偶像事変〜鳩に悲鳴は聞こえない〜

『偶像事変〜鳩に悲鳴は聞こえない〜』は原作にんじゃむさん、漫画ミサヲさんの作品です。重大犯罪を犯した少年たちにSRTPという再犯防止プログラムが適用されている社会のお話です。

せらはアイドル。国民のほぼ全員がファンという影響力を持ちます。久遠達也はせらの保護者。渋谷のビジョンをジャックしてのライブを見て欲しいとせらに言われて駆けつけます。

ここから先はネタバレなのでご注意下さい。

偶像事変〜鳩に悲鳴は聞こえない〜 原作 にんじゃむ 漫画 ミサヲ 講談社

ライブ中、せらは舞台に仕掛けられた爆弾で右足を失います。病院を訪ねた久遠に意外にも明るく振る舞うせら。これからも義足のアイドルとして活動するといいます。

実はせらは久遠が手掛けたSRTPの被施術者。13歳にして数百人の被害を出した爆破事件の犯人、日高一鷹です。性別は男性です。ホルモン施術により第二次性徴がとめられ中性的というよりも女性的な見た目に変化しており、せらと一鷹をむすびつける人はいません。

SRTPは暴力や性的なことと吐き気などの不快感を結びつけ、暴力や性行為ができないようにするプログラムです。通常被施術者の7割が自殺するため、他国では自殺刑のように用いられています。日本では久遠の術後のケアがうまく、せらを含む5人の少年少女が「更生」して新しい生活を送っています。久遠は彼らを保護士として冷静に見守りながらも、同時に慈父のような優しさで包んでいます。せらも、久遠のことを絶対に裏切らない保護者として信頼していますが、自分の意志と久遠の意志は別のものと冷徹に見極めてもいます。

せらの右足を爆破したと思われる被疑者の少女は取り調べ中せらの熱狂的ファンである刑事に殺害されます。世間はそんな刑事に同調し、久遠はその風潮を薄気味悪く感じます。さらに、東京オリンピックオープニングのステージで歌うせらにビール瓶を投げつけたアジア系外国人男性がおり、そのことがきっかけで暴動がおきます。外国人はこの騒動で死にますが、外交問題に発展することをおそれた首相はせらに「彼を恨んでいない」と発表させようとします。断るせらを首相は恫喝し、杖を蹴飛ばして転ばせます。何故かその一部始終を映した動画が公開され、首相に反発するデモが自然発生的に起こります。派遣された機動隊はデモ隊に合流し、最終的には首相の運転手が首相を殺害します。

久遠はせらの動きに不穏なものを感じます。せらは一連の暴力事件に反応して、せらのライブに来場者をSRTPの被施術者に限定すると発表します。次々とプログラムを受けるファンたち。犯罪者はSRTPの被施術者であることを公表している人物を狙うようになります。その流れを受けて逆に、被施術者からSRTP未施術者への嫌がらせが始まるなど、世相は悪くなります。

強盗に家族全員を殺された少女香澄はSRTP義務化キャンペーンのマスコットキャラクターに祭り上げられます。香澄は反対派をあおればあおるほど自分がカリスマとして扱われることに気づき、反対派をあおります。そんな香澄は実はせらのマネージャーに操られており、反対派を装った仲間に殺されます。

せらの呼びかけや香澄の殺害を受けて、最終的に国会でSRTPの義務化が決定されます。久遠も、複雑な気持ちを抑え、せらが望むならそれがいいことなのだろう、と施術を受けます。

せらは髪を切って少年に戻り、SRTP解除の施術を受けます。実はせらこと一鷹は虐待されて育ち、父親に脅迫されて実の弟を殺めるという過去を持っていたのです。心に傷を負った一鷹はSRTPの存在を知り、暴力のない世界を望みます。そのためには世間がSRTPを認めるような大事件を起こすしかない。一鷹が無差別爆撃事件を起こしたのはそれが動機でした。自分が未成年であることから、死刑になるか、SRTPの導入のどちらかになるとふんだのです。思い通りSRTPの被施術者となった一鷹がアイドルのせらになったのは偶然でしたが、そのカリスマ力と明晰な頭脳を駆使して周囲の大人を操ってSRTPを義務化したせらは、皆が被施術者になればアイドルへの興味も失って自分が忘れ去られるのもわかっていました。

SRTPの仕組みを知っていればリセットの方法もわかります。それはSRTPを受けた記憶を失うこと。せらは自分に施術した医師も味方につけ、SRTPをリセットします。でもせらが本当に望んだのはSRTPのリセットではなく、弟を殺めたことを含むすべての記憶のリセット。久遠はその意図に気づき、せらを失うまいと彼のもとに駆けつけますが、既に施術は終わっていました。

一鷹が望んだのは、暴力のない世界ですべての苦しみを忘れて、優しい久遠に守られて生きること。久遠は一鷹の意志に従って、記憶を失った少年を守って生きてゆくと誓います。

かわいい表紙に誘われて読んでみたらサイコサスペンス。SRTPを普及させるために数百人のひとを犠牲にしたばかりか自分の足も爆破するせらは立派なサイコパスです。でも愛くるしいその姿は、不穏なものを感じさせつつも応援させてしまうものがありました。一鷹の悲惨な過去は物語の最後まで語られないので、せらが無差別爆撃事件の犯人でもあることは読んでる間ついつい忘れてしまいますが、読み終わってから再読すると話の構成がしっかりしていて、一鷹が歪んだ、でも一途な思いで意志を貫き通し、大人を翻弄したサイコパスであることがわかり、そんな一鷹がかわいそうで、久遠の下でのこれからの一鷹の幸せを願ってしまうのでした。

おそらく久遠はこれからも、他の4人の元犯罪者の子どもたちの行方を見守りつつ一鷹を庇護していきてゆくのでしょう。

4人の少年少女たちも、せらの意図と脅威をいち早く見抜いて他者を犠牲にしてでもせらの企みを阻止しなければと動いた宇賀神元警視総監もとても魅力的なキャラクターで、その動きには説得力がありました。宇賀神の行動もサイコパス的でしたが、彼は恐らくサイコパスではなく、警察という組織のトップとして酸いも甘いも噛み分けた人生経験から、1億3千万の国民を総SRTP化したら国家が終わると考え、数人から数百人の犠牲だったらむしろ出すべきだと判断したことがよくわかります。共感するのは難しいですが。

非合理的なことはあって、アイドルがどうでもよくなるのはともかく、SRTPを受けた人は性的なこととにも拒否感を示すので、SRTPを義務化された日本人は子供もつくれなくなって死滅する気がするのと、久遠たちに解除方法がわかったなら他にもわかる人がいて、犯罪のために使われるのではないかということ、世界中の強盗犯、殺人犯から日本は魅力的な国だとみなされるのではないかということ、それを気にしないにしてはSRTPが国際的な取り組みであることに何度も言及している、などなどいろいろありますが…ま、そこはお話だから。そんなとこをつっこむより久遠と一鷹の切実なラブストーリーとして楽しんだ方がよいと思います。

宇賀神の息子が刑事として部下を束ねて久遠の身柄を違法に拘束したり、後になって久遠に頭を下げてきたり、宇賀神がコンサート中のせらを狙撃したりファンごとせらをクルマで轢き殺そうとしたり、元犯罪者の4人が危機に陥ったり、岡田くんにはSRTPの効き方がちょっと他の人よりは弱くてSRTPの解除を望んだり、いろんなことがぎゅっと4冊の中に濃縮されていて、それでいて無理のない構成だったと思います。最初からラストまで作り込んでいたのでしょうか?連載しながらお話を練っていったのでしょうか?そんなところにも興味がわきます。

ミサヲさんの絵も素敵だし、にんじゃむさんのお話もおもしろくて、おふたりの別の作品も読んでみたくなりました。

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