Unlimited vs シリアルキラー

『Unlimited vs シリアルキラー』は亜月亮さんの作品です。サイコパスの少年が主人公のお話です。

サイコパス=犯罪者なわけではなく、主人公は資質的にサイコパスだということになっていますが、過去には重たいものを持っています。名前は零央。15歳の高校生で30代ですごく若く見える叔母と一緒に暮らしています。

ここから先はネタバレなのでご注意下さい。

Unlimited vs シリアルキラー 亜月亮 秋田書店

Renta!で購入した本ですが、何故か今はもう販売されていません。そういう本はいくつかあって、何かがが変わって新しく販売されるものもあれば、単純に取り扱いなしになるものもあります。オンラインでも出版業界なのでいろいろあるんでしょうね。

零央の抱える過去は、幼少期、母が一連の殺人事件の大ボスで捕らえられる前に目の前で転落死したこと、それがちっとも悲しくなかったことです。母はおそらく犯罪者になるタイプのサイコパスで、8歳のときに4歳の妹をトランクに閉じ込めて長時間放置し、開けたときに「あ、生きてた」と言い捨てた女性です。母を失って大人たちの前で悲しむふりをする零央に、泣きまねしなくても大丈夫だよ、とはなしかけてくれたのが叔母でした。

零央はイケメンで年上の彼女もいますが、それほど執着もなく彼女を放置し、結局別れたりします。ぼっちというほどではありませんが、親しい友人もいなさそうです。

そんな零央の学校で学生相手に心理テストが行われました。実は人間のサイコパス度を判定するもので、零央はSランク(スペシャル)のサイコパスと認められます。嘘をついてもそのパターンからウソを見破るというこのテストを作ったのは刑事の神室。神室自身もSランクのサイコパスです。

神室が零央に興味を持ったのは、複数の若い女性を殺害して顔を剥ぎ、後日両親の家に剥ぎ取った顔の皮をキレイに包装して送りつける吾川という犯人と零央のサイコパスとしてのシンクロ度が96%だからです。吾川は現在逃走しており、それだけのシンクロ度のある零央なら吾川の思考パターンを読んで逮捕の役に立つというのが神室の言い分です。吾川は過去に犯罪をおかして少年院に入っており、そのときに神室のテストをうけていました。しかも少年院内で学んだ技術は皮なめしでした。

実際零央は吾川を発見します。吾川は顔のアザを気にしていて、女性の顔を剥ぐのはマスクとして使うため、殺したのは生きたまま皮をはぐのがかわいそうだから、親に送ったのは腐って不要になったがリスペクトがあるため感謝の気持ちから、と零央は推理しましたが、推理のとおり吾川は殺した女性の顔をマスクにし、それに違和感を覚えた通りすがりの子供と会話したことをきっかけに騒動を起こします。零央の推理をもとにその場には複数の刑事がいましたが、結局は逃げられます。零央と吾川はすれ違いざまに目が合い、零央はもう少し吾川を泳がせるのも面白いと感じ、吾川はきっとこの少年(零央)は神室とつながっていて自分とのシンクロ率が高いに違いない、そのために捜査に駆り出されたのだ、と感じます。

吾川は母に育てられましたが、本人はあざのせいで母に疎まれたと思いこみ、友達のいない孤独な少年時代を過ごしました。あざ以外は美しい顔をし、あざを隠すために髪を伸ばしていることで美しい少女のように見え、母が次々とひきこむ男たちに性的いたずらをされていました。少年院で親しくなった神室から、サイコパスは病気ではないこと、サイコパスのシンクロ度が高いもの同士は親和性が高く友達になりやすいことを聞いていました。

そんな吾川が次に狙ったのは当然ながら零央の叔母です。若く見え美人で、零央が好意を持っている女性です。叔母は連れ去られ、零央はあのとき吾川を見逃したことを軽く後悔します。

吾川から連絡が入り、神室と零央は他の刑事の目を盗んで吾川に会いに行きます。自分を棚に上げて神室に「叔母になにかあったらあんたも殺す」と言う零央。車で吾川のもとに向かいながら神室も幼少期に闇があったことを話します。神室は一家惨殺事件の生き残りで、椅子の下に隠れながら母が殺されるところを見ていた、それがあってサイコパスになったのか、元々サイコパスだったのか自分は知りたいと語ります。

吾川に会って会話する零央と神室ですが、叔母をターゲットにされたことに怒っている零央は吾川を挑発し混乱させます。吾川は車で逃げようとし、零央はためらうことなく神室をフロントグラスにぶつけます。車はクラッシュし、怪我をおってよろめき出た吾川を零央は殺そうとしますが、意識を失っていた叔母が目を覚まし、零央に話しかけます。零央は叔母に駆け寄り、満身創痍の神室が警察を呼んで事件は一件落着。

普段の生活に戻った零央は、同じサイコパスであっても吾川の周囲には虐待してくる大人しかいず、自分にはサイコパスだとわかっていてもすべてを受け入れてくれる叔母がいることが運命を分けた、と感じます。

あらすじ紹介が随分詳しくなったのには理由があって、サイコパスが主人公という物語は非常に難しい、と読み始めたときに思ったからです。物語のキーパーソンをすごく端折って、サイコパス度Sランクだという零央、吾川、神室にフォーカスしてお話を紹介してみました。何故物語が難しいと思うかというと、読者である私はサイコパスではなく、サイコパスの思考は理解できないので、感情移入が難しいのではないかということ、表現される様々なことがサイコパスの思考か主人公のただの個性なのか見分けがつかないこと、物語は亜月さんというフィルターを通して描かれるが、亜月さんはおそらくサイコパスではないと思われるのにサイコパスを描き切れるかどうかわからない、という点からです。

サイコパスを描いた作品は『羊たちの沈黙』を始め、たくさんありますが、いつも気になるのはサイコパスでありということを作品の受け手である自分がどう理解できるかです。現実世界ではダイバーシティの観点から、サイコパスを色眼鏡で見てはいけないと思うものの、その点にフォーカスした作品なのですから注目しないわけにはいきません。

スティーブ・ジョブズもサイコパスの特徴があると言われていますが、実際、アップルに返り咲いて大成功して黒いTシャツを着てスピーチしているジョブズだけでなく、アップルを追われNeXTという製品を立ち上げ売れずにマスコミにかみついていた頃に、IT雑誌の翻訳紙のゴシップ系コラムでからかい半分に度々記事にされていた頃のジョブズは、サイコパスっぽい言動が多かったと思います。NeXTは大失敗だったので、おもしろおかしく書き立てられてイライラしていたジョブズはマスコミにその気持ちをぶつけ、徹底的にイヤなヤツとして描かれていました。それでも追いかけられて記事にされていたのは、ジョブズは絶対になにかを成し遂げる、という米国のIT記者たちの期待があって、カリスマがあったからだろうと思います。やっぱりジョブズすごいなあ。サイコパスは才能だなあ。でも絶対に上司にもちたくはないですけどね。

零央はイヤなヤツではありません。イケメンだし、冷静だし、一見、母の転落死を目撃したというトラウマを持った少年に見えます。叔母が「泣いてるふりをしなくてもいい」と本質を言い当ててくれたのは、物語の最後まであかされないので、サイコパスの母に育てられてその死を真近に見て心に傷を負ってしまった少年にみえないこともありません。彼女と別れるエピソードも、めんどくさがりのイケメンに見えてしまいます。サイコパスの本領を発揮するのは、吾川の異様な姿を初めて見てもう少し泳がせた方がおもしろいかもと思った瞬間と、吾川の車を停める手段としてためらいなく人間(神室)をフロントグラスに投げつけた瞬間でした。でもそれが、サイコパスの捉え方として正しいのかどうか私にはわかりません。

吾川と神室も幼少期にトラウマを負っています。途中でてくる小学生のサイコパスも片親の父にネグレクトされています。映像で紹介されるサイコパスの少女も母の歴代の彼氏にレイプされています。この描き方だと、心に傷を追った少年少女がサイコパスになるような。でも亜月さんが描きたかったサイコパスは決してそういうことではなくて、自分がどんな人間であってもすべて理解して批判や忖度なくありのまま受け入れてくれる存在があることは、サイコパスであろうとなかろうと人間にとってどんなに心の支えになるものか、ということに思えます。

でもサイコパスの人にとって、周囲の人の愛が大切なのかどうか私にはわからなくて、サイコパスであっても愛情は大切なのか、それとも愛情をうけても冷徹にそのメリットデメリットを計算して自分にとって必要かそうでないかを判断して、他人の愛情そのものを評価しない人がサイコパスなのか。うーーん、わかんない。

亜月さんは大好きな作家さんです。普段その作品から感じるのは、ホラー作品のときですら、作者さんの明るいカラっとした性格です。たしかにいつも空気を読まない系の登場人物がでてくるような気もしますが、感情移入できない作品を描く方ではないので、亜月さんは情感あふれる素敵な方だろうと想像します。そんな亜月さんにとって、この作品はチャレンジだったのではないでしょうか。

感想を書きたい亜月さんの作品はいっぱいありますが、最初にこの作品をとりあげたのは、Renta!の亜月亮さんフォルダーを50音順に並べているので目についたのと、サイコパスというテーマが難しいと思ったのと、やっぱり女性の顔をマスクとして使うという発想にインパクトがあったからでした。まだまだ感想を書きたい漫画はいっぱいあるので、多分亜月さんの別の作品についてもまた触れていくと思います。

難しいサイコパスのお話でしたが、叔母さんという存在があったかいので気持ちよく読み終えました。イケメンで長身のサイコパスではない刑事さんに興味をもったらしい叔母さんの将来と、零央くんの将来がちょっぴり気になるラストでした。

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