13月のゆうれい

『13月のゆうれい』は高野雀さんの作品です。双子のキリとネリのお話です。キリは男性、ネリは女性です。ネリは女の子っぽい格好をするのが苦手ですが、久しぶりに顔を合わせるとキリは女装しています。

ネリは特に女装の理由も聞かず、キリも悪びれることなく別れます。

ここから先はネタバレなのでご注意下さい。

13月のゆうれい(1)
13月のゆうれい(1)

13月のゆうれい(1)

[著]高野雀

Renta!

ネリは合コンで顔がどストライクの周防に会います。酔った周防は好きな人と同棲していること、でも片思いであることをネリにしゃべります。後日、その同棲相手がキリであることがわかります。周防はゲイではなく、高校時代に学園祭の企画で女装したキリを見て以来、女装したキリに絶望的に恋をしているのでした。

ネリは女の子がかわいく見せるのは自分以外でも否定的です。キリは、誰にも言っていませんが、小学生の頃男に性的いたずらをされたことがあります。それ以来、自分を汚いと思うと同時にかわいいと言われることを極端に嫌がっていたのですが、学園祭で女装してかわいいと言われた時には抵抗を感じなかったことから女装を始めたのでした。

ネリは周防と付き合うことになります。キリはネリの友人の愛佳と付き合います。そういう中でキリは自分をダメだと思うたびにネリに頼ってきた自分と、自分を汚いと思ってしまっていた自分を克服します。

ネリは周防のために「かわいく」装うことに歩み寄る中で、かわいく装うことは男性におもねることではなく女性として強くあるためにすることだと考えるようになります。周防も、自分のなかにいる女装したキリは現実の存在ではないことを受け入れ始めます。

それでもネリは、周防のなかにはキリがいると思い込み、ひとりで傷ついて周防と別れてしまいます。一方、キリは愛佳と結婚することに決めます。

少し時が過ぎてキリが出ていった後の周防は街で、髪をバッサリと切ったネリに偶然出会います。引っ越しを考えているというネリに、周防は、同居人(キリ)が出ていったから一緒に住まないかと話しかけます。ネリは笑顔でどうしようかな、と応じます。

この漫画を読んだのは、女装姿のキリとネリがとても可愛かったからですが、最初から、画面に作者さん独自の空気感というか、世界観ががちゃんと溢れていて、それがとても魅力的に思えたからです。

Renta!ではタテコミというのですが、電子漫画では、漫画のコマを切り取って全部のコマをスマホの横サイズに合わせて表示して縦に並べて縦にスクロールすることで読ませる形式があります。確かにスマホでも読みやすいのですが、私の場合は元のコマの並びがどうだったかが気になってしまって、あんまり内容に集中できません。単に好みの問題だと思うのですが、漫画は本来は雑誌を見開きにすることを想定してコマ割りしてストーリーが組み立てられていると思うので、できるだけその形に近いカタチで読みたいと思ってしまうのです。

作品のカラー、雰囲気を作っているのは、絵そのもの、セリフ、ト書き、時にはポエム、コマ割り、ストーリー展開上の間の取り方、など、いろんな要素が考えられます。タテコミだとそういう空気を感じにくいと私は思ってしまいます。

私がこの作品を読み始めてすぐ感じたのは、高野さんも、強い「高野ワールド」を持った作家さんなのだろうな、ということでした。実際、『13月のゆうれい』を読んだ後に短編集も読んだのですが、高野さんならではのテイストがあって、とても好きな漫画家さんになりました。

『13月のゆうれい』の双子は、それぞれジェンダーについて悩みを持っています。キリは過去のトラウマがあり、また、ともすれば女の子に見られがちなかわいい顔をしていること、ずっとかわいいと言われるのは嫌だったのに女装したときの自分をかわいいと言われると嬉しいので女装を楽しんでいます。メイクをしているとネリに似ていると言われると、自分の理想はネリだったのかな、と考えたりします。その一方で、女装した自分を会社の同僚に見られてしまうと会社に行けなくなってしまい、ネリに聞いてもらわないと自分が何に苦しんでいるのかすら言葉にできない繊細なところがあります。

そういう自分と向き合って、女装を封印して、愛佳との付き合いの中で成長していく姿が、とてもすんなり入ってきます。ジェンダーは男性のまま女装する男性は、女性にとっては違和感よりも共感を呼んで、わりと受け入れやすいものなのかもしれません。キリの外見がもともと可愛いことも受け入れやすい理由かもしれません容姿が愛らしくなくて女装をしたかったりジェンダーギャップがある人の葛藤は、きっとかわいい男性よりも深いものがあるだろうなー、と余計な方に発想がむいてしまうところもちょっとだけありました。

ネリはピンクとか花柄とかレースを避けているどころか、憎んでいるといってもよいほど抵抗感を持っています。その気持ちはちょっとだけわかります。私も、若い頃はかわいく見えることよりもシックだったりスポーティだったりしてスッキリ見える方が憧れでした。歳をとってから、何故年齢的にできるうちに、ダイエットやメイクを含めて、ピンクハウスが似合うようなかわいい女の子になる努力をしなかったのか、と後悔したものです。ただ、私はネリと違ってそういう服装をした他人までをも悪く思うことはありませんでした。

ネリはキリのようなトラウマがあるわけでもないので、何故そこまで花柄やレースに否定的になったのかわかりません。小さい頃から活発で強めな女子ではあったようです。生理がきて女性になることを受け入れるのが難しかったという描写はありますが、自分が女性であることへの違和感というよりも、社会的な女性という概念にたいして違和感があるように見えます。

ネリの心の変化は、キリに比べるとやや突然のように感じます。好きな男のためにスカートを履いてみる、会社に行ってみたら意外にも評判はいいし自分が身構えていたほどの過剰な反応はない、自分なりのアレンジをしてみると楽しい、という流れはスムーズですが、最初の「好きな男のため」というのが、いままでの抵抗感に対して唐突のような。でもよく考えてみたら違いました。大切なキリの存在があって、好きな周防がキリの女装姿に恋していることがあって初めて、そういう気持ちになったのですね。

ジェンダーを感じさせないかわいらしい絵柄で、トランスジェンダーでもノンバイナリーでもない男女の双子が、ジェンダーに対して持っているわだかまりや違和感が丁寧に描かれていて、人との繋がりのなかで無理なくそれと向き合って、その中で発生する心のさざ波や大波を、共感を持って読むことのできる素敵な作品でした。

巻末のおまけもよかったし、あとがきも好きでした。

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