人魚のムニエル

『人魚のムニエル』志波由紀さんの作品です。志波由紀作品集に収められてられています。麗は父に呼び出されて7年ぶりに会います。

父は麗に食事を振る舞い、「父さんな、人魚の肉を手に入れたぞ」と言った後、突然銃を取り出し麗の眉間を撃ち抜きます。

ここから先はネタバレありで感想を述べていますので、ご注意下さい。

思わず父に掴みかかる麗ですが、重大なことに気づきます。眉間を撃ち抜かれたのに、何事もなく生きているのです。掴みかかったときにはうっすらと額が赤らんでいましたが、父が、不滅の体になったのだ、お母さんにも食べさせて3人で暮らそう、と興奮している間に、もう傷あとはすっかり消えています。

麗は冷たく答えます。お母さんなら2年前に亡くなった、と。7年前、まだ学生だった麗と2人で、病院のベッドに横たわる母を見つめて、自分がなんとかする、と言った父は、まとまった金を残したきり姿を消します。母と麗は、父に捨てられたと思っていましたが、父は「食べれば不老不死になるという人魚の肉」を探していたようです。

麗は父に怒りをぶつけます。

『悪魔二世』という作品を読みました。いまの時点で2巻出ています。ちょっと不思議な世界で、志波さんの作品をもっともっと読みたくて、短編集を読んでみました。

お母さんが死に至る病だと知って姿を消すお父さん。お母さんが「嫌になっちゃったのかもね」と思ったまま亡くなってしまったのがとても悲しいです。病気になったお母さんはそれだけで辛いのに、夫がいなくなって、娘がそのことで怒ってて、どれだけ辛かったろう、と、とっても辛い気持ちになりました。

麗が、父に対してどう感じているかは描かれているのですが、母への気持ちは描かれていないので、そこはちょっと物足りなかったです。でも描いちゃうと短編じゃなくなっちゃうので、そこを表現しなかったのはモチロン納得です。志波さんの作風から考えても、そこを密に描くのではなく、「病気の妻に寄り添って支えるのではなく、人魚の肉というあるかないかもわからないものを探すことに集中し、自分が戻るまでに妻が亡くなってしまう可能性に気づかない」子供っぽい男と、そういった夢見がちな男の血を引きながらも、母の絶望と死への恐怖と死にゆく者の孤独を多感な成長期につぶさに観察し支えてきた娘の怒りと諦めと哀しさと孤独を抱えて大人にならなければいけなかった若い女性の、2人の姿を、娘の視点から描くという選択は大成功だったと思います。

とはいえ、麗の辛かった気持ち、父も含めて他人との関わりに淡白でいようとする姿勢になってしまった背景は、ほんの数コマでしっかり表現されています。

不老不死に私が憧れたことがあるとすれば、小学生のときに読んだ萩尾望都さんの『ポーの一族』の影響に他なりません。でも、『ポー』の不老不死は、美しい少年少女の不老不死だったので、ちょっと意味あいが違います。『ポー』では、年月が経っても子供であることがキーで、どんなに経験を積んでもエドガーもメリーベルもアランも、精神的に成熟することはなく、子供の瑞々しい気持ちのまま、ただ経験からくる知識だけが増えて立ち回りに影響を与えていることが、子供だった私にとって魅力的で憧れでした。まあ、大人になってみると、他人はともかく自分はまったく成熟してないですけどね。そんなわけで、ヴァンパイアでありところの子供であるという状況以外では、私も不老不死に憧れたことはありません。それどころか、最近では深刻化する世界情勢をみるにつけ、輪廻転生も絶対にしたくない、と思ってしまいます。

閑話休題。『ポーの一族』でも、「周囲に怪しまれないため、一族に加えることができるのは成人した者だけ」とされとぃます麗は22歳のときに不老不死になり、37歳になったときにはパート(バイト?)先で「20代にしか見えない」と陰口(?)をたたかれています。

『ポーの一族』に夢中だったときは、22歳も37歳もどっちもただのオバサンでした(どころか、高校生だってオバサンだと思ってました)が、いまになれば、大学4年生と社会人3年生はかなり違って見えるので、22歳の麗が37歳って、それは通用しないかも、と思いますが。麗は落ち着いたタイプだし、父に置いていかれて、母にも置いて行かれて、という辛い葛藤を抱えて生きてきたので、普通の22歳よりはかなり大人びて見えるのかもしれません。それにしても、麗は就職したり起業したりするわけにもいかず、仕事は、雇用にあたってあまりウルサイことを言わない職場でしか働けなさそうですね。

不老不死になると、食事は嗜好としてしかする必要がないので、家と衣服を手に入れられ、メンテナンスすれば十分です。不老不死状態が長く続くと、そのために努力しなきゃならないことはいっぱいありそうで、大変そうですね。合理的な住民票を偽造しなきゃならないのが一番つらそうです。ホームレスになればその心配はなさそうですが、不老不死とはいえ、お風呂には入りたいし、快適な寝床で寝たいし。『ポーの一族』なら、仲間がある程度いるし、社会的立場をキープするための偽装工作をしてくれるチームがありそうですが、麗とお父さんは個人のようなのでこれからタイヘンそうです。

37歳のはずの麗は、彼氏からプロポーズされて、彼の前から姿を消すことを考えます。とりあえず父のところに行くと、父の状況にも少し変化がありました。麗は複雑な気持ちになります。そんな麗に父は、かつて妻に食べさせるつもりだった人魚の肉を渡します。「これはお前にあげよう。好きなように使うといい。」と言います。

迷いながら彼の元に向かう麗ですが、麗を見つけて駆け寄ってくる彼を見て思わず逃げてしまいます。ここであることがおき、麗の気持ちは決まります。

その事件と決断については、是非読んでいただきたいのですが、ひとことで言うとわりと王道の展開です。ここで王道展開という言葉は、「ああ多分そうなるかな、と想像できる決断」で、かつ「その決断よかった」とか感じることのできるハッピーな物語、という意味で使ってみました。で、王道は、決して陳腐ではないので、想像できるかもしれない王道ストーリーを具体的にどういう風に描くかが漫画家さんの腕の見せどころです。志波さんはこれをあざやか描いていて、読者としても満足でした。

『悪魔二世』からこれを読みにきた身からすると、彼氏から逃げ出した麗に起こる出来事と、その瞬間の構図と、その後の麗の行動に、「ああ、これは『悪魔二世』を描く人の作品だわ」と思えるものがあって。その出来事には、ページをめくった(というか、タップした)ときにはぎょっとしました。その状況に対する彼氏のリアクションによって麗の迷いがなくなるのですが、無理がないし、物語の特性を生かしている。ページを開いたときにはただただ驚いたのですが、後で考えると、多分私は志波さんのこの構成力が好きなんだろうな、と感じ、めちゃくちゃ嬉しくなりました。

もうひとつ、すごく好きなシーンとして、麗が父の家に行ったときに、父に「大丈夫か?」と言われて突然泣いてしまうところがあります。クドクドと描写で説明してなくても、淡々と彼のもとから姿を消そうとしていた麗がどれだけ辛いか、どれだけ彼と一緒にいたいかなど、傷ついている気持ちがヒシヒシと伝わってきます。さらに、お父さんが体を支えてくれようとするところで「お前のせいだろっ」と乱暴に振り払うとことでは、麗はすごく切羽詰まった苦しい気持ちのはずだし、お父さんも普段冷静な娘が泣いたことに気が動転しているはずなのに、なんとも言えないコミカルさがあって、読者としては「ほんそれなw」と笑えます。この明るさが、志波さんの持ち味です。

ううむ。ステキな作品に出会えてうれしいーーー。

あと、人魚の肉って、めちゃくちゃ日持ちするじゃん、ってのも思いました。そういうとこも可笑しみがあってすごく好き!

コメントを残す