死ニカエリ

『死ニカエリ』は反転シャロウさんの作品です。飛び降り自殺を試みた女子高生を受け止めて自殺を阻止した大学生。見た目もさわやかな彼は仲間たちから「真面目バカ」とからかわれます。

彼が最も避けたいのは、誰かの自殺。ファミレスで、テストの成績が悪くて「あーもう死にたい」とぼやく女子高生には「100点とるまで俺が勉強見てあげるから!」と断言してまで、自殺を回避しようとします。もちろん女子高生は本気で死にたいわけではなく、新手のナンパだと思われてしまうわけですが。

ここから先はネタバレしているので、ご注意下さい。

あわてて彼を連れ帰った友達は、彼と別れたあと「やっぱり引きずってるな」とウワサします。彼は両親から無理心中を強いられ、クビをつらされたのですが、ひとり息を吹き返し、両親の死を目撃したという過去をもっているのです。

最近、巷では「死ニカエリ」がウワサになっています。裏山にいくと、自殺者の死ニカエリによって命を落としてしまうケースが頻発しているというのです。大学生は、立入禁止区域にはいる高校生を見かけて自殺志願者だと思い、止めるために追いかけます。

少年は大学生の誤解を軽くいなしますが、そんな彼らを、ホンモノの死ニカエリが攻撃します。自分は自殺したのに、お前らだけ生きてるなど許せない。少年は首を木に吊るされ、大学生も襲われます。大学生は、死ニカエリへの「あなただって幸せになりたかっただろうに」という切ない思いから、必死に抵抗して説得を試みます。真摯な気持ちに心を打たれたかに見えた死ニカエリでしたが「自殺したこともない人間にオレの気持ちなんてわかるか」と、大学生に襲いかかります。

すると、死んだはずの少年が死ニカエリの前に立ちはだかります。実は彼も死ニカエリ。リストカットで自殺した彼は、自分の体を傷つけ、それを他人に飛ばす力を持っています。通称「リスカ」。既に死んでいて、何度でも再生する死ニカエリですが、致死傷となった傷の跡は死紋と呼ばれ、死紋を攻撃すると灰になってしまいます。リスカは大学生を襲った死ニカエリの死紋を狙って霧散させて大学生を助け、大学生も死ニカエリであることを指摘します。大学生が首吊りから「息を吹き返した」と思ったときには実はもう死んでいて、死ニカエリになってしまっていたのでした。そして、自分の自殺のいきさつをすっかり忘れていたのです。

大学生は、リスカの仲間たちに「クビツリ」として紹介されます。「フクドク」「ガス子」「カンデン」。彼らは殺人を犯した死ニカエリを見つけ、霧散させる葬送屋です。それぞれ、死因に基づいて、毒、ガス中毒、感電で、他者を攻撃できます。クビツリは縄を自由に操ることができます。

クビツリが投身自殺を助けた高校生は、結局は投身自殺して死ニカエリになっていました。自分が投身することで、狙った人間を死なせることができるとに気づき、自分を自殺に追い込んだ同級生たちを死なせていたのです。彼女を始末しようとするリスカたちに、クビツリは彼女を助けて欲しいと願い出ますが、リスカは、彼女はもう10回も殺人を犯している、更生の余地はない、と指摘します。すると、それは違うという彼女。彼女は、自分の能力を試すために2回、失敗して4回、通算16回、行為を繰り返していたのでした。クビツリは胸を突かれます。

自殺してしまった人、死を考えている人。いろんな人と向き合っているうちに、クビツリは、自分は何故、自殺したのかが気になり始めます。

その他、自殺と死ニカエリのメカニズムに魅せられて死ニカエリになった、リスカの兄である「トビコミ」とリスカの確執、自ら望んで自殺したのではなく心中に巻き込まれたクビツリが何故死ニカエリになったのかという謎の解明、クビツリの両親が一家心中を決意した理由が、大きな骨子となっています。

「死ニカエリ」「死因が攻撃手法となる」「死ニカエリが殺人を犯す」「死ニカエリが殺人死ニカエリを狩る」というアイデアが面白く、夢中になって読みました。クビツリの、成績が悪かったからもう死にたーい、と軽口をたたいている女子高生に「100点とるまで俺が勉強みるよ!」と真剣に訴える天然ボケっぷりも大好きです。クビツリの天然にイラっときたリスカが、度々気軽にリスカするのは軽くトラウマですが。

天然で、まっすぐな目で「自殺なんてダメだ」「自殺なんてさせない」というクビツリに対して、「自殺することでしか救われないヤツもいる」というニヒルなリスカがカッコよくて、高校生時代の私だったら「どっちがより好きかしら」と夢中になってしまったに違いない作品です。カンデン、ガス子、所長といった周囲のキャラもステキ。天然ボケのテンポもよく、軽いテイストではなしが展開されるのでドンドン読み進めちゃえますが、やはり死を扱っている作品なので、実はずっしりと、重い問いかけを投げかけてくる作品です。

バラバラ死体にされ、死紋のある左手だけが残ったリスカをクビツリが助けて帰るシーンなど、ギョッとする展開もあるのですが、それを軽く表現する反転さんのストーリーテラーとしての力量と、凄惨なシーンを描きながらもどこか明るさと軽さを残している画力に、圧倒されてしまいました。

トビコミのエピソードでは、死ニカエリを理解するために、蘇った死ニカエリの頭部を持ち帰り、体の自由を許さないために、蘇生をある程度までしか許さず、繰り返し「殺害」を繰り返すトビコミの狂気に、、、なんて言ったらいいのでしょう?あいた口がふさがらないっていうのは、通常、呆れたことを表現する言葉ですが、あまりの非日常と残忍さに、「あいた口がふさがらない」状態になってしまいました(私の語彙力、、、)

そして、クビツリが、何故自ら望んだ自殺じゃなかったのに死ニカエリになったのか。ここは本当に胸糞な話なのですが、家族が何故死を選んだかについての父母間や、クビツリ本人の感情の動きや細かいいきさつは一切描かず、でも原因と結果を明示して、過程を読者に想像させる、その描き方に感服しました。

先日、『南京路に花吹雪』のうろ覚え感想を書きました。そのときは、本郷さんと黃を比べて、私は「運命を背負った美しき天才」より「正義でいたいと願う非力な一般人」を、より好きだ、と自覚した話を書きました。これは結構無意識に徹底した私の傾向のようです。私は「ファンタジー大河」である『ナルニア国物語(最後の戦いを除く)』や『指輪物語』などが大好きで、同時に「ギムナジウムの群像劇」である『トーマの心臓』や『ポーの一族の3巻』も大好きです。ということは『ハリー・ポッターシリーズ』も好きに違いない、と思って読んだのですが、まったくはまりませんでした。なぜなら、冒頭では普通の、でも不遇な少年であると見えたハリー・ポッターは、実は、生まれる前から魔法界全体の希望の星で、選ばれた特別な子供だということがわかったからです。実際は、赤子のハリーがヴォルデモートを退けたのは、ハリーの天才の力ではなく、母リリーの愛の力らしいのですが、そのへんは読んでないので、ごめんなさい、わからないです。

クビツリも、重い出自を背負い、両親から心中を課されて、死にたくないのに首をつらなければならなかった、宿命の主人公です。クビツリが特別であることは、仲間のなかでも何度か指摘されています。のちに明かされる事実の重さは途方もないものです。じゃあ、「宿命の子」であることを理由にハリーへの興味を失ってしまった私が、宿命を背負った特別な死ニカエリであるクビツリのことが大好きなのはなぜだろう?と考えてみました。比べるにはあまりにも無理のあるふたつの作品ですが、笑って読んでくださると嬉しいです。

まずはスケールの違い。ハリーが魔法界全体を背負っているのに対して、クビツリは、目の前にいる自殺志願者、または自殺した死ニカエリを救いたい、と、あくまで日常の範囲(?)です。次に、魔法界全体が注目しているハリーに対して、クビツリは、仲間うちからは「死にたいと願っていなかった彼が何故死ニカエリに?」と不思議に思われてはいるものの、高校生のリスカに乱暴に扱われている葬送屋の新人に過ぎません。最後に、ハリーの周囲には、様々な立場のいろんな年代の者たちの思惑がからんで、一筋縄ではいかない複雑な動きをしますが、クビツリの周囲は比較的「見た目年齢」の近い者たちが集まっていて、集団の目的も「殺人を犯した死ニカエリの抹殺」と、わりとシンプルです。

クビツリは、目の前の苦しんでいる人のつらい思いに寄り添いたいと願い、リスカやカンデン、ガス子といった仲間との絆を作っていく、天然で明るい性格の主人公です。いつもリスカに守られているようで、リスカのピンチには的確に判断して蘇生を助ける、芯に強さを持ったクビツリは、その出自の暗さ、重さに反して、輝くおひさまのような明るさをもたらしてくれます。自殺することでしか救われない人がいる現実のなかで、まっすぐに迷わずに「自殺はだめだ」と言えるクビツリの明るさが、私にとってこの作品の最大の魅力です。

とはいえ、この作品は、暗く、深く、より厳しく社会情勢を描いていける素養をもっています。番外編として、組織には人間の協力者がいること、死ニカエリは歳をとらないことから、年齢がちかく見える仲間たちが、必ずしも見た目どおりの年月を経てきたわけではないことが描写されています。番外編を読むと、反転さんは、このお話を重くてつらくてながーいお話にすることもできるのだと想像させられます。実際、本編にでてこない仲間のキャラ設定もしていたそうです。連載の長さは、作者さんの意向で決まるものではないことは十分承知ではありますが、お話をコンパクトにスッキリとまとめ、この重いテーマを扱いながら、明るく魅力的な主人公たちに会わせてくれたことに感謝です。

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