるのは、杏子を詐欺にひっかけた薫です。薫は幼少期から有名女子校に通い、美人で成績の良い超エリートです。自分のメンツを保つために同級生を陥れる策士でもあります。でも、陥れた相手と最後に会ったとき、打ちひしがれる姿を見れると思いきや、とびきりの笑顔で「ごきげんよう!」と言われた薫は、策をろうじた時点で、自分が負け犬だったことを悟ります。失意のうちに結婚した相手はモラハラで、薫の人格をまったく尊重しません。娘が第一志望の小学校入試に失敗し(多分、現実でいうと学習院のことだと思うのですが)、母校の女子校に入れたことで夫のモラハラは加速します。第一志望以外の生徒なんて、賤民だという態度なのです。薫の何かが壊れ始めます。

子供がいない私によくわからないのは、どうもこの人たちが、小学校のお受験を目指しているように見えることです。実際は幼稚園なのかもしれないんですが、幼稚園のお受験の場合だと、年少で3歳、年中で4歳がお受験のはず。2歳でプリスクールに行ってるママたちは「来年はより専門的に目標を絞ったスクールにいれよう」と悩んでいます。杏子や薫は、一流校にはいるためのお準備学校に入るためのプリお準備学校で、このお準備学校はwebには一切載ってないけどお受験させるママなら誰でも知ってる。でも、プリのことは知ってる人しか知らない(これが詐欺かどうかはちょっとはっきりしませんでした)、という設定でした。ってことは、子供の年齢を考えると、スコープは、幼稚園受験じゃなくて小学校受験だと思うのですよ。

幼稚園から入園しちゃったほうがより確実に小学校に入れるんじゃない?と推測したのですが、実際はどうなんでしょう。幼稚園のほうが募集人数は少ないと思います。でもむかーし、幼稚園のお受験のドキュメンタリーを見たおぼえがあるので「幼稚園はホンモノの上級国民しか入れない」なんてことはないと思うのですが。

教えて!幼稚園受験するひと!と言いたいところですが、子供に幼稚園受験させるような親御さんが、漫画感想ブログなんて読むことないでしょうから、ここでの問いかけはやめときますね。

私は本当に上級国民と接点がないので想像でしかないのですが、いい学校を卒業しただけでは上級国民にはなれない気がします。もともと上級国民か、役人になって出世する、しかないんじゃないかなあ。ここの3人でいうと杏子ちゃんだけが、銀行員の親を持つ大病院のオーナー医の一族としてチャンスはありそうですが、繊細な莉伊佐ちゃんは、一流校に行ったらマウント合戦で負けそうだし、がんばって勉強しても、患者思いの優しいお医者様にはなれても、海千山千の大病院の院長は無理かも?杏子が莉伊佐ちゃんを本当に大切に思ってるのもわかるし、必死な気持ちもわかるけど、莉伊佐ちゃんの幸せっていったい?と思っていました。

多分そう思うのは、私が社会人生活終了に近づいているからで、2歳の子供の親の年齢だと受けとめ方も違うよね、と思っていたら、昼行灯みたいだった亮太が実はいろいろ悩んでて、弟に家督を譲るのもウェルカムで、地方病院にうつって家族を大切にして生きて行こうと決心してくれたので嬉しかったです。それよりずっと前に、嫁さんと娘を両親や親族から守れよ!というのは大前提ですけどね!でも、何も発言しないでいたら、今まで亮太の影で負け組として二流医大に行って地方で勤めてた弟の、両親の大反対を押し切って結婚した看護師の妻が男児を出産してくれた。親の目もそちらに向かい、労せずにして大逆転、というのは、亮太らしい処世術ではあります。

一流校の会長がヤクザから流れてきた商品を高値で売りつけてた悪党というのはちょっと無理があって、「一流校の会長が名乗っていた」ぐらいがよかったと思うのですが、その会長とのお食事会を主催する悪徳マダムや薫さんが、紹介料として50万円を要求してくるところは生々しかったです。現実の犯罪だったら、金額は自分から言わないで、本人が出せると思う最大限を引っ張るとは思うのですが、こういうのがホントは苦手な杏子ちゃんが、「そういうのいいので、金額をはっきり言ってください」と言ってしまうところが、杏子ちゃんの焦りと、世慣れなさがでていてすごくよかったです。

真琴ちゃんは「会社のアイドル」で、透くんが足繁く通ってやっと口説き落としたという設定です。下北沢先生の描く真琴ちゃんは、美人の奈美ちゃんやお嬢様の杏子ちゃんと違ってちょっと野暮ったくて、洗練されたブランド服より、清潔感あふれるシンプルな服装と、とびっきりの素直な笑顔が一番似合うことがはっきりと伝わってきました。下北沢先生の絵柄を最初に見たときは、どちらかというとクドさと勢いのある絵柄だと感じたのですが、全部読み終わると、すべてのキャラが繊細にデザインされていることがわかります。

一見素朴そうな真琴ちゃんですが、実際はお金に苦労したことがないお嬢様です。奈美ちゃんたちに会う前は、近所のママ友たちとのピクニックでデパ地下グルメを差し出し、ママ友たちが持ってきた近所のパン屋の惣菜やタコさんウィンナーを軽蔑します。奈美ちゃんたちに出会って「ここが私の場所」と喜ぶあたりはやな感じでした。それでも、都会でマウント合戦にさらされていた杏子ちゃんや薫さんとは違って、真琴ちゃんは小者お嬢様。プリのあとは雑誌を読みあさって、ママ友たちが身につけていたブランドを勉強します。ちょっとかわいいです。ピクニックに持ってくるデパ地下グルメぐらいの金額はだせる、でも5万円のブレスレットは買えないって小者感が好きです。

奈美ちゃんは向日葵ちゃんを気分で扱ってて、杏子ちゃんは莉伊佐ちゃんを溺愛してて、真琴ちゃんは「SNSだって斗夢のためなのに」とか言いながらも実際は自分優先なところも面白かったです。

杏子ちゃんも真琴ちゃんも、夫である亮太や透くんが妻を大切に思っている点が、読んでいて気持ちよかったです。透くんが芸人を諦めるのは切ないものがありましたが、一緒にいること、笑顔でいること、お互いにありのままの自分を肯定することをパートナーが望めば、幸せを目指せるというストーリーでした。

でも、最後のシーンで、真琴ちゃんが、マウント合戦に持ち込んでいきそうなママ友を受け流せなかったのは、ちょっと怖いです。杏子ちゃんは幸せになれそうだけど、真琴ちゃんはこの先なにか起こしちゃいそうなあやうい予感で終わるのもグッドでした。

そして。いろんな人の忠告を一切無視して奈落へと落ちてしまった奈美ちゃん。借金のかたに売られた女性がどんな目にあうかは、宮部みゆきさんの火車を読むと想像できます。薬づけにされて逃げることができなくなり、地方の温泉で毎晩ひとりから複数人の客をとらされて一時的に逃げてきた母のことを娘が「からだに汚いものがいっぱいつまっている」と感じるシーンがありました。旅館づきの売春婦なんて江戸時代の話かと思いきや、ねっとでちょっと調べただけで、男性だけの集団客のなかであられもない姿で接客する女性たちの写真を見つけることができます。奈美ちゃんは美人なので、売れっ子になるでしょう。奈美ちゃんにぞっこんになって身請けしたくなるうぶな男性も現れるかもしれませんが、奈美ちゃんが被らされる借金はおそらく数億にのぼるため、おいそれと落籍してもらうこともできなさそうです。昔の花魁だったら億払って落籍せるお大尽もいるかもしれませんが、いまどきのソープ嬢を身請けする男性ってのはちょっと難しい気がします。

それよりも背筋が凍ったのは、向日葵ちゃんの運命です。「子供は高く売れる。」誰に?何の目的で?違法に養子として売られるなら、向日葵ちゃんはある意味幸せかもしれません。奈美ちゃんがイライラして向日葵ちゃんを殴るシーンは度々描写されていました。陽介は手をあげたりはしていませんでしたが、奈美ちゃんと同じで気まぐれにしか可愛がっていなさそうです。プリスクールで振る舞いをいろいろ教えられてはいそうですが、お腹がすいているときに動揺した奈美ちゃんが、パックに入ったパスタをポトリと落として与えると、床の上のそれを手づかみでむさぼりくいます。2歳児の行動は私には馴染みがないのですが、まったくしつけをされていないその姿が、本当にかわいそうでした。友達にイジワルしたり殴ったりしておきながら、問い詰められても「ひまりやってないもん」とウソをつける向日葵ちゃんが、ちゃんとした大人に引き取られれば、ちゃんと幸せを掴める子に育つかもしれません。でも、子供を性的に搾取する人間や組織に売られちゃったら?海外に奴隷として売られちゃったら?

奈美ちゃんには、ハッキリと警告してくれる人がいました。キャバ嬢時代の仲間で、お金を貯めて起業したまりっぺは、ネットで陽介の悪い噂を見つけて「因果応報」を説いてくれます。陽介が逮捕されたときに最初に弁護を引き受けてくれた園部弁護士も、陽介が罪をわからないなら妻である奈美ちゃんがわからせて救ってあげるべきだと説きます。その理由もまりっぺと同じ。刑法は免れても、逃げられない法がある、と園部弁護士は言うのです。でも奈美ちゃんはいつも楽な方を選びます。右田が誰かも知らないのに、陽介を拘置所から出してあげるといわれれば信じてしまうのです。

陽介はキャバ嬢としての奈美ちゃんに出会い、社長と聞いた途端に目の色を変えてくいついてくる浅はかさに「ちょうどいい女」と感じ、大田をはじめとする自分の被害者から身を隠すために奈美ちゃんの部屋に転がり込み、結婚して奈美ちゃんの名前を名乗ります。大田に所在がばれると、手慣れた様子で転居します。結婚後も別のキャバ嬢を口説きプレゼントを与え、家に戻らないこともしょっちゅうです。奈美ちゃんを品定めする目的で、他人名義のクレジットカードをあたえ、疑いもせず限度額いっぱいまでつかいきる姿を見て嗤います。奈美ちゃんが気づいて陽介と徹底的に話すチャンスは何度もあったけど、奈美ちゃんはそれをしません。怖いからです。確認しようとして、今の幸せが崩れるのが怖いから。奈美ちゃんは、お金さえあればそれで幸せだったけど、それを失う可能性があっても、見なかったことにして刹那的に生きてきました。

奈美ちゃんも陽介は、みんなの予言どおり、最悪の結果に向き合うことになりました。悲惨だけど、自業自得。または因果応報。でも向日葵ちゃんは?

まさかこんなことになるとは。