『6000ロクセン』は小池ノクトさんの作品です。海の下6000メートルの地点に沈む居住型深海施設「コフディース」を舞台に物語が展開されます。
門倉は日本企業に勤めていましたが会社が中国企業に買収されて続けてそこに勤めています。仕事の内容も告げられずに赴任すると、コフディースでの勤務を命じられます。
ここから先はネタバレなのでご注意下さい。
[著]小池ノクト
門倉は尊敬する日本企業時代からの先輩と一緒に働くことだけを励みにしていましたが、コフディースと地上をつなぐ唯一のエレベーターで、瀕死の先輩が運ばれてきます。ショックを癒やす間もなく、門倉は上司の温に命じられてコフディースに向かいます。コフディースは、CCRがあるメインスフィアと、それをとりまく6つのサブスフィアで構成されています。スフィアとの名の通り、それぞれの建物は球体です。
コフディースの技術責任者は日下部美羽。日下部を始め、関係者はみんな、3年前に起こった事件の真相を知りたがっています。3年前、コフディースで何か事件が発生し、救援隊を含めた全員が死んだのです。しかし、中国企業の隠蔽体質もあり、誰も真相をしりません。
そんな中、以前の事件から手つかずになっていた食料倉庫をあけると、そこには3年前からじっと息を潜めていた研究者が発見されます。その最中、門倉は、ゾンビのようになった人間に噛みつかれます。幻視かとも思い混乱する門倉。左近司というその研究者は、3年前、外部との連携が切断された極限状態のなかで、生き残るために邪悪な神が生まれた、と語ります。
ハーシュバック博士は権威主義で、すべてのスタッフを見下しています。だんだんストレスがたまる中、ある晩、ハーシュバックの口の中に何者かがはいりこんできます。憑依されたハーシュバックは、第2スフィアで食人を始めます。出くわした門倉は逃げますが、第2スフィアは浸水し、日下部はメインを守るため第2スフィアを切り離します。門倉は脱出艇にのって一命をとりとめますが、もう人ではなくなったハーシュバックもメインスフィアに侵入します。
そんな最中、取り乱した温はひとりだけ地上にむかいますが、エレベーター内の空気がなくなり、窒息します。暗くなるメインスフィアにさらに悪い情報が入ります。地上がエレベーターチューブを切り離したのです。つまり、もう助けは来ないのです。日下部は絶望の悲鳴をあげます。
一方、門倉と医師の甘粕はハーシュバックの部屋で信じられないものを見ます。甘粕に襲いかかるハーシュバックの息の根を門倉が殺したところ、ハーシュバックの部屋の床が水中のようになりハーシュバックの死体が沈み込んだのです。門倉と甘粕が逃げるとそこは長い直線通路になっています。そこにゾンビたちが現れ、ふたりは逃げます。甘粕はハーシュバックの部屋の壁に描かれた絵から、マヤ文明のケツァルコアトルへの信仰が3年前の事故のときに蔓延し、神への生贄として人々が殺され食人が行われたと推測します。門倉が神官に憑依されたハーシュバックを殺したので、過去の事件で殺された人々のゾンビが現れたのです。ドアを開けると無限階段が現れ、門倉らは上に逃げます。無限階段の途中階はメインスフィアに通じ、ふたりは逃げ延びます。
メインスフィアに戻った門倉でしたが、ゾンビが中の人々を襲い始めます。一連の攻撃を門倉たちはやり過ごします。リーダーの日下部は「きっと誰か助けてくれようとしているからそれを待てばいい」と無気力なことをいいます。
ひとりになって考え込んだ甘粕は、自分が神官となって食人を始めます。そのことでゾンビたちはまた入ってこれなくなりますが、甘粕たちそのものは脅威となります。門倉は日下部が大切にしていた写真をみつけ、日下部に渡します。すると日下部は大声で泣き始めます。一息ついておちついた日下部は助かる方法を思いつきます。
スフィア自体は、同体積の水よりも軽く作られています。従って、重い基礎部分からスフィアを切り離せば浮力によってスフィアは海上に浮くのです。最後には、夏という若者が海中作業用のスーツを着て身を挺して切り離しを行います。その最中に夏の周囲を、スフィアに入れないゾンビが取り囲んだり甘粕が死んだりしながらコフディースは海上に浮上し、すべての悪夢は終わります。
陸に戻り連日事情聴取をうける門倉と日下部は居酒屋で会います。TVではある海域で船が行方不明になったと語り、周囲のサラリーマンたちは「10隻以上が不明になっているのに報道が不明確」と言い合います。門倉と日下部は不吉なものを感じます。
自衛隊の潜水艦は最近まで男性乗務員しかいなかったとネットで読んだことがあります。最近では女性も配属されるそうです。原因ではないかもしれませんが、潜水艦の大きな問題のひとつは匂いらしいのです。食べ物や糞尿や人間の匂いは、ある期間密閉空間となる潜水艦のなかでは籠もってしまい、換気しようとすれば潜水艦にとって大敵である大音量を発することになることから、この問題は根深いのだとか。潜水艦の乗務員は匂いが体に染みついてしまい、着替えてもお風呂にはいってもすぐには異臭がとれないので、陸に上がってからも匂いをとる期間が設けられていたとかいないとか。話が違うのは原水力潜水艦だそうで、冷暖房完備で快適に過ごせるそうです。ネットのいくつかの記事のうろ覚えと、人から雑談で聞いた話なので、間違ってたらごめんなさい。
そんなことが頭にあったので、この6000を読んだ時に最初に頭にうかんだのも、ここの動力はどうなっているんだろう、匂い対策は?ということでした。最初のシーンでは惨殺された人々の遺体を片付けるところから始まり、匂いについても言及されているし、左近司が発見されたときも匂いがすごかったということなので、気になっちゃいました。漫画を楽しむ上ではどうでもいいことなのですが。
まず、主人公は中国企業に買収された日本企業のエンジニアで、中国企業が制圧している下で、おそらく英語を共通語としてグローバル(といっても、ほぼ日本人と中国人とハーシュバックですが)な環境で働く人々、という設定がよかったです。私は中国企業で働いたことはないのですが、中国だったら、「上の上」という概念で、国家の力によって情報が隠蔽されてしまうという設定がすんなり通るような気がするからです。特に深海の事業ということで、政府の意向が強いというお話に無理がなくてよい感じです(偏見はいってます、ごめんなさい)。
その一方で、温やメイリン、中国と日本両方の血を引く夏、門倉、日下部、鮫島、甘粕、左近司などの人物たちはそれぞれ魅力的に描かれていて、かき分けも完璧でした。嫌なヤツであるハーシュバックも、その性格の悪さが十分に魅力的な人物で、さすが小池ノクトさん!と思いました。ちなみに小池ノクトさんは兄妹のユニットだそうです。
この物語の導入を読むと、「買収された会社にいつまでもしがみついていて、日本人には企業人としてのプライドはないのか」と揶揄されていたり、実際、配属された門倉が連れて行かれるまで自分が海底で仕事すると知らなかったりするので、企業ものが始まるのかと思ってしまいます。次には下請け会社の日下部がエンジニアで現場責任者として現れ、テクノロジーものかと思います。ところが、お話は思わぬ方向に流れて、閉鎖空間でのパニックホラーとなります。そのあたりが受けつけない方もいるかもしれませんが、私はとってもおもしろかったです。
深海で地上との連絡が途絶えたら、それは深刻でしょう。そこに意図を持ってみんなをパニックに導く人間がいて、太陽への信仰を持ち出して生き延びる可能性を示されたら、そこにのってしまう人は多いのではないでしょうか。ケツァルコアトルの扱い方も、神話に詳しいひとにとっては不満があるかもしれませんが、私にとってはおもしろかったです。
ゾンビが会議室の大きい窓いっぱいに顔をだしているところも怖かったですが、圧巻だったのは、スフィア内にあるはずのない直接通路と無限階段でした。後ろから、あるいは下からゾンビたちに追われて逃げ場がなく、ただ息が続く限り延々と逃げ続けるというイメージは、悪夢がそのまま現実になったようです。巧みな描写だと思います。読んでる間は「巧み」と思うわけではなく、ただただ息をのんで読み進めるだけですが。
ゾンビが入ってきたりこれなかったり、ハーシュバックや甘粕が食人を始めたり祭壇がでてきたりするところは、テクノロジーに裏打ちされたこの世界観の中で異様さをはなっていて怖かったです。ゾンビの怖さと、上から見捨てられて海底に取り残される怖さがあいまって、たとえゾンビを撃退できても酸素が無くなって死んでしまうのだという日下部の無力感と、家族と犬の写真を見て感情を爆発させてから、中性浮力にきづくまでの流れも自然な感じでよかったです。
そして浮上しての絶望からの開放感。太陽って素晴らしい!と思いました。浮上したのが昼間でよかったですね。
最後の行方不明の船隊がでているという余韻も、ホラーとしての後を引くラストで、好きです。