汝、隣人を✕せよ

『汝、隣人を✕せよ』(バッせよ)は亜月亮さんの作品です。自分の人権と人生を守るため、一生において一人だけ殺人を許可することができるという一生一殺法がある日本のお話です。このときの殺人は殺害ではなく殺益と言われます。

殺益の執行は、執行委員会の監視のもと行われ、殺益の申請者が自分で執行することも、執行委員に任せることもでき、その方法も申請者が選べます。

ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。

主人公は関東支部13班のチームリーダー、未来ちゃんです。髪が白黒メッシュの未来ちゃんは潜入調査のためJCにも変装しちゃう年齢不詳ガールです。主人公といっても、一話完結でお話が進むので、実際の主人公は各話で変わります。

第一話では、小学6年生の明日美が主人公です。明日美のクラスは崩壊しています。学校に化粧品を持ってきた少女を先生が注意したところ、モンスターペアレンツの母が怒鳴り込んできて、先生は土下座して謝されました。それ以来先生は子供を叱れなくなり、子供たちはやりたい放題になったのです。殺益対象となるのは14歳から。どんなに先生に恨まれても殺益申請されることはないし、と子供たちはたかをくくっています。

しかし明日美の悩みは学校のことではありません。明日美は母を亡くし、義理の父親と暮らしています。義父は母との結婚当初は優しかったこともありますが、いまはGFを家に連れ込みDVも働くダメ男で、明日美が成人して受け取る亡き妻の保険金を手に入れるだけのために明日美についています。明日美は何度も殺益委員会を訪ねますが、殺益申請ができるのも14歳から。12歳の明日美の書類は参考のためだけに受け取ってもらえますが、14歳になるのを待てと言われえるばかりです。

明日美は自殺も考えますが、居合わせた未来に止められ「あと1日頑張ってみれば?ログインボーナスがあるかもよ」と言われます。しかし翌日学校から帰ると、義父はロリコン数名が今から来るから抱かれて金を稼げ、と言い、明日美は「ログインボーナスなんてない」と絶望します。

そこに未来のチームが踏み込みます。明日美は殺益申請できないはず、という義父に未来はニュースをみてないんですね、と応じます。法律が改正され、その日から殺益の申請および対象年齢が12歳に引き下げられたのです。未来は法改正を見込んで内偵調査を進めていて、明日美の申請はその日付で認められていました。ロリコン男たちは逮捕され、義父は殺益されます。明日美に、追って児童相談所から連絡があるはず、と伝えます。

翌日、明日美は「本当に報道されないんだ、誰も私の殺益が執行されたことを知らない」と思いつつ登校します。クラスは騒然としています。モンスターペアレンツを持つ子は欠席。既に12歳になっている子供たちは先生による殺益を恐れています。先生が入ってくるときには子供たちは席につき、静まりかえっています。子供たちを見て先生はやっとわかってくれたと喜びます。今日は朝礼でくじ引きをしようと思っていたけどその必要はなさそうね、という先生の言葉に子供たちはうつむくばかりです。

要するに、合法的に復讐で人を殺す話です。ペットを虐殺された人々が犯人に殺益申請をして最初は認められないものの複数の被害者が同一人物宛に申請することで殺益が認められたり、殺人犯が服役しているために殺人自体では殺益されないものの、反省もせず面白おかしく自分の犯罪を本にして出版を重ねることが遺族の心情を乱すとして殺益されたり、一度殺益申請が通っている女性がそのことを知っていて殺益されるおそれがないと思っている男に執拗に脅迫されて金銭を奪われ続ける中、別の人が彼女に自分の殺益権を譲渡したり、海外に逃れようとした家族が逃亡直前に殺益されたり、様々なパターンが描かれます。最後には日本以外の国でも一生一殺法が採用され始めます。

亜月さんが巧みだと思うのは、読者はストーリーを読んで殺益が実施されることを望む方向に自然に導かれるところです。それは最終話までかわらないのですが、その一方で政府が殺益を推進するため、かわいいキャラを作って、動画などでキャンペーンが展開され、殺益のメリットを宣伝するエピソードや、そのキャンペーン自体を絵で紹介することで、殺益の恐ろしさを一言も言わずに、殺益が導入されなければならない世界のいびつさ、恐ろしさも表現していることです(と、私は感じました)。

亜月さんの作品は以前にも感想を書いていて、好きな作家さんのひとりです。絵が好きなのはもちろんですが、ホラーを描くことも多いのに、キャラクターにどこかカラっとした明るさがあるところが魅力です。同時に線のひとつひとつ、画面の隅々までどこか生真面目なところも感じられて、常にストレートな表現がとられているところが、私は大好きです。

その中でも、未来ちゃんのキャラクタはお気に入りです。いつもロリポップをくわえ、八重歯でガリガリ噛んでそうなイメージ。ババ抜きをしていてババがくるとヒステリーを起こしちゃうところも、実際そばにいたらたまったものではないですが、このマンガのイメージキャラとしては最適です。まるで水戸黄門の印籠のようにギリギリのところで「殺益執行委員会関東支部13班の者です」と出てくる姿には、それまでの申請者の苦悩もあってカタルシスがありました。くり返しになっちゃいますが「でもつまりは死刑執行人でしょ…」と読者を考え込ませないストーリー力がさすがでした。3巻で終わっているのもバランスよい感じです。

あと、亜月さんの描く猫が好き!

にほんブログ村 漫画ブログ 漫画感想へ
にほんブログ村

PVアクセスランキング にほんブログ村


漫画・コミックランキング


レビューランキング

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です