あたらしいひふ

『あたらしいひふ』は高野雀さんの作品です。高橋は服装に構わない女性でした。でも、好意を寄せている先輩から、もう少し気を配ったら、とアドバイスされ、黒を貴重に自分なりのファッション定義を編み出します。

やっと先輩にも褒められるようになったので告白しようとした矢先、先輩に彼女がいるのがわかって高橋は失恋しまいます。

ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。

高橋は社会人になった今も自分が定めた基準に従って毎日の服装を決めています。ある日ふと見かけた個性的なファッションが決まった女性を見て、「私の服装には意味がなく、彼女の服装にはすべて意味がある、なのに周囲の人にはそんなに大切なことがわからないのだ」と感じます。女性が同じ会社の人だとわかり、彼女のはなついい香りを感じて、高橋はちょっと元気がでます。

その女性、デザイン部の渡辺は、もちろんファッションにこだわりを持っています。学生服時代、その没個性で決まらない服装が不満だった渡辺は、街で見かけた個性的なワンピースを試着した自分の変化に驚き、それ以来、気に入ったアイテムを纏うようになっています。その日はたまたま受付担当者とトイレで簡単に会話し、その無難なファッションにちょっとした違和感を覚えます。

受付担当、鈴木は、自分の無難さを自覚しています。容姿もサイズもファッションも、万人に受け入れられる及第の女性。鈴木はそんな自分に物足りなさを感じています。バイトの田中のギャルファッションを見て嘲う同僚とは違う感想を持ちます。すべてが「私を見て」と言っているようで自分にないものを感じます。

田中は服装同様自己主張がはっきりしたタイプです。バイトの立場でシステム部のカードキーを失くし、上司にネチネチ叱られる中、部内で大声で全員向けに謝罪し、そのほうが効率的に謝れる、とケロっとしています。田中は同じシステム部の高橋に「何故黒しかきないんですか?」と尋ねて高橋を狼狽させてしまいます。

田中は高橋と服を買いにいくことにします。それが気になる鈴木と、鈴木の挙動不審な態度を面白がってついてきた渡辺も一緒に行くことになり、まずは4人で食事することにします。

高野雀さんは『13月のゆうれい』でも感想を書きましたが、ページを開けた瞬間から、高野雀ワールドに惹き込んでくれる作家さんです。『あたらしいひふ』は4人の女性とそのファッションを描いた短い作品なのですが、しっかり高野雀ワールド全開です。

服装で頭を悩ませたことが一度もない女性って、あまりいないのではないでしょうか?男性だってそうかもしれません。LGBTQならなおさら。この作品は、極端な個性には縛られていない普通の、でもちゃんと自分のある女性たちの、等身大の服装に対する思いを丁寧に、でも淡々と綴ったものなので、自然と共感を持ってしまいます。

高橋の、やっと先輩に認めてもらえる服装ができるようになったら失恋してしまうところは、実体験はないけどあるあるな気がして泣けました。なので、田中に何気なく「何故いつも黒なんですか?」と聞かれて、自分にとっては日々考えて必死に編み出した自分なりの鎧(というか、この作品では「ひふ」と言ったほうがいいかも)の隙間を突かれて動揺して泣いてしまう気持ちも、痛いほど伝わってきました。

高橋は自分では、この服装に意味はない、と言っていましたが、田中に色のことを聞かれただけで動揺してしまうほど、本当は高橋の服装にも意味があるのでしょう。渡辺にはのびのびと自分を現すためのファッションは、高橋にとっては人として生活していく自分を守るために必要な最大限頑張った自己表現なのだと感じました。

冒険をせず、意図せず無難な平均点、男ウケ、会社の来客ウケ、重役ウケしてしまう鈴木にとっても、自分のその無難な及第点は弱点です。同僚が嗤う田中に目がいってしまい、自分には真似したい気持ちはないものの、何かにひっかかってしまうのは、多分自分にも何かしらの問題意識があるからでしょう。受付として完璧な外見をしている彼女自身にはなんの問題もないはずだし、自分の殻を破りたいと思っているわけでもないけれど、どこか何かひっかかる。高橋の持つ気持ちとは全然ちがいますが、これはこれで共感できます。

一方で、自信を持って外見も含めた自分づくりをしている渡辺や田中には、自分のファッションに自信がないタイプの私は強い共感を持つことは難しかったですが、それだけにキラキラに輝いて見えました。でも高野さんは、そんな私にもちゃんと共感ポイントを作ってくれます。

渡辺の、試着をして感動するシーン。いわゆるイケてない私ですら「この服すごい!これを着れる自分やった!」と思った経験はあるので、学生の渡辺が目覚める気持ちにめちゃくちゃ共感できました。田中には、学生の頃、女子の品評をする男子の会話を聞いてムカついたエピソードがあります。同じ思いを持つ人は多いのではないでしょうか。私たちは多くの場合、異性のために装うのではなく、自分のために装うのです。だから服装は私たちの「ひふ」なのです。

私の知人で、40代半ばでパーソナルコーディネーターと出会って180%ファッションが変わった方がいます。以前は黒髪をひっつめにして、キモノのリメイクなどのシックな黒中心の服を着ていたのですが、茶髪にウェーブのかかった髪と高価なヤンキー系の服装になり、いわゆる美魔女になりました。私は正直以前の彼女の方が好きですが、新しいファッションは男ウケはすごくよいし、女ウケもわりとよく、何よりご本人がこの変化に満足してすごく自信がついたし、変身がきっかけで以前から知っていた男性(地位も金もある男)と結婚することになったし、起業もなさって、今、とても幸せに生活していらっしゃいます。彼女の人生を思うと、ひふってすごく大事だと思います。コーディネーターさんによると、2-3年ごとに髪も服も靴もバッグも全部見直しを入れていくんだそうで、ここまでいくのはお金に余裕のある人の趣味の域だとは思いますが、おばさんになっても外見で人生が変わることをまのあたりにしました。もちろん、もともと彼女、年収1200万超の優秀な営業さんでしたし、掛け値なしの美人なので、素地は十分だったと思います。

そんな実例もみているので、高橋のこれからの変化が楽しみです。意見が強そうな渡辺と田中が服選びでどんな意見を闘わせるのかとか、一見強い意見がなさそうな鈴木が意外と鋭い指摘をするのではないかとか、選ばれた服を高橋が素直に着れるかとか、とっても興味津々です。そこを見せず、読者の想像に任されているのも秀逸です。

服装の変化で高橋の人柄ががらっと変わるようなことはないとは思いますが、高橋には自信を持って輝いて欲しいと思います。日本だけでなく世界的に、IT部門で働く女性は少なく、従ってマネージャーも少ないんだそうです。そんな中で、服装だけでなく、システム部の中でも大人しく黙々と自分の仕事に打ち込んでいそうな高橋には、公私ともに成功やチャレンジを見つけてシアワセになって欲しいです。

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