『監禁探偵』は、原作 我孫子武丸さん、作画 西崎泰正さんの作品です。監禁状態にあるアカネが探偵役をつとめざるを得なくなるお話です。
コンビニバイトの山根は25歳。大学を出て一時は就職もして、きちんとしたマンションに住んでいます。バイト先のワカモノや店長から蔑みの目で見られています。
ここから先はネタバレありで感想を書いています。未読の方はご注意下さい。

実際、山根の表情には、どこか下卑たものが浮かんでいます。コンビニの常連のOLもしくは学生の女性に思慕している様子を見せていた山根ですが、退勤すると、彼女の家に忍び込みます。夜半にもかかベランダに吊るしっぱなしになっていて、下着目当ての山根は容易に目的を達しますが、窓が空いているのに気づきます。あわよくば無理矢理関係をもとうと考えた山根が部屋に入ると、家主はうつ伏せで床に転がっています。早る気持ちを抑えて彼女をゆっくりと仰向けにすると、、、
なんと彼女は腹部を刺されて大量に出血し、すでに絶命しています。
あわててベランダから飛び降りて自宅に急ぐ山根。忍び込んだ以上、もちろん警察にはいけないし、と、読者は思いますが、山根にはそれ以上に警察に行けない訳があります。山根は、3日前から、19歳のゴスロリツインテール娘の、アカネを監禁していたのです。
アカネを家に連れ込んだときは、アカネはゴリゴリのゴスロリでしたが、いまは下着姿。山根が女性の下着が必要だったのは、部屋にいるアカネに着替えを用意するためだったのです。
監禁されているにも関わらず、落ち着いた様子のアカネは、山根に何があったかを尋ねます。指紋をあちこちに残し、スニーカーをベランダに脱ぎ忘れたままの山根に、アカネは、部屋に戻って痕跡を消すように命じます。
しかし、女性の部屋が見下ろせる位置にある山根の部屋に警察が聞き込みに来るのも時間の問題。実際、チャイムを鳴らしてきた警官と、山根は玄関で話しますが、監禁されているアカネは警官らに助けを求める様子はありません。それどころか、犯人捜しに協力して、山根への嫌疑を回避しようと申し出ます。

まあ、ここまでですでに大きいネタバレではあります。この作品は、人が死んじゃう探偵もので、その探偵は監禁されている少女です。現場に調査に行かず、自分を尋ねてくる人たちから得られる情報から推理を巡らして犯人を言い当てるタイプの探偵を、安楽椅子探偵と呼ぶそうです。アガサ・クリスティのミス・マープルがその呼称の理由かと思いますが、違ってたらごめんなさい。この作品は、安楽椅子探偵もので、その状況になる背景が、「男に監禁されている」です。
2巻末の我孫子さんのあとがきによると、我孫子さんはマンガ原作を提供するとき、マンガ家さんに「どんな作品を描きたいか」を聞くそうです。そして、1巻の評判がよかったので、2巻ではアカネを「入院している」状態にすることによって、監禁状態を実現しています。これはちゃんとストーリーにも深く関わっていて、読んでいて納得します。
推理小説には国内外で深い歴史があり、探偵の特徴が魅力的な作品、犯人ではなく被害者や探偵を探すような作品、書き手の工夫で読者を意図的にミスリードする作品など、いろんな手練手管があります。先日、我孫子さんの『殺戮にいたる病』を読みました。これは、書き手の工夫〜系の作品でした。この手法の場合、作者は読者にウソをついたり、トリック以外の隠し立てをしてはいけないという暗黙のキマリがあります。単純に、読み返してみて「ああ、なるほどー」と思えなければ、作品として面白くないからです。こも点で、我孫子さんの『殺戮〜』は見事でした。
そこで、我孫子さんは絶対にマンガ原作をやっているに違いない!と思ってRenta!を探したところ、『監禁探偵』にいき当たりました。というか、以前に読んでいました!
この作品の最大の魅力は、もちろん、探偵役のアカネです。アカネはゴスロリ娘ですが、作品を通して下着姿なので、ちょっとドキドキします。探偵が汚されることはなく、山根に連れ込まれて乱暴されそうになったアカネは、腕っぷし(?)もなかなかのもの、持ち前の賢さで、ちょっとヨワヨワの山根を事実上、支配します。多分、逃げようと思えば逃げられるのでしょうけれど、アカネは余裕で探偵役を引き受けます。楽しんでいるのです。
もちろんそれって、浮世離れしたお話なのですが、しっかりと惹きつけてくれるのは西崎さんの画力です。このお話は、多分、原作者の我孫子さんと西崎さんが、ガッツリと組み合っていて、西崎さんもすごく楽しんで描いていらっしゃるのだろうと感じました。1巻ももちろんなのですが、2巻のアカネのアップの表情をみていると、自然とそんな気持ちになります。まあ、ホントのとこはわかりませんが、多分、アカネの顔が、とっても表情豊かに見えているのだと思います。といっても、コロコロ感情が変わるわけじゃなくて、全部のコマに、アカネの気持ちが表現されている気がしてくるのです。
最初の方ではキモい山根が、探偵アカネに操られて情報収集するなかで、思いもよらないことが起こっていたことを知ります。読者としても「えっ!」状態。
大学生になったとき、同級生たちのハンパない読者量(小説もマンガも)に驚いたのですが、ある友人に言われた言葉として「推理小説が好き、と言う子に誰の作品が好きかを聞いて、アガサ・クリスティと言われた場合、高確率でその子は『アガサ・クリスティファン』で、アガサ・クリスティしか読んでいない」と言われてドキっとしました。まさに私がそうだったので。中学生のときに最初に読んだのが『アクロイド殺人事件』で、それ以来、少ないお小遣いを必死で貯めて、アガサ・クリスティの文庫を買っていました。アガサ・クリスティにも駄作はあると思いますが(個人の感想です)、確かに推理小説という分野で『アガサ・クリスティというジャンル』を確立していると思います。大学生は遠かったのでバイトができる日も限られていて、心置きなく文庫を買えるようになったのは社会人になってからでした。推理小説を好きになるきっかけがアガサ・クリスティだったので、どうしても海外のミステリ作家のものばかり読んでいた気がします。一番はまったのは、パトリシア・マガーでしたが、ハマった頃に亡くなっていたので、当時の私には斬新に感じられた作風、というか、叙述手法も、読んだ当時にはすっかり一般化していたものと思われます。
パット・マガーが亡くなった翌々年、綾辻行人さんの『十角館の殺人』が発表されたそうです。綾辻さんのデビュー作だそうです。この作品のマンガ版(2019年に1巻が発行)を読んで満足していたときには知らなかったのですが、『十角館の殺人』の作品は1987年の刊行で、日本の推理小説の金字塔とされており、当時文壇に大きな衝撃を与えた作品だそうです。マンガで読んでたときも、そんな古い作品だと思ってませんでした。ある作品を読んだとき、「探偵が鼻につく若い女性で、ミステリマニア」という設定があったのですが、そのなかでも『十角館の殺人』は金字塔扱いされていました。我孫子さんは綾辻さんの作品に触発されて(?)登場した、綾辻チルドレン(と言ったかどうかはしりませんが)のひとりと目されていたようです。
我孫子さんの『殺戮にいたる病』も、おそらく鮮烈なデビューだったのでしょう。ケータイ電話がないこと、看護婦という言葉、中年女性が「うちのクルマは白いけど、カローラって車種だったはず、セダンとかって名前じゃなかった」と思うあたりが、時代を感じさせましたが、それ以外では古さを感じることはまったくありませんでした。
『監禁探偵』は、それらに比べると、鮮烈さという意味では劣るかもしれません。自分がバイトするコンビニの常連女性の家を知っているとういことは、あとをつけていったことがある、つまりストーカームーブだし、下着を盗むし、それでいて自宅には、おそらく客の彼女より若い女性を監禁している。どう考えてもキモい男です。文章で読めば、弱者男性(大学をでたのにコンビニバイト)、負け犬として、感情移入できるキャラかもしれません。でも、マンガだとやっぱりキツい。まあ、実際は山根はイケメンではあるのですが。それでも抵抗なく読み進められるのは、いきなり殺人事件に巻き込まれる、息をつかせない展開と、西崎さんの画力です。
アカネの、監禁されているとは思えない落ち着いた、ふてぶてしいとも言える態度は、現実離れはしています。いくら無気力男でも、山根はそれなりの体格だし、アカネが武術の達人だったらヤスヤスと逃げられるだろうし。でもそんなこと問題にならないのです。アカネちゃんがカワイイから。アカネの安楽椅子探偵ぶりを見ているとワクワクしてお話を楽しめるし、情報収集する山根が直面する現実も意外なもので、読んでいる最中は「えっ!?」と息をのむし、読み終わってみると「やっぱり我孫子さん、すごい」と思ってしまいます。
解決後の山根の表情の変わりようも見どころで、読後は、「さっぱりした」気持ちになれます。
2巻は、「アカネはなぜ監禁状態になったか」が違います。登場人物たちはイキイキしていて、アカネの推理も冴えます。毎回違う環境で「監禁」されて安楽椅子探偵をするアカネを見たいところではありますが、あんまりムリなシチュエーションになっていくとつまらなくなっちゃうかな。