『高校事変』は原作 松岡圭祐さん、漫画 オオイシヒロトさんの作品です。武蔵小杉高校2年生、東南アジア系移民の田代勇次はバドミントンの国民的ヒーロー。矢幡総理は政治パフォーマンスの一環で、学校にいる彼のところに訪問することになりました。
別のクラスには優莉結衣がいます。結衣の父は複数の半グレ集団を操ってテロを起こし死刑となった男です。結衣も幼少の頃は殺人者として特訓を受け、強い適性を示していました。
ここから先は、ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。
結衣はその境遇から皆に避けられ、いじめをうけていますが、ひょんなことから澪との間に友情が芽生えます。
矢幡総理が訪問したとき、結衣と澪は体よく隔離されていました。学校側が結衣の存在を隠したかったからです。
しかし、総理来訪と同時にテロ組織が学校を襲い、多くの生徒を問答無用で殺します。教師の溝鹿が総理を校内に、田代を校外に逃し、テロ組織の首謀者ジンは総理を呼び出します。ジンは何故か要求を出さずに校内に君臨します。総理たちは追い詰められ、一方、結衣は身についた殺傷能力をつかって、自分の近辺にいるテロリストたちを始末していきます。
殺された一部のテロリストの様子から推理した結衣は、溝鹿が狂言テロを企画して、総理と田代を救出したヒーローとして振る舞いたかったこと、実際には本物のテロリストたちがそのタイミングを狙って襲撃をかけたことを導き出します。
テロリストたちは不思議なことに要求を出しません。その理由がわかるのは、総理不在時にその代わりとなる立場の柚木大臣が乗り込んできたときでした。気弱で優柔不断なふりをした柚木が狙っていたのは、テロリストを使って問題を起こして矢幡の政治生命を失わせて自分が女性総理となることでした。
ジンたちはかつて自衛隊として戦地に赴き、現地テロリストに拘束されると矢幡に「自己責任」と見捨てられ、部下を失ってかろうじて自衛隊に合流し、帰国した過去を持っていました。今回のテロでジンの配下についた男たちも似たような背景をもっていました。柚木は彼らの恨みを利用してテロを起こさせ、最終的に見殺しにして自分が立身出世することを目論んでいたのです。
しかし、その柚木を影で操っていたのは、田代勇次とその父でした。柚木は殺されコマとして棄てられます。
混乱する中で矢幡総理は脱出し、結衣とジンは相対しますが、結局、ジンは捨て駒として、急に現れた不審な男たちに殺されます。男たちは学校を大爆破し、すべての痕跡を消します。
結衣はなんとか爆発から逃れます。たくさんのテロリストを殺した結衣でしたが、彼女の活躍を理解した矢幡総理は、超法規で結衣を警察の手から逃れさせます。
結衣は勇次のサインをもらいにいきます。同じ施設の女の子の誕生日プレゼントにするためです。お互いになにか感じる二人ですが、結衣がサインをもらったところで別れます。
数日後、誰にも何も言わずに立ち去るしかない、と思っていた結衣でしたが、澪の姿を見て、思わずその名を呼びます。振り向きざま、澪は「おかえり、結衣!」と言います。結衣の目には涙がうかび…そして「ただいま!」と挨拶します。
絵がキレイです。タイトルからは『偶像事変〜鳩に悲鳴は聞こえない〜』、表紙から『教室自爆クラブ』を連想させるものがあって興味を持ち、読んでみました。
すべてが明らかになってみると、シンプルに言うと黒幕は田代親子(というより田代勇次)で、やりたかったことは「革命」です。矢幡、柚木、ジン、それからスケールはかなり小さいものの溝鹿の、それぞれの歴史、達成したいこと、人脈、傍から思われているなら人となりなどを複雑にからみあわせ、自らの知名度と、「国民栄誉賞を期待されながらも矢幡の意向で先送りになっている」という微妙な立場を利用して、たくさんの級友を殺して、大人も殺して、成し遂げたかったことは「革命」という、この場合は曖昧模糊としたものです。
えー、それってどんな厨二病、と思うところではあるのですが、まだ高校生の勇次がそれを立案企画して、大人を思い通りに動かしていくところを楽しむべき作品かな、と思いました。自分たちが元いた国では警察は信頼できない、という話をしていたので、勇次の過去も深掘りしたらいろいろありそうです。こんなスジガキを考えて、そのとおりに大人たちを動かそうとする勇次が本当はどんな少年なのか。バドミントンのヒーローで、クラスメイトや先生をたくさん失い、それ以外にも多くの人が異常な死に方をした武蔵小杉高校テロ事件の被害者、という看板を自ら背負って、勇次はどんな人生を歩むつもりなのでしょうか。
この作品では「人は生まれてきたようにしか生きられない」のだろうか?というテーマもあります。故に、死刑になったテロリストの娘である結衣も、テロリストの娘で、殺傷能力を研ぎ澄ませて生きてきた、という過去から逃れることはできません。澪という、初めて「テロリストの娘」ではない自分に興味を持ってくれた、「普通の」(同じ境遇にいた姉妹でもなく、同じ施設の子でもなく、一般的な家庭に育った、とがっているところのない)女の子と友達になったことが、結衣の行動に影響を与え、最後には「ただいま」と言える気持ちになっています。
友達っていいね、って、いや、そんな簡単には言えない唯一のバックグラウンドですが、そんなに重たいものを背負っていてもなお、「おかえり」「ただいま」といえるラストは、この物語の、まさにハイライトです。
でも、読んでいる間は、そんなことを考えている余裕はありません。結衣が、次から次へと繰り出す人殺しのテクニック、生き残るためのプロセスにただただ圧倒されます。澪を安全な場所に隠し、澪も「私だって役に立ちたい」みたいな余計なことを考える余地はなく、ただただ結衣に言われた通りに振る舞うのもなかなか萌えポイントでした。
長らくジンの目的が明かされず、こんな大規模なテロで、首相の身の安全を人質に取っておきながら何故何も要求しないんだろう?というのは謎でした。その目的が「革命」で、女性首相を擁立することだ、というのはちょっと納得がいきません。ジンが国家に奪われた、国や同胞への信頼や安心は、柚木を首相にすることでは到底癒やされないからです。ジンが最終的に柚木を裏切って学校を爆破すること、そしてそのジンも抹消する部隊がいたことを考えると、やっぱり勇次が結局何をしたかったのか、よくわかりません。
でも、読んでる間はそんなこと気になりませんでした。元来気弱で、男社会の中で自己主張をするのが苦手だった柚木が総理になって何をしたかったのかはわかりませんが、柚木が本性をあらわすところなどはとってもおもしろかったです。
夢中で一気に読み抜けた作品なので、もう一度、今度は丁寧に読み解いていこうと思います。