新装版ミュージアム完本

巴亮介さんの『新装版ミュージアム完本』を読みました。

無印版を読んですごく好きだったので完本にも手を伸ばしちゃったのです。

『ミュージアム』では猟奇殺人者を追う刑事が描かれます。猟奇殺人なのでかなりグロい描写もでてきます。

ここから先はネタバレなのでお気をつけ下さい。

新装版 ミュージアム 完本 著:巴亮介 講談社

まずは扉で「私刑」についての定義があり、ページをタップすると奥さんや子供との不毛なやりとりとその結果として2人が出ていってしまった姿が描かれます。主人公はその後も折りに触れ、2人が出てゆく姿を思い浮かべます。

さて、始まりは凄惨な事件です。現場にはxxの刑と記されたメモが残されています。主人公の沢村氏はキャリアのある巡査部長で、悲惨な現場にもたじろぎません。大型犬3匹に食い散らかされた遺体をみた後でも、激務に耐える身体を保つために食欲は旺盛です。ただ、後輩の西野巡査を誘って食事中にペラペラと捜査上の極秘情報をしゃべってしまうのはいかがなものかと思います。そんなことしてると新聞記者に聞かれちゃうよ、と思っていたら記者どころか犯人に聞かれちゃいます。この出会いに早くも違和感を持つのはさすが優秀な刑事さんです。

結論から言うと、犯人は自分の犯行を「芸術」だと思っているので、殺害方法や遺体の残し方も独特です。自分の「作品」であるところのある事件の犯人として検挙された被告人が裁判で有罪とされてしまった、つまり自分の芸術を他人の成果と認定されたことに怒って裁判官と裁判員に私刑を下しているのです。杉村巡査部長は、この過去犯罪と一連の私刑との類似性にもいち早く気づきました。まったく優秀な刑事さんです。その優秀さによる仕事への傾倒が家庭崩壊に繋がったのは皮肉ですね。

お話はすばやく展開します。西野巡査とファミレスで食事する杉村巡査部長の前にいきなり早苗が現れます。カエルのマスクをかぶってレインコートを着た姿で。爬虫類嫌いの人だったらその時点で怖いと思いますが、見ようによってはつぶらな瞳がかわいく見えてしまう、というか人形マニアの私はケロヨンをうっすら思い出しちゃうのでかわいい以外の何者にも見えないのですが、無印版も完本もダークな表紙にカエルのマスクが登場するし、初出のときに既に犯罪者なので、このカエルを愉快なお友達と思う人はまあいないでしょう。

そして理不尽なことに西野はカエルの手によってビルの屋上から突き落とされて死んでしまいます。本来はここで沢村が拉致されるはずで、この殺人は犯人にとっても芸術でもなんでもなかったのですが、犯人こと早苗は意外にもそのことを気にしません。沢村巡査部長にダメージを与えられたからかな?でもさらに言うなら沢村は本ターゲットではなく、本ターゲットである沢村妻に与える刑の道具だったはずなのでちょっと違和感あります。この違和感は最後まで続いて、どうも早苗は沢村家の調査をするうちに沢村妻より沢村巡査部長にこだわっちゃったように見えます。なんだろう、芸術家の琴線に沢村の仕事ぶりが触れちゃったのかな?

違和感といえば、カヨの部屋にいて刑事への応対をしたのは早苗のはずですが、その男は特徴のない普通の男として描かれていると思います。でも早苗は体毛のない異形の男。頭髪はカツラでなんとかなってもつけ眉毛やつけ睫毛はかなりの違和感があるはずでは?というわけで、このときの男と後ででてくる早苗の顔はだいぶしつこく見比べちゃいました。

さて、完本の下巻はほぼ、侵入後監禁された後の沢村と早苗の攻防になります。妻と子供の肉を食べさせられちゃった!という胸の悪い展開もありますが、すぐに妻子が生きている姿がでてきて読者はほっとします。早苗の家の中でも「早苗、超イカレた奴」という姿が強調されます。というか、早苗はこの沢村とのかけひきの過程を妻子に見せているわけではないので、仕事見学の刑というところからだいぶ話が逸れていると思うし、皮膚科の先生もかなり雑に殺しちゃってるので、芸術の合間に発生する殺人はどうでもいいの、早苗!と問いかけたくなっちゃいます。まあ、芸術を達成するためなら手段を問わないという姿勢の現れだと思えば整合性がないわけではないんですけどね。

早苗は策略をこうじて沢村に妻を殺させようとしますが、ここまで沢村がしつこく妻が家出した時の去り際の後ろ姿を回想していたことが功を奏して、沢村は正しく妻を認識して事なきを得ます。

一方、沢村が卓越した能力で早苗の存在と居場所を突き詰めた経路を辿って、上司の関端警部補たちも早苗の屋敷に辿りつきます。関端らはタイミングよく早苗と沢村の間に入り、沢村も妻子も無事救い出されます。早苗は刑事に追われて外にでたところ持病の日光アレルギーにやられて人事不省に陥り、そのまま身柄を拘束されます。めでたしめでたし。

一件落着。その後、妻の遥は通りすがりにフリーライターにいきなり「無実の人を自殺に追い込んだ心境は?」と尋ねられます。自分が裁判員だったばっかりに夫子の生命を危機にさらしたこと、裁判官裁判員のなかで唯一人生き残ったことは遥の心にも大きな傷を追わせたはずです。レポーターに質問された遥は、狼狽しますが、そっと息子の将太を促してその場を足早に去ります。その後ろ姿は撮影され、これからの遥の人生も決して平坦でないことが匂わされます。

一方、関端警部補は薄暗い部屋に伏す意識不明の早苗の様子を覗いに来ます。しばしじっと見つめておもむろに背を向けた関端の耳に「君もいつか僕のミュージアムに並べてあげるよ」と、早苗の声が響きます。驚いて振り向くと意識不明のまま横たわる早苗。関端は渋くていい刑事で、私も最初から心をわしづかみにされてしまいましたが、このシーンもたまりません。狂人早苗の脳裏にも、沢村につづいて関端もミュージアムに並べるべき好敵手として刻まれたのです。関端の頭にうかぶ早苗の表情が最高です。普通に考えて今後早苗が意識を取り戻しても刑務所もしくは精神病院から出るきとはなさそうなのですが、芸術家的犯罪者早苗が何を引き起こすかという恐怖にゾクゾクします。なにしろ幼児樹脂詰め殺人事件のときは容疑者にもあがらなかった早苗のこと。今回の一連の犯行(芸術)はその内容からいって警察に逮捕されること覚悟の犯罪だったはずなので、その後の展開を考えていないはずがない。深読みしすぎ?

それから1年。早苗は昏睡状態のままですが、沢村は刑事を辞め、子供の誕生日を家族揃って祝える生活を送っています。そして実際、誕生日を祝うのですが、ケーキを前にハッピーバースデイを歌いながらも、沢村の心は早苗の最後の言葉に捉えられ、目の前の幸せではなく早苗の描いた最悪のエンディングに直面しているのでした。たまらない!もしかしたら本当はその最悪のエンディングが現実で、この後日談は死にかけた沢村の脳裏に浮かぶ走馬灯なんじゃないかと思ったり、それより早苗の呪縛に捉えられて生きていかなきゃいけないのも地獄だと思ったり、無傷ではなかったはずの遥の屈託のない笑顔は「母の強さ」からくるものなのか、癒やされきれないゆがみを持った両親に育てられる将太はどうなってしまうのか、いろんなことを考えちゃうラストでした。

完本では、上下巻のそれぞれに短編のおまけがついていて、上巻では早苗が裁判員の身元を知った手口と第1の被害者上原あけ美にいかにして形が宣告されたかが、そして下巻では中学1年の早苗の犯行と早苗と若き関端刑事との出会いが描かれています。ニヤリと嗤う少年の口元が恐ろしさを引き立てます。そんな頃から関端と関端の部下のミュージアム化は運命づけられていたのか!と。恐ろしい。

細かいところでツッコミはしつつも、とにかく早苗を含めおじさんたちが魅力的で夢中になってしまったのでした。やっぱ関端さんがいいよね。

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