『おくることば』は町田とし子さんの作品です。佐原と千秋、れん、詫、けんたん、みったんは幼なじみです。物語は佐原と千秋が連れ立って歩いていた横断歩道で佐原が事故にあったところから始まります。
佐原は授業中のクラスを訪ねます。誰も佐原のことは見えません。佐原は皆と同じクラスで良かった、とみんなに話しかけますが当然誰にも聞こえず、死んでからじゃおそいか、とつぶやきます。
ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。
そして佐原は千秋に訴えます。何故、俺を突き飛ばして殺したのかと。千秋は佐原が車にひかれたとき笑っていたのです。同じ横断歩道では、10年前、けんたんの妹、みったんが死んでいました。そのときそばにいたのも千秋。佐原は、千秋が殺人を繰り返していると感じます。
同じ学校のメイは、佐原の存在を感じます。誰かに殺されて告発したいという意志を佐原から受け取ったメイは犯人探しをするため、千秋、詫、れんにちょっかいを出します。
しかし、紆余曲折を経てわかったのは、千秋は辛いときに笑顔を見せるように複数の人から暗示をかけられていたこと、みったんが横断歩道にいたのは佐原にそこから動くなと言われたからだったこと、千秋はみったんの面倒をみるように頼まれていたのにTVを見ていて遅くなり、その場についたときにはみったんは車にひかれていたことでした。
佐原はいつも前向きに良かれと思ってとってきた行動が意外と人を傷つけていたことにも気づき、みったんの事故に自分にも責任の一端があることにも思い至ります。それに気づいた頃、最初は感じていなかった事故で怪我した痛みを感じ始めます。
佐原は「みったんのことは自分のせいじゃない」必死に自分に言い訳しますが、メイに「ちゃんと聞いてやれ」と諭され、みったんの霊にきちんと向き合います。すると、みったんは誰も責めていず、自分がみんなに嫌われているのかと心配していたのです。佐原が違うというとみったんはにっこり笑って「大好き」と答えます。その瞬間、佐原の霊は佐原の体に戻ります。
クラスメイトたちは、先生から、佐原が実は死んでいなかったこと、でもいつ目覚めるかわからない中で、佐原の親の意向で佐原は死んだと伝えられていたことを知らされます。
そして、みったんもまた死んだことにされていました。佐原が見守る中、みったんも目覚め、ハッピーエンドを迎えます。
何故優等生の千秋が人を殺めるのか、彼女のうつろな笑顔の裏にはどんな暗い想いがあるのか、というサスペンスだと思って一気によんでしまいましたが、全然そんな話ではありませんでした。
結果的に佐原もみったんも死んでなくて、メイに見えるのは死なずに迷っている人間の姿なのだ、という設定がおもしろかったです。メイのパパが霊媒師でいながら「人は死ぬと風が吹いて、それで現世への思いもなにもかも飛ばされてしまう」と説いているのもおもしろかったです。
詫、れんも含めた幼なじみたちの過去のいきさつや、詫の漫画の話も面白かったのですが、明るくて、人を悪く思ったりしない佐原が、実は無神経に人を傷つけたり、みったんを事故に合わせる原因をつくったり、自分は悪くないと言い訳をしてたりするのがとてもおもしろかったです。みったんに「大好き」と言われた佐原は、迷っている霊魂の状態から一気に現世に戻って目覚めましたが、これからどんな人生を送っていくのでしょうか?葛藤の部分がいきなり怒涛のように押し寄せてきて、その気付きが佐原の人格にどんな影響を与えたかは読者の想像に任されています。そのことはある種物足りなくもありますが、それを物語で語られるのもなんだかちょっと違う気もします。やはり、それまで何もかたらなかったみったんの霊とぶつかりあうところで、もうちょっと佐原の心の動きがきめ細かく表現されていたら、さらに楽しめる作品になっていたかもしれません。とは言っても、不満なわけではないのですが。
千秋の不気味に虚ろで意味ありげだった笑顔も、実は人に言われて、自分でよく考えて、というよりは言われたからやっているものでした。最初はばあちゃんのお葬式で、ばあちゃんは千秋が悲しむより笑ったほうが喜んでくれるはずだから、とやっていて、でもみんなに不気味がられて、佐原が「それでいい」と支持してくれたから続けた、次はみったんの事故をみったんのママに責められた後で、けんたんに「千秋は笑顔のほうがいい」と言われたから笑った、と。それが習性になってつらいときは虚ろな怖い笑顔を浮かべる少女になったのだと。なんか、千秋の自主性のなさが憐れになるような動機であの怖い笑顔がでてきていたのかと思うと、なんとも微妙な気持ちになりました。千秋ちゃん、幸せになれるかしら?
そういう描写になった理由は、作者さん自身が後書きで述べています。途中まで、バッドエンド3種類も考えていて、最終的にハッピーエンドを選んだのだとか。というわけで、伏線として描かれている、千秋の怖い笑顔も、佐原のいい人っぽい性格も、伏線ではあるものの、全然ちがう意味合いのものになった可能性があったわけです。この裏話は、作品が作られる過程を知る上では興味深いエピソードなのですが、作品そのものを楽しむ上では知らない方がいろいろ想像の余地を残してくれる話なので、裏話というのは難しいな、と感じました。
私が一番好きだったキャラクターはメイですが、現実友達だったら結構わかりにくい子で「あのこにはついていけないところがあるんだよね」と思ってしまうかも。そんなところもおもしろかったです。