『スズキさんはただ静かに暮らしたい』は佐藤洋寿さんの作品です。ヘルス嬢のママが帰ってきてから10歳の息子仁輔と夜中の2時にゲームをして声を上げていると「いま何時だと思ってるの」と怒鳴り込んでくる隣人がスズキさんです。
スズキさんはただ静かにくらしたいんだからよろしくね、と言います。
ここから先はネタバレなのでご注意下さい。
[著]佐藤洋寿
ママと仁輔は身を潜めて暮らしています。5億円強奪事件の犯人にパパを殺され、自分たちも命を狙われているからです。理由は仁輔が犯人たちを目撃したから。犯人は日本の警察。汚い仕事をする専門部隊の連中です。
ヘルス嬢をしたお金でママは仁輔にデジカメを買います。仁輔が何気なくスナップを撮ったその瞬間、ママは殺されます。ママが倒れこんだ音に怒ったスズキさんが訪ねてきたことで仁輔は命拾いします。スズキさんはプロの殺し屋で、咄嗟にママを殺した人物を殺したのでした。
そこからスズキさんと仁輔の生活が始まります。スズキさんは最初は仁輔を突き放そうとしたりしますが、一緒にいる間に2人の関係は深まります。
2人は楠という刑事に発見され、また逃げます。楠はスズキさんと殺し合いをしたいと望みます。楠もどこか狂ってしまっているのでしょう。スズキさんの隣に引っ越した楠はベランダで仁輔に拳銃の使い方を教えます。
警察は楠を切ることに決めます。別の刑事から楠を殺すことを依頼されたスズキさんが楠の部屋を訪れると、中には楠を殺そうと待ち構えていた仁輔がいてスズキさんは撃たれてしまいます。外出先から戻った楠は、仁輔がスズキさんと離れることを条件に人の殺し方を仁輔に教え、撃たれたスズキさんをモグリの医者にみせることを約束します。
仁輔は人の殺し方を教わりますが、スズキさんを撃ってしまったことがトラウマになり、楠が望むような殺し屋にはなれそうにありません。やり甲斐がないと感じた楠は仁輔とスズキさんを会わせてみることにします。
スズキさんはすっかり殺し屋に戻っていて、一度は仁輔を突き放しますが、結局は仁輔を迎えに行きます。そこを狙った楠とスズキさんは殺し合いをしますが決着はつかず、楠は「See you again」と言って去ります。
スズキさんは仁輔に別れを告げます。以前世話になった大家さんの孫として暮らす仁輔は同世代の子どもたちとのコミュニティに参加し始め、スズキさんと楠もそれぞれの人生を送ります。
このお話は、作者さん買いで読みました。佐藤洋寿さんは『屍牙姫』の表紙で知りました。無表情な目に大きく開いた牙のある口と滴る血の表紙には惹きつけられましたが、試し読みであまりはまらず、手を出していない作家さんでした。最近になって『マザーパラサイト』を読んですっかりはまってしまい、佐藤さんの作品をもっと読みたいと思って読んだのがこの作品です。
タイトルは、コメディともシリアスともとれる長いものです。私はこの手のタイトルに遭遇すると、作者さんの「ねらい」はどこにあるのかとちょっと構えてしまうので、こういったタイトルをつけるのは諸刃の剣だと思います。この作品の場合は物語の本質に関わる表現で、ピッタリのタイトルだったと思います。
この作品では、事件の目撃者の仁輔が何故、警察が何故、とか、殺し屋はどうやって仕事をとるのか、とか、興味をそそられる部分はたくさんありますが、本質は、ただ静かに暮らしたいスズキさんが、人の手を借りないと生活していけない年代の子供と出会って一緒に暮らしていく中で、自分の気持ちのゆれと向き合って、自分の仕事を鑑みたうえで、静かに暮らすにはどうしたらよいかを考えるお話です。
スズキさんがどうやって殺し屋になったのか、何故スズキと名乗るようになったのかも描かれていて、その部分は仁輔とスズキさんとの生活にも通じるものがあって、スズキさんが仁輔と暮らしたいと願い、暮らせるかどうかを考えるうえで、一方的な大人の気持ちが描かれるだけでなく子供の気持ちとしてどうなのかをスズキさんが考える経緯も伺わせてくれて、とっても感慨深いものがありました。
子供なんてめんどくさいしうっとおしくてキライ、と思っていたスズキさんが仁輔と一緒に生きていく人生を夢として描くようになる一連の流れは無理がなく、共感できる物語でした。
私は子供がいませんが、子供を育てることで得られる人間の成長や価値というものはありそうだ、と常日頃感じています。スズキさんが、仁輔にねだられてカレーやとうふハンバーグなどの料理をつくったり、子供の温かい体温を感じたりしていくうちに仁輔に気持ちがうつっていくのは、きっと人間として自然なことなのだろうな、と思いました。子供のいない女性の感傷が入ってしまっているかもしれませんね。
スズキさんが仁輔といたいと願い、仁輔といてはいけないと決心する気持ちの流れはとてもしっくりと読み手に伝わりました。子供相手でも、子供だからとあしらったりせずお互いに本音でぶつかることが、スズキさんみたいな特殊な環境でなくても、大人として子供との人間関係、信頼関係をつくるのに必要なことなのかな、と思いました。
仁輔がスズキさんに「あんたはこれからもう一生お母さんのつくったカレーなんて食べられない」と言われるところでは、子供の側の気持ちでドキリとしました。女性輔のママが家族写真を撮って「パビリオン」と呼ぶコルクボードに貼っていたこと、だから仁輔がもらったばかりのデジカメでママと自分を撮ったこと、そのデジカメに執着したこと、スズキさんとの写真が欲しかったことも、とても説得力がありました。スズキさんが、仁輔との写真を殺風景な部屋に飾っていることも。
刑事が組織立って一般人を殺そうと付け狙い、殺し屋が闊歩し、子供が人の殺し方を本気で知りたがる物騒なお話でしたが、愛情の物語でもありました。
楠とスズキさんが「See you again」で、決着ついていない終わりもよいです。やっぱり『屍牙姫』も読んでみようかな。