『仮門 消えた少女 ー 10年目の真実』は鳩が森さんの作品です。4歳の女の子、七海は母の麻衣がほんのちょっと目を離した間に、姿を消してしまいました。
七海がいた場所は玄関のすぐ外、門の中。麻衣が親友からの電話を受け、ほぼ用件だけの会話を交わして振り返ったときに、もう七海の姿はありませんでした。
ここから先はネタバレもありで感想を述べますので、ご注意下さい。

あれから10年。麻衣と夫の間は冷え切っていますが、2人はまだあの家に住んでいます。あのとき電話で会話していた杏美とはいまでも親しくしています。4歳だった七海の友人、圭樹と砂羽は中学生となっています。幼稚園児のときに園のみんなで埋めたタイムカプセルに七海が入れた小さい缶を麻衣に届けます。
麻衣は独りでは缶を開けられず、夫のことは信頼できず、杏美を呼んで中身を確認します。そこには、着飾った男女が並ぶ絵が描かれています。麻衣は「かわいい」と思わず涙します。が、すぐに王子様の横には、大人の筆跡で「しゃで」と書かれていることに気づきます。
圭樹は普通の家庭の子供ですが、砂羽は両親に虐待され、親戚をたらい回しにされていました。今いる親戚の家では、ほぼ無視されていますが、高校には行かせてくれるようです。2人は既に肉体関係があり、ベッドでタバコを吸っています。圭樹は「もう死んでるだろ、みんなわかってるよ」と言い、それより早く砂羽と結婚したいと言いますが、砂羽は「釣り合わない」とあしらいます。キスを交わして圭樹が飲み物を取りに行くと、実はこっそり缶の中身を確認していた砂羽は「しゃで」という言葉に何かを触発されたのか、考え込みます。

子供がほんのちょっと目を離した隙に姿をくらましてしまうという事件は、実際にニュースなどで聞くことが時々あります。圭樹の言うように、亡くなっていることが多いとは思います。しかし、先日みたYoutubeで、1990年代に複数の子供を攫って物乞いをさせていたという組織犯罪があったことを紹介していましたし、誘拐された少女が何年にも亘って犯人の家に監禁されていた事例もありました。
誘拐した子供を大切に育てていたというケースは、小説やマンガではわりとよくある話です。でも、いまChatGPTに聞いてみたところ、日本ではそのような事例はないそうです。誘拐した側が「愛情があった」と主張したことはあるそうですが。オーストリアではそのように見えるケースもあったそうですが、被害者は「あれは愛情ではなく支配だった」と述べているそうです。米国では年間46万人の子供が行方不明になっているとFBIが発表しており、一説ではその数は80万人とも言われているそうです。日本の年間の行方不明日数は、大人を含めて約8万。米国は50〜60万だそうです。(あれ?じゃあ、80万人の子供のうち数十万は、とどけでがされてないってこと?)
話がすっかりそれましたが、米国の人口が3.5億、日本が1.2億と考えると、米国って改めて途方もない国ですね。いや、日本が安全なのか?よくわかりません。
そんなわけで、確かに七海が幸せに生きていると考えるのが難しいことは本当ですが、私が麻衣でも「絶対に恵まれた環境で生きている。でも絶対に、帰ってきたいとねがっている。それができない状況にある」と思ってしまうに違いありません。
麻衣は専業主婦です。特に描かれてはいませんが、七海が行方不明になったあと、自分を責める気持ちは強烈だったでしょう。杏美が「あのとき私が電話しなければ」という言葉を明るく否定したり、成長した砂羽や圭樹に微笑む麻衣には何か強さを感じます。七海が行方不明になったというつらい事実が麻衣の強さをつくったのかと思ったのですが、実は麻衣はもともと強い女性であったことがすぐわかります。
麻衣と杏美は同級生なのですが、同級生の中に、老若に関わらず女性に性的に執着する男の子がいました。山田という地元議員の息子で、事件を起こしても親がもみ消すのです。彼が地元に戻ってきたことをきっかけに、麻衣は行動を起こします。高校時代に付き合っていたヤクザ、現親分の猪口の事務所に単身乗り込み、七海の捜索への協力を頼むのです。高校生の頃から、ヤクザと付き合うような、妙に肝っ玉がすわった女性であることがわかります。
この、山田のフライヤがポストに投げ込まれたときの絵が怖くて、しばし目をそらしてしまい、注視できませんでした。上下逆転していて、アイライナーでくっきり囲ったような目なのですが、議員フライヤという「好感度を上げる」ためにアングルも表情も衣装も照明も熟慮してあるはずの写真でありながら、目に狂気がはらんでいて、不安にさせる写真です(と、感じさせる絵です)。今、このブログに載せるためにスクショを撮ったときにはそんなことまったく感じないのですが。意識してはいないのですが、多分、物語に入り込んで麻衣に感情移入してしまっていたので、恐ろしく感じてしまったのかな?と思います。
猪口は立ち居振る舞いがイケメンで、「ちょい悪男がかっこよく見える少女漫画の王道ヒーロー」的な男ですが、実際は職業ヤクザです。それでもやっぱりかっこよく思えちゃいますが、冒頭で麻衣が「ここに2人分のバターがあったら、ためらいなく全部自分のパンに塗るような男」と評していた夫も、お話が進むにつれて、ちゃんとイケメンになってくるので、読者としても気持ちが救われます。
そう、夫婦の仲が修復されるんですよ。現実では、子供をうしなった後に心が離れてしまった夫婦の間が修復されるのは難しいのではないかと思います。このお話でも、麻衣が、夫のことをほぼ憎んでいると言ってもよい心情が現されていて、義母に「女の子なんか産んで」と揶揄されたことを思い出すシーンもあり、七海の失踪後、麻衣はさぞかし夫と義両親からなじられたのだろう、と勝手に想像するようにお話ができています。離婚せず引っ越しをしないのも、七海が帰って来た時に迎え入れるためだけなんだろう、と妄想します。でもこう思うのは、鳩が森さんに巧みにミスリードされている証拠で、義母が冷たい人ではなかったことも、夫が麻衣を責めていないこともちゃんと描かれます。バターのくだりを思い出すとちょっと無理があるといえばありますが、お話的に気になるほどではないし、夫婦が修復されるのは読者として爽快感がありました。
最終的に七海は発見されます。そのとき、安堵して七海を抱きしめる麻衣に、読んでいるときは感情移入してないちゃったのですが、七海を発見した後の夫婦のこれからを考えると、これもドラマになりそうです。でもとにかく、ああ、七海、ここにいたんだ、麻衣、娘に再会できてよかったね、と素直に思えるように描写する、鳩が森さんのストーリーテラーとしての技量が素晴らしいと思いました。
ひとつ残念だったのは、猪口に会いにいくときの麻衣が、事務所にいる三下たちに「猪口さんに、あのときの貸しを返してもらいにきた」と啖呵をきるところです。
これは多分、連載時にその回の最終ページだったんだろうな、と思います。この作品が連載されたものかどうかは知らないのですが、漫画家さんは、よくこういうことをします。次回への関心を惹きつけておくために、最終ページで登場人物が意味深なことやショッキングな事態が起きたことへの驚きのセリフで〆るのです。ところが、次回を待ち望んで雑誌を買い、ページをめくると、大した問題ではなかった、という、、、多分、編集者さんに指導されてるんでしょうね。でも、単行本で続けて読むと、どうしても違和感があります。
普通の専業主婦の麻衣が、ヤクザの親分にどんな「貸し」をつくったのか、と期待してると肩透かしされます。鳩が森さんもそのことは自覚なさっているようで、後で麻衣に言い訳させていますが、私にはその言い訳は通じませんでした。
Renta!によると、鳩が森さんは、「第2回 朝日ホラーコミック大賞」で、マンガ部門の大賞を得られたそうで、きっと単行本がレンタルできるんだろう、と思いましたが、Renta!には、いまの時点での鳩が森さんの別作品は販売していませんでした。ネットで調べたところ、Pixivで読めることがわかり、さっそく読んできましたとも!受賞作もとてもよくできた作品で、ゾクゾクしました。
鳩が森さんの最大の特長は、読者をお話に引きずり込んで、登場人物になったかのような気持ちで読ませる、ストーリーの巧みさと、白黒のコントラストの美しい絵だと思います。キャラクターたちの微表情が巧みに、丁寧に、美しく描かれているので、読者はその表情に勝手に自分がつくったストーリーを反映させて、キャラに肉付けしていくことができるのです。合わない方もいるとは思いますが、私にとっては素晴らしい作品でした。