『残夢』は、『LABYRINTH』と『JOKER』で構成されている萱島雄太さんの作品です。17歳の手品師、銀髪に赤毛メッシュの残夢が、残酷な殺人事件を追う狭間と公園で出会います。
最初の犯罪では、女の子の体の一部を切り取った遺体がいくつか連続して発見されています。
ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。
残夢は犯罪者に狙われ拉致されます。しかし、殺されそうになったその瞬間、残夢の体は別の場所に移動し、殺人者をからかいます。気づくと殺人者の足はきりとられて残夢の手の中にあります。残夢は殺人犯をいたぶります。実は、残夢はあらかめ口うつしで黒い発光体(ごく限られた人にだけ見える)を自分と相性の良い人間に渡しているのです。そうするとその人間の凶暴性が増して残忍な殺人犯となり、罪を重ねると黒い発光体が成長します。残夢は成長した発光体をその人間から搾り取ります。すると、残りカスとして、人間の体が奇形になるります。奇形化した人間はその時点では息がありますが、やがて息絶えます。ラビリンスこと残夢はそうやって複数の殺人犯から黒い発光体を吸い取ります。
狭間は刑事です。この奇形体事件、過去にも同様の事件が起きていました。通称ラビリンス事件と呼ばれるこの事件を捜査することは禁じられていると、先輩刑事の沼長に言われます。過去、捜査班全員が殺され、リーダーが奇形体となって発見されたことがあるからです。しかし、狭間は暴走します。
狭間はラビリンスのことを書いていたライターの神条春樹に会います。神条は、過去の事件で命を失った捜査員の一人、上条の娘、夏季でした。奇形体となったリーダーの刑事に会ったとき、変なものが見えると言って泣いた過去があります。神条の話と捜査情報から、狭間は残夢が怪しいという結論に達します。残夢はまだ17歳で過去の事件の犯人のはずはないのですが、それでも残夢が犯人としか思えないのです。
狭間は先輩刑事の淀淵の協力を得て、ある廃遊園地に神条とともに向かいます。しかし、それは淀淵が仕掛けた罠。淀淵は過去の事件捜査の際に残夢と接触し、残夢の「キング」の座に位置していたのでした。淀淵は残夢に洗脳されてはいましたが、長らく放置されていたのです。今になってキングとして残夢に敵対する神条と狭間を排除する役割を担うことになったのですが、狭間と会話してその一途さにうたれた淀淵はキングの座を降りることを決意し、自殺を図ります。
そこに残夢が現れ、神条と狭間と対決します。残夢にナイフを投げられ息も絶え絶えの狭間。翻弄する残夢を神条が刺します。そこを狭間が撃ち、残夢は倒れます。
沼長らが駆けつけたとき、そこには意識を失った狭間、怪我を負った神条、奇形化した淀淵がいます。残夢は自分のキングだった淀淵の黒い発光体を吸い取ることでなんとか体力を回復し、カラスに自分の体を運ばせて逃れ得たのでした。
ここまでがラビリンス。次はジョーカーです。
あれから5年。残夢は女子校に入り寮生活を送ります。女子校のオカルトサークルに入り、その中の一人、来夢を自分の「クイーン」化します。オカルトサークルは学園祭のテーマに、最近また発生した奇形体事件を取り上げることにします。来夢は残夢の身の安全を懸念しますが、残夢は意に介しません。
一方、探偵という名の便利屋、峠三太夫は、ある種の死亡事件があった場所に行くと突然眠くなり事件の顛末を見てしまう自分の体質に悩んでいました。たまたま沼長と出会った三太夫はその特殊能力を見込まれます。沼長は警察を辞めてラビリンスを追う使命を自分に課していたのです。三太夫の夢から、沼長は残夢があやしいとあたりをつけます。
来夢は残夢の指示で神条を探しています。残夢のカードを1枚神条が持っていて、それがないとトランプが揃わないというのです。来夢は三太夫にコンタクトし、パイプをつくります。学園祭は盛況のうちに終わり、それをきっかけに残夢はかわいすぎる手品師としてSNSで有名になります。バミィ(美園)という変わり者にストーキングされるようになった残夢は、殺人犯を奇形化するところをバミィに見られてしまいます。バミィはますます残夢に心酔し、来夢の心配をよそに、残夢もバミィの存在をおもしろがります。苛立つ来夢は残夢が作った夢の空間の中で動き回り、ある扉を見つけて開きます。そこには黒髪の、残夢にそっくりの少女が捕らえられています。驚く来夢の後ろに突如現れた残夢は珍しく来夢の行動を咎めます。来夢は、残夢にはまだ謎が多いと感じます。
三太夫と沼長は神条と会います。彼らは三太夫の夢見る特質を利用して神条の亡くなった祖母と交信します。祖母は残夢の存在に気づいて呪いをかけたのですが、呪い返しにあって息絶えていたのでした。祖母は神条に修行の方法を教え、神条はそれに応え、残夢に対して封緘式を行う力を蓄えます。
一方で、残夢も神条に会うことを決意し、来夢と三太夫のパイプを使って、残夢、来夢、三太夫、沼長が、神条を訪ねることになります。来夢は残夢が神条と対峙するために沼長と三太夫を排除しようとします。結果的に後をつけてきたバミィの力を借りて沼長を崖から突き落としますが、三太夫は取り逃がします。三太夫は神条が封緘式の装置を作った空間に残夢を誘い込むことに成功します。一時は体の自由を奪われた残夢ですが、神条に勝ち、逆に神条を連れ去ります。神条が持っていた残夢のカードはジョーカー。ジョーカーとは、残夢が次に乗り移る相手のこと。
三太夫は夢の力で神条の祖母に会って助けを求めます。そこに黒髪の残夢が現れます。彼女は残夢のドアの中に閉じ込められていたホンモノの残夢。実は、残夢の育ての親が、人を奇形化する魔女で、乗り移るために残夢の体を育てていたのでした。その親も前の魔女から体を乗っ取られており、そうやって何百年も魔女は生き続けてきたのでした。追ってきた残夢も、残夢の親も被害者だったことに三太夫はショックを受けます。そして、本物の残夢の意識が魔女の中から出て来られたというのは封緘の力が働き始めたということ。祖母の霊と三太夫は期待します。
残夢はSNSを使って大々的に、イベントをする、と人を集めます。ある新興宗教が信者を閉じ込めるために作った白夜殿でそのイベントは行われるといい、人々が集まります。白夜殿の隠れ扉から中に忍び込んだyoutuberやオカルトサークルのメンバーたちや三太夫を、バミィが殺そうとつけ狙います。バミィがyoutuberを殺すシーンが配信され、世間の注目はいやが上にも高まります。
封緘の力はじわじわと残夢に働いています。来夢も洗脳が解け、正気を取り戻して神条の拘束を解きます。衆目の元で神条の体を乗っ取るショウを行おうとしていた残夢ですが、状況が変化したので、その場で神条を襲います。そこに殺人の興奮で正気を失ったバミィが入り込んできて、残夢の中の魔女は神条ではなく、意図せずバミィに乗り移ってしまいます。ところがバミィとの相性は悪く、魔女は苦しみます。神条らは魔女が誰にも入れずに消滅するようにするため、その場を逃げます。
首尾よく全員が魔女の手を逃れ、魔女は消滅します。SNSにつられていた人々も残夢のことを忘れます。三太夫は黒髪の残夢を救えたことを喜びますが、残夢は魔女の力で17歳の姿のまま生きてきた過去の人間。魔女が消えたと共に残夢も消えます。号泣する三太夫ですが、現場に来た刑事が話しかけると、もう残夢のことを忘れていて、ただ、悲しみだけを持て余しています。
それから数年。神条は結婚プランナーになって、人の幸せのために働き、狭間は目を覚まして刑事として活躍。来夢は有名ジャーナリストになりましたがオカルトサークルの絆は切れていません。三太夫と沼長は便利屋で評判を博しています。三太夫と神条は結婚して幸せな家庭を育んでいます。警察で未解決事件の資料の整理を命じられた職員は、かつて黒髪の残夢が書いたウィッシュノートを見つけます。周囲の人の幸せを願う言葉ばかりが書かれているそのノートをみて、職員は「この子の夢、どこかで叶っていたらいいな」と思わずつぶやきます。
この作品は、表紙の残夢ちゃんの絵に惹かれて読みました。かわいい残夢とグロテスクな奇形体(しかも生きている!)という組み合わせのギャップにやられて、どんどん読み進めちゃいました。
ラビリンスを読み始める時点ではからくりがわからないので、残夢は、非道な殺人鬼をグロテスクな死に追い込む必要悪のように見えます。実際は、残夢のせいで人間の残虐性が呼び起こされているのですが、最初はそれがわからないので、残夢に感情移入して「狭間や神条に捕まりませんように」と思ってしまいました。
ジョーカーが始まると、前は17歳無職だった残夢が学生になって女子校生活を始めるのでびっくりします。読者はやや気難しそうな来夢と一緒に、残夢に振り回されます。私は女子校ものが好きなので、学校生活になじんでいる残夢も楽しんで読めました。あまり登場しませんが、学校の先生たちが生徒に親身なのもいい感じです。
そしていきなり三太夫の話が始まるのでびっくりしますが、萱島さんの描くキャラクターたちは魅力があって、残夢以外の視点で話が動いていくことにも素早く慣れることができます。三太夫と沼長のコンビもよかったです。
ラビリンスでは神条は残夢のライバルキャラとして出てきたのですが、ジョーカーになると、過去に単身メキシコの怪しいパブに乗り込んでいた姿など、ラビリンス時代にも勝る行動力を見せ、ヒロイン(というよりヒーローと言ったほうがしっくりきますが。)としての地位を着々と残夢から奪います。なので、ラビリンスでは残夢(魔女)に感情移入していた気持ちが、ジョーカーでは自然に打倒魔女!の気持ちに変わって、自然に神条に感情移入できるようになっています。
バミィがでてきたときは、厄介なキャラが出てきたな、と感じました。暴力的で常識のないキャラなので、残夢の足手まといになるのではないか?という気持ちです(打倒魔女の気持ちとは別に、やっぱり残夢かわいい、という気持ちもあるのです)。まさかラストでそう使われるとは。この手の狂犬キャラの扱いの中で一番納得いきました。バミィに魔女が入ったときのルックスもなかなかよかったです。魔女はどうやら入った人の人格に左右されるみたいで、父ちゃんの中にいるとき、残夢の中、バミィの中、で性格や口調ががらっとかわるのもおもしろかったです。
来夢は、洗脳されて、残夢の整合性のない態度(注目されない方が楽に黒い発光体を集められるなのに、オカルトサークルが奇形体事件を追うのを許容するとか、目立つバミィを受け入れるとか、来夢が三太夫を排除しようとすると助けるとか)に悩まされながらも、悩まされているという自覚すらありません。洗脳されて夢の中では殺戮を楽しみながらも現実では殺人を犯せないところもポイント高いです。沼長を殺そうとするシーンでもトドメを刺すのではなく、突き落とすという間接的な方法をとっています。これは本来の性格がでているのではないでしょうか。洗脳が解けたシーンも、自分が行為を止めるだけでなく、同じように戸惑っているジャックに、自由になりなさい、と諭すところがめちゃくちゃかっこよかったです。良識があって周囲に流されない普通の、だけど芯の通った女子高生なんですね。洗脳されていたときの積極的な動きも、洗脳されていて残夢のことが自分より大切になっている以外は本来の来夢なんだなーというのがおもしろかったです。
そして、黒髪の残夢ちゃん。ラビリンスで残夢を応援してきた気持ちと、魔女に滅びて欲しいという葛藤に矛盾なく筋道をつけてくれたのは、やっぱり本来の残夢ちゃんの魅力あってのことです。両親を亡くして怪しいおっさんに引き取られ、仮初めの兄弟たちと暮らしている中でもずっと明るさを失わず、みんなの幸せを思う天使のような女の子。残夢の性格が違えば、魔女の残夢もまったく違う性格になっていたはず。
ラストは以前魔女が活動を始めるときにも降っていた雪が降っているのはやや気になりますが、この種のお話にはめずらしく、魔女が復活しそうな後味を残すことなく、残夢の笑顔でスッキリ終わっているのも好印象です。
奇形体はすごくキャッチーでした!グロが苦手な方はうけつけないと思いますが、人間がそんなふうになってしまって、しかも意識があるかどうかはわからないものの、その状態で生きているという居心地の悪さ。もうたまりません。三太夫の夢をみる能力もおもしろいです。アイデアたっぷりな今後の萱島さんの作品にも期待です。
各巻末に、イラストギャラリーがあるのもめちゃくちゃ嬉しかったです!