『Replica』は唐々煙さんの作品です。主人公の卍は用心棒を生業とし、街から街へと渡り歩いています。赤狗の通り名で知られ、その力を恐れられています。
ある街でToy(人形)に襲われた卍は成り行きでToyを倒していたカルに助太刀します。特殊な武器で撃たないと再生するToyの頭部に仕込まれている小さな核を、卍は正確に刀で破壊します。核を破壊すればToyは再生しないのです。驚くカル。しかし卍はToyの攻撃で大怪我を負います。
ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。
カルは卍の怪我を自分に「うつし」ます。卍は瀕死のカルの言葉に従ってカルをCARDSの本拠地に連れて行きます。
CARDSの目的は、地域に害をなすToyの生産所であるアリスの場所をつきとめ、Toyの製作者であるAAAを倒すこと。カルやリーダーを含めた人形4人とそれぞれの人形の契約者たち、そしてCARDSの兵隊である人間たちで構成されています。先日の街で痛みをカルにうつした卍も、カルの契約者になったとみなされています。
次の街ではチェシャ猫が卍らを迎えます。カルが人間ではなく人形であることを卍が知ったのはこのときです。人形だけに、カルには感情が欠落しているところがあります。カルは、チェシャ猫はおとぎ話にでてくるキャラクターだといいます。
次の街は逆さまの街。ここで卍たちは巨大化して1日1時間だけ人を襲うウサギを追います。ウサギは火傷を負った飼い主のために、人の血が女性の肌を若く美しく蘇らせるというおとぎ話を信じて人を襲っていたのでした。ウサギを倒した卍の前で、カルはウサギに無理矢理埋め込まれていた核を取り出します。この核をウサギに入れていたのは街の町長の帽子屋。帽子屋がカルに一言話すとカルは突然アリスが存在する場所を思い出します。卍やカルが去った後、人形である帽子屋は創作者であるAAAに「お前の役割は終わった」と壊されてしまいます。
カルと卍はを含むCARDSのメンバーたちはアリスに向かいます。そこにいたのはハートのクイーン。カルと違って自分はAAAを愛しているし、カルよりも優れていると自負するクイーンはカルを殺そうとしますが、カルの仲間の人形がクイーンを引き受け、カルたちはAAAのもとへと向かいます。
仲間と一緒に決死の戦いでAAAに立ち向かうカルは、AAAの前で、人間に備わる7つの感情をすべて覚えます。するとAAAはカルの中から核を取り出しアリスに埋め込みます。アリスは死んだ妹アリスの代わり。カルはアリスを完成させるためのレプリカだったのです。
ところがアリスは人間の感情を受け止めきれず容量オーバーで誤作動し、崩れはてます。AAAは卍に仕留められます。核を失ってもう動かないはずのカルが動き、卍や兵隊たちはアリスから脱出します。
すべてが終わった中、大怪我もまだ癒えない卍は空を見上げて「あーーひまだ」とつぶやきます。
この作品は印象的な表紙に惹かれて読みました。読み始めるとすぐにわかる独特の世界。唐々煙さんの作るファンタジーの世界に違和感なくどっぷり浸り込んでいました。絵やコマ割りなどがその世界を作っているのでしょうか。鋭い方だったらその世界がどのように形づくられていて、何故こんなにもすんなりと入り込めるのかを解説できるのではないかと思いますが、私の場合、どうも洞察力に欠けていて、きちんと説明することができません。他の作品でも、唐々煙さんワールドは1ページ目から色濃く展開されているので、是非、お試し読みでよいので手にとって読んでいただきたいと思います。お試しでおもしろい方は絶対楽しめると思います!
不思議の国のアリスをベースにした世界観はとってもしっくり来て、ポエムとも合っていました。本来ならウサギから始まるはずのアリスの冒険がチェシャ猫から始まるのもおもしろかったです。
カルが持っている特殊能力が「いたいのいたいの飛んでいけ」なところもおもしろいです。この力は、エトオミユキさんの『アイドルの姉が死にました』にもでてきたのですが、また味わいが違います。契約という形でカルが痛みを引き受けるところ、卍は本来たとえ痛みであっても自分が生きている証を人に渡したくなんてないところも、魅力的な設定でした。
シラヒメ、サッツ、ゼンリというカル以外の人形たちもそれぞれとても魅力的でした。この世界は唐々煙さんの完全オリジナルの世界なので、キャラデザインも含めて、独善的なものになっていく危険性をはらんでいますが、いいバランスで、唯一無二の世界が構築されていました。シラヒメ、サッツには裏切り者の役割が割り当てられていますが、サッツはどこまでもかっこよくその嫌疑を晴らして、シラヒメは人形なのに契約者や仲間たちへの厚い想いを利用されています。ゼンリの表情はカッコよくて、久しぶりにタバコを吸うキャラが素敵に見えました。タバコは老朽化する人形の筐体を長持ちさせるものなので、嗜好品ではないからです。AAAの親友としてその意図を理解し、最後には寄り添うところも渋かったです。
世界観は、ちょっとだけ不思議なところもあります。このあたりではよくあることで見えるToyによる襲撃を卍がしらないこと、チェシャ猫がいた街、逆さまの街、アリスの世界観が統一しているのに、流れ者であり豊富な経験を持っている卍にとって新しいものであるように見えるところ、そのわりに、卍の赤狗としての悪名は隅々まで行き渡っていて、誰もが赤狗を知っているところがちょっと不思議でした。ただ、アリスが崩壊してAAAが滅びたあと、「小さくて大きな戦いが終わった」と表現されているので、この地方では絶対的な影響力を持っていたAAAが、実は一地方でのできごとっぽい感じもあって、それもプラスの印象でした。
用心棒稼業にも実は辟易としていたような卍の、その正確で卓越した剣の技は、今回初めてその力量に応じた敵を見出して活躍の場を得たのですが、今後また今回のような敵に会うことはあるでしょうか。カルも失った卍の最後の「あーーひまだ」という言葉にはどんな思いが込められているのでしょうか。以前漫然と渡り歩いて用心棒をしていたときとは絶対に違う気持ちのはずですが、これから熱くなれるものを見つけられないかもしれない「ひまだ」なのか、ひとまわり大きい男になっての「ひまだ」なのか。私は、ひとつ大きい戦いを終えて、カルを失った喪失感もありながら、でも自分の毎日はまた流浪の複雑な想いを抱えての言葉なのかな、と思いました。
いくつか唐々煙さんの作品を読んでみましたが、このReplicaの絵が私には一番しっくりきました。