『青空のはてのはて』は真鍋昌平さんの作品です,同名の作品集に収められています。英題『Far, far beyond the blue sky』といいます。
この作品集は2019年5月付で発行されており、この作品は、2000年に発表されています。真鍋昌平さんは言わずと知れた『闇金ウシジマくん』の作者さんです。ウシジマくんは映画やドラマにもなっていて超有名です。「女の子に間違えられてスカウトされた」という、名優(怪優?)山田孝之さんが演じているそうで、イメージぴったりです。観たことないですが。
ここから先はネタバレありで感想を述べていますのでご注意ください。

爽やかに美しいスカイブルーの表紙です。『はてのはて』という言葉にも拡がりを感じますが、同じくスカイブルーの大文字ゴシックの大文字で書かれた英語タイトルの『FAR』にも感じるところがあります。
という連想は、日本を「極東」、「Far east」と称した西洋(西欧と北米)に対して「そんなに(心情的に)遠いのか」といつも思っているからどと思います。「極」って。「Far」って。どんだけ(心情的に)遠いんだよ!と思うのです。中国とかだと地続きだし交流あったし戦争もあったし「東洋」なんでしょうけれど、そこからさらに船で行かなきゃいけないってのが「ファー」なんでしょうね。
この作品で遠いのは空です。空はいつでも見えるんですけど、そのさわやかな青は、遠いんですよね。
主人公は満員電車の中にいます。ごく普通のくたびれたオジサンです。

満員電車の中で垢抜けた美女を見て「あんな人と朝の時間をゆったりと過ごせたら」と一瞬考えますが、すぐに冴えない女性に目を移して「俺が望めるのはこの程度」と自虐します。
って、結構失礼ですよね。私はどちらかというと「いくら俺でもこれはないわ」と言われそうな外見なので、ちょっと悲しいですが。私のような女性も多いと思いますが、テレビを見てれば「あ、イケメン」と思ったりはしますが、現実の男性をみて「あ、イケメン」と思うことはあんまりなくて、楽しくおしゃべりできたり、職場や遊び場でスマートな対応を見かけたしたところで初めて「このひとカッコイイ」と思います。私は(自分でもキライなんですが)ルッキズムが結構強いほうなので、好みじゃない男性を見て「カッコ悪」とか「キモ」と思ってしまうことはあるのですが。オジサンに対しては、清潔感があれば特になにも思わないかなー。若いカジュアルな服装の男性に対しては、最近は「こわそう」と思うことが多いです。彼らの中で実際にこわいタイプ(輩)の人の多くは、オバサンにではなく、オジサンか若い美人にからむんじゃないかと思います。
「こわそう」。主人公も若い男性に対してそう感じるタイプかもしれません。電車の動きの中で後ろからどつかれて思わず「あ?」とガンを飛ばすと、ガラの悪い男性に絡まれてしまいます。
最近友人と話していたら「従兄(50代)は、オヤジ狩りにあってから性格が変わっちゃった(猜疑心が強くなり、親族にも心をゆるさなくなった)」という話になりました。夜道で5人に襲われ、2人は撃退したものの、やはり多勢に無勢で、最終的には道路に倒され、貴重品を全部盗まれたそうです。しかも、警察に「あの子たちは、あんたがいきなり殴ってきたって言ってるよ。金も貴重品も盗んでないって言ってるし。あんたもさ、逮捕されたくなかったらさ、、、わかるよね?」と言われたそうです。私が直感的に思ったのは、若い子たちは地元有力者とか警察官の家族で、しょっちゅう同じことしてて、その管轄の警官はみんなそんな感じなんだろうなー、ということでした。
やっぱり、電車の中でからんでくるような若い男女にまともに対応なんかしちゃいけない、従兄さんも「ひとりふたりなら対抗できても、それ以上でこられたらムリ」と言っていたそうです。
電車の中で複数のカジュアルウェア(?)の若者に絡まれて、「降りろ」って言われても降りちゃだめですねー。主人公はすごまれ、小さい声でカンベンしてください、ち謝罪するり、さらに「冗談だよ。マジになってんじゃないよ」とからかわれます。主人公が困惑していると、体格のよい、パリッとしたコートを着こなしたオジサンが「いい加減にしろ!弱者相手に恥を知れ!」と、若者たちを怒鳴りつけます。
主人公は、感謝するどころか、さらに注目が集まってしまったことに余計に困惑し、声をかけてくれた人をむしろ恨みます。
そして主人公はブチ切れ、助けてくれた人を死なせ、からんできた男たちの喉をかき切り、乗客全員をドン引きさせ、目をつけていた美女をナンパします。
・・・というのは妄想で、そんな行動をとらなかった彼は、心の中でいろんなものの毒づき、冴えないオヤジを見て「こいつよりは俺のほうがランク上かな」と値踏みし、そんなことばかり考えている自分に幻滅します。
「本当は いつだって俺の心の中はー」と思う彼の目の先に拡がるのは、電車の車窓の外にひろがる都会の青空です。電車は、ターミナル駅に到着します。
ああ、今回はあらすじをラストまで書いちゃいました。でも、この作品は、あらすじだけじゃなくて絵の表現力で魅せてくれる作品なので、「オチがわかってるから」なんて思わず、是非読んでみて下さい。
「主人公が突然キレて暴力的に振る舞い始めるが、実はそれは主人公の心の中でのみ起こっている出来事である」という演出は、かなりよく見る気がします。でもいつからそういうの、増えたんだろう?これは2000年の発表なので、もしかしたら当時新しい演出だったのかもしれません。そうは言っても、助けてくれた人を襲って悲惨な死に方をさせるシーンは、思わず2度見しちゃいました。作品集全体で、暴力が尽くされてきているので、ここでもむしろ暴力には違和感はない、という事情もあります。
この作品集を読んだきっかけは、遅ればせながら『闇金ウシジマくん』を読んで、ウシジマくんとは無関係の作品を読んでみたくなったからです。ウシジマくんはもちろん面白くて、ドキドキして次へ次へと読み進めるタイプの作品でした。おそらく、当時とは闇金の事情も違うのでしょうが、ウシジマくんのエジキになってしまうようなお金の使い方をする人間のサガというのはさほど変わらないでしょうし、「私は絶対大丈夫」というものでもありません。そうやって堕ちていく人に同情しないで喰い物にしていく人物が人気を博したのは興味深いことです。それも、ウシジマくんがデカい図体で彼の論理で筋の通った漢で、ウサギをこよなく愛するという、ある種のかっこよさがある人物だからだと思うのですが、どう見ても「いっちゃってる」肉蝮もスピンオフ作品になっているようで、ホント、アウトローって非日常の魅力がありますよね。
そして、古い作品もやっぱりアウトローでした。人が気軽に死ぬお話が多くて、そんな中で、作品集の表題作である本作は、生物として他者を圧倒する力(腕力)を持って無双する、という妄想の先にある、自分が本当に望んでいるかもしれないものを、毎日の通勤列車の中で縮こまって卑屈になっていながら、都会の空の向こうに見つめる、でもその妄想が本当の本当に自分が望んでいるものであるとも限らず、ただ見つめるオッサンの目に、感じ入るところのある作品でした。
ちなみに私、まだ若かった頃、満員電車の中で酔っぱらいの喧嘩が発生しそうになったことがありました。すると、座っていた人を含めて周囲がざっといなくなり、座っている私と、にらみ合いをする男性2人だけが取り残されました。みなさんの、やっかい事を避ける能力のすごさにビックリ。直後に駅について、誰かが呼んだ車掌さんと駅員さんが(最後尾で階段が近い位置だったのですぐ来てくれました)、何かを主張しようとする酔っぱらい2人を「いいから、いいから」となだめて引き離し、それで騒動が終わったことにもビックリしました。
空気を読んで、危うさを避ける能力って、本当に必要だよね、私ってやばいわ、と、ウシジマくんと本作を読んで、しみじみと思い、遠い遠い青空のはてのはてを見つめる目になってしまいました。