しょせん他人事ですから〜とある弁護士の本音の仕事〜

『しょせん他人事ですから〜とある弁護士の本音の仕事〜』は、現在も連載中。原作 左藤真通さん、作画 富士屋カツヒトさん、監修 清水陽平さん(法律事務所アルシエン)の作品です。弁護士 保田理がパラリーガルの加賀美灯とともに働く事務所には「他人事」と大きく書かれた掛け軸がかかっています。

弁護士を必要とする人の要件は、時代によって変わります。保田が得意とするのはインタネット案件です。

ここからはネタバレありなので、未読の方はご注意下さい。また、今回はいつも以上に、私の個人的な経験を交えて作品を振り返りますので、ご関心のない方にはあらかじめお詫びいたします。

自分のブログが突然炎上してしまい、根拠のないデマを流され攻撃され、闘うことを決意した主婦の桐原こずえ。行政の無料相談所に行き、弁護士の保田に会います。自分状況を説明しようとしたこずえに、保田は「無料相談は時間が限られている。泣いていると時間の浪費だ」と言い放ちます。パラリーガルの加賀美は「もっと相談者に寄り添え!」と怒りますが、こずえはかえって冷静になり相談を始めます。

保田が説明する対策は大きく言ってふたつ。削除申請と、開示請求からの「プライバシー侵害」もしくは「名誉毀損」での告発です。保田は攻撃者に罰を与えるプロセスは、労が多いわりに実利が少なくオススメできないと語り、こずえは困惑してその場を去り、顧客候補を逃したと怒ります。

こずえへの誹謗中傷はエスカレートする一方ですが、ネット攻撃はそこにわざわざ目を向けなければその激烈さに気づくこともありません。こずえは風俗嬢だとすら書かれていますが、怒るこずえに促されて誹謗投稿に目を通す夫すら「誰かもわからない人間に嘘を書かれても気にしなければよい」と、こずえの気持ちを理解してくれません。攻撃されている本人にしか、その辛さは分からないのです。

こずえは、保田の事務所の口コミを確認します。保田の態度に腹を立てて「時間のムダだった」「最低!」と書き込んでいる人がほとんどです。しかし「余計なことやお世辞なして本音で話してくれたので信頼できる」との口コミを見たこずえは腑に落ち、開示請求からの訴訟の方向性で保田に依頼をし、保田はしっかりとその依頼を受けとめます。

私も以前あることで弁護士の先生とお話する知人に同行したことがありました。A先生は、依頼者に心から寄り添う先生です。依頼当事者ではない私の知人が、当事者を助けるために相談を重ねたのですが、依頼に至る手前ギリギリまで、依頼者に寄り添うだけでなく、相談者である知人にも寄り添ってくれました。「依頼を受ければ、依頼者のために動く。そうなると、あなた(知人)には寄り添えなくなるが、本当にそれでいいのか」と、何度も知人に確認してくれました。

知人と依頼者のほかに、既に亡くなった人を含めた多くの人との間に複雑なイキサツがあり、知人は金銭を求めているのではなく、依頼者その他生きている人たちから、一度でもいいから感謝の心を示して欲しいのだと、私は分かっていましたが、数十年以上ものイキサツを知らない人には、相談者の言葉の意図は伝わらず、相談者が金銭を求めているようにしか感じられない、という問題がありました。先生も、そのことで随分悩んでいたようです。

まだ30代前半だと思われる先生のアポを取るのは大変でした。何故そんなに忙しいのかは容易に分かります。先生は後見人を務める被後見人の自宅に行って、積み上げた整理されていない古い書類の山を1枚1枚確認するような作業を、ご自分のすべての被後見人、被保佐人にするのです。被後見人が未成年の場合は、その子と心を通わせて、将来どんな道を歩むかに相談までして、そのための資産管理をするのです。

結局、裁判所の決定で、依頼者の後見人は別のB先生になりました。この先生は人柄はよい方で、A先生よりおそらく10歳ほど年長です。B先生は、いま現在の被後見人にとって必要なことをするためには、過去のイキサツは一切知りたくなく、自分のプロとしての冷静な判断だけで仕事したい、という方なので、知人の話は聞いてくれませんでした。

A先生のような仕事ぶりだと、長年続けるのは大変そうですが、お若いうちにいろんなことを肌身で感じるのも、弁護士というお仕事に役立つことだと思います。先生はまだ小さいお子さんをはじめご家族を第一優先にしているので、それはよいことだと感じました。B先生は、被後見人に集中していて弁護士として信頼できる方で、最初はとまどっていた知人も、被後見人が失うものがないのなら、と気持ちをいれかえて、安心してお任せすることができていました。

この作品の保田先生の仕事への取り組みは、B先生から人当たりのよさを除いた感じです。実際には、弁護士に話を聞いてもらうことで自分の本心がわかることはありますが、保田先生は、それを済ませてから弁護士の前に座ることを期待しています。気持ちの整理に、弁護士への対価を払うのは、依頼者にとってムダだと思っているのです。もちろん、法律を知らないと「何をすべきか」はわからないので、その判断のために必要な情報は提示してくれます。

ちゃんと自分で調べられることを調べて何がしたいかを決意して依頼すれば、保田先生はしっかりと受け止めて、ゴールへの道すじを示してくれます。

まあ現実には、初対面の印象が「サイアク」「イジワル」「不親切」だった場合、すぐに冷静になって「でもアドバイスの内容は的確。信頼できるプロ」と思い直すことは難しいです。アタマに血が上ってるのもあるし、「訴訟という辛くて細かくて長い闘いを、一緒に歩める仲間になれるのか?」という恐怖心がでるからです。ただでさえ、法律が自分の希望に沿うとは限らない、法律というロジックを利用してやりたいことを最大限実現する中で出会う「倫理的、道義的、または心情的には理不尽」と思えることが多いであろう中で、さらに「弁護士がシニカル」だったら。心が折れてしまいそうです。

でも、これはマンガなので、こずえは冷静に保田先生は自分を助けてくれる人だと見抜きます。「冷たく事実を突きつける」ことで自分なりのクライアントスクリーニングを実施して、こずえの選択に満足した保田は、ひとたび依頼を受けると、真摯にこずえに寄り添います。読者としては、辛い思いをしていたこずえに、法を武器としてのカタルシスがもたらされるであろうことにカタルシスを見いだします。

しかし。ネットの誹謗中傷の場合は、中世の敵討ちとは違って、結末にカタルシスはありません。誹謗中傷を行う人は、被害者が「そんなことで?」と思うような動機で誹謗中傷行為を行っていることがあるからです。誹謗中傷の内容も確固たる証拠もなく、誹謗中傷しているどころか「想定ワルモノ」に「正義の鉄槌」を下しているつもりになっていることもあります。そして、自分が攻撃をしていることは「家族にも内緒」だったりもします。そして突然くる開示請求や裁判所からの文書を見て「そんなつもりはなかった」と、逆に被害者意識を持ったりもします。そういう加害者に、法律の上で勝って多少の慰謝料(?)を得ても、あまりスッキリとはしません。

この作品に、芸能人が依頼人になるケースもあります。現実の世界で、芸能人、有名人がいわれのない誹謗中傷を受け、自殺するケースは時々あります。私が最近怖いと思うのは、被攻撃者の自殺というおよそ最悪の結果の受け止め方が、変わってきているのでは?という風潮です。数年前までは、被攻撃者の自殺のあと、攻撃者はアカウントを消して逃げていました。しかし、兵庫県の政治の一連の誹謗中傷の流れでは、あるひとが自殺すると、その方と似たような立場にいるひとに「次はお前だ」という脅迫が送られたと聞いています。「ひとを追い込んで死なせた」ことで「そんなつもりはなかった」と恐怖するのではなく「ワイらの勝利じゃ!この調子でワイらの主張に反対するヤツはどんどん抹殺していこう」と高揚する流れが、これからのネットでの誹謗中傷の主流になってしまわないかと、私は恐怖します。

閑話休題。

保田弁護士は、開示請求して「勝った」先に、勝利感がないことをよくわかっていて、この一連の闘いが、正義の鉄槌を下すものではないことを、最初から忠告してくれます。パラリーガルの加賀美は、法律の知識はありますが、一番読者の気持ちに近いツッコミを保田先生に入れてくれます。

保田先生は加賀美先生に言います。弁護士の自殺者は多い、と。そしてさらっと「僕らもしたたかにいきのこらないと、ね」と伝えます。そのための保田先生の座右の銘が「他人事」なのでしょう。

各巻の末尾には、監修をしている清水先生の作品解説が掲載されています。その中でも「弁護士は逆恨みを買いやすい」との記述があります。さもありなん。A先生とお話していたときに「後見人になった弁護士が横領するってケースもありますが、言葉を選ばずに言うと、それは『なんでもあり』を経験してこられたベテランの先生のお話で、いまの僕らはガチガチに監視されててそんなのあり得ないです」という話題がありました。そうなのでしょうね。長年セクハラとパワハラや役得という名の業務上横領が横行してきたと思われる芸能界&テレビ界ですら、捲くられ始めているなか、法曹界のコンプラはより厳しくなっていくのでしょう。

苦悩に満ちたお仕事ですが、この作品の原案となるトピックは、尽きることがなさそうです。