『遺書、公開。』は陽東太郎さんの作品。中学2年D組の「1位」のひと、人望厚い姫山椿が自殺します。葬儀の後クラスに戻った、先生を含む全員の机に、姫山からの遺書が置かれていました。クラスは動揺します。
2-Dはもともと特殊なクラスでした。というのも、1学期の始まる時に全員に「序列」が送られていたからです。全員を1位から順番に並べた序列。クラスはよくも悪くも序列に影響されていました。1位の姫山は何の1位かはわからないものの、1位にふさわしい態度でクラスを引っ張ってきました。そんな姫山が学校で自殺したうえ、遺書が送られた…
ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。
遺書は本物か偽物か。それすらも確信なく、生徒たちは遺書を公開して姫山の自殺の理由を追うことに決めます。
読み進めると、遺書は受け取った本人以外が読んで初めて隠された意味があるかもしれないことに気づくものでした。姫山の両親が離婚していたことを言いふらしていた子には「もう忘れて」、大親友には「あなたは親友じゃない」、恋人には「私が1位だから付き合ってただけだよね」などなど。ホームルームを使った遺書公開が進むにつれ、皆の心のさざ波は大きくうねり始めます。
そんな中、廿日市くるみは告白することになります。あの序列を作ったのは自分だ。廿日市は人間観察が趣味で、新しいクラスメイトについていろんなランキングを作っていた、でもある日1枚なくなっていた、それが「学級会で発言しそうな人ランキングだった」…
ランキングを拾った男子が序列という形で発表したということがわかっても、一度始まった遺書公開の流れは止まりません。そのうち、みんなは気づき始めます。みんな、序列が1位だということで姫山に何でも押しつけ、過度の期待をし、重圧をかけ、姫山が応えられないと勝手に失望したり怒ったりしていたのです。
最後から2人目の公開人、池永は、ある理由から、池永宛の遺書には姫山だったら犯さない致命的なミスがあり、遺書を書いたのは姫山ではないと公表します。
最後に残ったひとりはずっと不登校だった絹掛。ついに登校した絹掛は、この遺書は偽物だと訴えます。姫山は不登校の絹掛の家を訪ねて友人になっていたのです。いろんな話をした2人でしたが、絹掛によると、絹掛宛の遺書は「公開されている情報」だというのです。
姫山は実はブログを書いていました。絹掛宛の遺書に書かれている内容はブログで公開されていることだけ。ブログを見た人なら誰でも書けるのです。
さらに、絹掛は言います。姫山はずっと1位になりたがっていた、そんなある日「1位にしてあげようか」という書き込みがあり、実際姫山は1位になった…みんなの目は廿日市に注がれます。
ついに廿日市は告白します。身元を隠してブログにそう書き込んだのは自分だ、姫山は確かに優等生だが何か抜きん出たものはなかった、だから1位のランキングを作ってわざと男子に拾わせた、彼女の1位の立場は自分の序列と、それに影響されたみんなの態度が作った、と廿日市はいいます。
姫山の自殺のあと、廿日市は自分を責めました。1位という立場が姫山を追い詰めて自殺させたなら自分の責任だと。ところが一緒に姫山を追い詰めていたクラスのみんなは誰も自分が悪いと思っていないのに気づき、憤って遺書を作って配ったと、廿日市は告白しました。先生を含めたみんなは、自分たちがしてきたことに思い至り反省します。
池永はもう少し話したいと、廿日市を誘います。そこで廿日市はさらなる告白をします。姫山が1位になりたかったのは完璧で何でもできるお父さんがいつも1位の人だったから。そして、お父さんは実は離婚ではなく自殺していたのです。完璧だったお父さんが何故死んでしまったのか、姫山は、自分が1位になればわかるのではないかと思っていたのです。姫山は常日頃、お父さんに完璧だと言ってきたので、実はお父さんを「完璧でないといけない」と追い詰めて死を選ばせてしまったのは自分だったと気づき、ショックで自殺したのではないかと、廿日市は思っていたのです。
池永は悲しみますが、廿日市を責めることはしません。クラスは一部の生徒が中心となって話し合い、クラスは序列に囚われすぎていた、これからは平等にやろうと決めます。でも、平等にやる中で皆は疲れていきます。序列はなくてもカーストはあるんでは、平等なんて無理なのでは、と皆思い始めます。
廿日市は思います。池永はお人好しだと。廿日市はもともと1位の少女でした。でも、1位の自分にはみんな、努力もせずに何でも押しつけてくる。それがいやさに、廿日市は敢えて1位を降りていました。だから姫山が1位になったら追い込まれるのはわかっていたし、自殺したお父さんのことも合わせて考えると、自殺する可能性があるのもわかっていたのです。でも、廿日市は姫山がブログに書き込んだ一言「1位になれたら死んでもいい」が許せなかったのです。それで姫山の顛末を敢えて見守ったのです。
そんなある日、教室に「2-D新序列」が張り出されます。廿日市は、またエキサイティングな人間観察ができると、笑いがこみあげてくるのを抑えられません。
表紙のかわいい女の子。笑顔。なのに首吊り。ということで興味津々、読む手がとまりませんでした。4年間連載していたらしいのですが、新刊が出るたびに何度も最初から読み直してました。連載終わって嬉しい一方、寂しい。すごく好みのお話でした。廿日市と池永がいい感じなのに、廿日市は池永が姫山を好きだと思いこんでいて、池永のあからさまな好意に気づかないとかもすごく好きでした。
なにしろ、遺書をみんなで公開し合う、みんなの前で読むと自分が思ってもみなかった事実が暴き出されちゃうというのがとってもおもしろくて、30人のキャラを考えて、それぞれに意味深なメッセージを割り当てるという陽さんの才能にやられちゃいました。
ラストまで読んで元にもどると、廿日市の表情や沈黙の理由をいろいろ妄想することもできて、何度読んでもおもしろい作品になっています。
最初に遺書を読む子とか、なんでも「ここだけの話なんだけどさあ」といいながらもどんどん噂を広めていくイヤな子のはずですが、読んでると作者さんの愛を感じます。すべてのキャラがそういう感じで、作者さんも姫山同様、2-Dを愛してるのが伝わってきて、とても楽しく読めました。
廿日市にはビックリです。ランキングを作ってたのしんでた、というあたりは「へー意外」と思いました。人間観察が趣味というのと、ランキングをつくるという行為は私にはまったく異なるものに思えるので違和感があったのです。それで、最終巻になって、ランキングづくりも、遺書も作って、クラスメイトを手のひらで転がしてたというのを知って、それなら廿日市のキャラにしっくりくる、と納得できました。
姫山がブログを残していたり、廿日市が絹掛を監視にいったりと、思いがけないけどこれもしっくりくるエピソードでもあって、満足感高いです。
私は可もなく不可もない学生生活を送っていたので、姫山や廿日市のような1位の人の苦しみは全然わからないですが、「私は他人より劣っていて辛い」よりは「私は他人より優れていて辛い」のほうが孤独感マシマシだろうなという妄想は、高校生のころにしたことがあります。多分多くの人が想像したことはあって、でも「共感できない悩み」と片付けてしまう感情だと思います。
そんな気持ちにまっこうから向かったこの作品は、めちゃくちゃお気に入りです。
残り4カ月の中2生活。新序列でどんな歪んだクラスになるのか、私も楽しみ。
とはいえ、作品は終わってしまったので、次回作に期待です。