昼間のパパは光ってる

『昼間のパパは光ってる』は羽賀翔一さんの作品です。大規模公共事業に従事する土木家の生沼は、家族の元を8年間も離れて、ダムの建設に一課係長として赴任します。

こういった大規模事業では複数の企業から人が集まります。いままで縁もゆかりもなかった人が突然上司になり、現場の職人さんたちから能力を見定められて、生沼は土木屋としての誇りをもってダム建設に取り組みます。

ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。

生沼にとってダム建設の現場は初めてです。小学生時代の親友とも言えるキジーと出会うという嬉しい偶然もあり、巨大な事業に挑むという使命感と前向きな気持ちに生沼は燃えています。

しかし、早朝に道でスケッチをする老婆に出会ったことで生沼の気持ちには少し影がさします。彼女がスケッチしていた老木は、亡き夫との思い出の木だったのですが、まさにその日、その木は切られることになっていたのです。ダムの建設では、もたらされるものだけでなく、失われるものもあることを、生沼は痛感します。

それをきっかけに生沼はダム建設反対派の勉強会に参加するなど、反対派のことも理解して納得してもらいたいと考えるようになります。同時に、反対派の行動の活発化を憂慮した所長は、生沼とキジーに、反対派への対策としてビオトープの建築を命じます。

生沼が反対派の勉強会に参加していることに不信感を持っているキジーは、あまり積極的な活動をしません。また、ビオトープはあくまで補助的な活動であり、本来のダム建設の目標ではありません。行き詰まった生沼は、昔キジーと一緒に学校で取り組んだのを思い出し、ビオトープについての壁新聞を食堂に貼り出します。また、ビオトープの第一人者である大学教授を巻き込みます。

教授は、空回りしている生沼の気持ちを変えてくれます。ビオトープはダムのために自然を失う住人のためにつくるものではなく、カエルや虫など、そこに集うモノたちのためにつくるのだというのです。教授が子供たちをはじめとする地域住民と接するのを見ている生沼の目的は変わらず地域住民にダムの素晴らしさをわかってもらうことではありましたが、自分の使命感だけで理解だけを求めて上滑りしていた気持ちは変わりました。ヒーローは派手に価値観の転換をもたらすようなものではなく、もっと地味に、長い目でみて地域に利益をもたらすものなのです。

生沼の信念を持った行動に、キジーの心も動きます。壁新聞をもっと大きく目立つように書け、とハッパをかけてくれます。

所長は工事の途中で変わります。それも大規模工事ではありがちなことです。所長は生沼に「人に必要とされる者になれ」と後を託します。その言葉を胸に、豪雨のときには町の様子を見て回るなど、生沼は自然に地域に貢献します。

6年が過ぎ、壁新聞は200号を超えていますが、ビオトープの運営は生沼の手を離れて、地域住民に溶け込んでいます。生沼は、自分がいなくなっても受け継がれていくものでなければならないと考えたのです。

そしてダムは完成を迎え、生沼は家族の元に帰ります。小さかった子供たちもたくましく育ち、ちょっと照れくさげに、久しぶりに帰って来た、一仕事終えて自信に光り輝いているパパを迎えます。

この作品は、なにか別の作品を読んだあとに、オススメとして示されたいくつかの作品の中に見つけました。初めて見る作者さんでしたが、表紙の光り輝く男性の表情に惹かれて読んでみました。

ページを開くと立派な橋が目に飛び込んできますが、生沼の子供たちの目をひくのは大きな橋ではなく、広大な海です。でも、読者にはしっかり、主人公の仕事と、仕事への誇りが示されます。そして、現場作業員の渋さ全開の顔に、あっという間にもっていかれます。ほんとのヒーローってやつは地味なやつなんだぜ、という、この作品のテーマがしっくり入り込んできます。

このメッセージは作品の中で一貫しています。生沼は現場の作業員が初対面から一目置くようなスーパー係長ではありません。でも、飲み会などでじっくり話せば、作業員も老木をスケッチしている婦人がいることを知っていて、そのことを心に刻みたい生沼の気持ちもちゃんとわかってくれているのです。どんな仕事でもそうですが、そういう心が通じ合う機微がなくても、最終的に出来るものは同じかもしれない、でも、同じ気持ちで同じ方向を見ている人がいることを知っているだけで、その仕事の達成感は変わります。

ビオトープ壁新聞も同じことです。生沼とキジーがこの仕事を命じられたのは、あくまで反対派対策であり、ビオトープを作ることではなく、ダムの完成の障壁を取り除くことが目的です。そんな中で、自分の使命を考え、どうすれば説得力が増すかを考え、ビオトープの専門家に教えと協力を請いにいく生沼の姿に、読者はヒーローを見出します。本来は生沼にとってサイドストーリーであるはずのビオトープの建設においても、それをメインストーリーとしている教授の視点をもたらすことで、生沼はダム建設に多角的視点をもたらしているのです。

あっさりと6年がたちますが、その間にとてつもない命の危機も包含しながらの工事であったことは、ダムの大きさを考えれば一目瞭然です。たくさんの人が命がけの仕事を当たり前のようにこなすことで治水は行われているのだと、改めて感じます。この物語では反対派の存在は語られているものの、その視点でのポイントは語られず、あくまで建設側の生沼の気持ちを中心に描かれているのでわかりませんが、ダム工事が始まる前にダムを受け入れない結末があったとすれば、そのストーリーの中にもきっとヒーローがいたはずだろうな、とも思わされます。

最初から最後まで使命感に燃えていて、でも自分の力だけで何かを為すのではなく、あるべきものをあるべき方向へと導こうとする生沼の姿は感動的です。そして、それをしっかり子供に伝えたいという姿勢にも共感が持てます。

その気持ちが息子に伝わっていることは、後日談で語られます。土木屋としておそらく学生の頃から志に燃えていた生沼に対して、息子は一度就職したものの仕事を辞め、自転車であてのない旅をしようとしているプー太郎です。親父が建設に携わったダムのことはどうしても見たい、とダムの周りを一周し、今も現場にいる親父に会いたい、と考えます。

2021年に、子供がなりたい職業の上位に「会社員」がランクインしました。小中高生のそれぞれで、小学生女子以外ではすべて1位だったそうです。2020年の小学生ではトップ10外だったこの職業が1位になったのは、リモートワークで親が働いているところを子供が目撃できたからではないかと言われています。昔は「サラリーマンにはなりたかねえ」などと流行歌の歌詞になったりしていましたが、やっぱり、働くお父さん、お母さんは、目の前にするとカッコイイんだね、と、嬉しくなるニュースでした。

生沼の仕事は、その時だけでなく、何年も何十年も人に貢献し、目で確認できる仕事です。生沼の息子は、自分が人生の迷子になって何のヒーローになりたいかがわからなくなったときに、お父さんの仕事に触れることができてとても幸せだと思います。

昔、xx線を工事中のときにタクシーに乗ったら、運転手さんが「工事の人を乗せたら、本来セメントを使うべきところでセメントがなかったので砂利と水ですませた、と語っていて、思わず大丈夫なのか聞いたら大丈夫じゃない、と言われた。とても怖い。xx線ができても乗りたくない」と言っていたことがあります。工事の中ではそんなこともよくあるのかも?とりあえず関東にあるxx線は311の大震災のときも無傷だったので大丈夫そうですが…現場をよくわかってるからこそ、そんな荒作業をしたとも言えるので、微妙な気持ちになりますね。

『昼間のパパは光ってる』は工事のひとたちがとっても輝いて見える作品でした。でも、昼間のママも、パパやママじゃない人も、24時間無休無報酬で働いている主婦や主夫も、真摯に働くひとはみんな光ってると思います。そう、他人だけじゃなくて、一生懸命仕事しているときの自分も光ってるはず。こんな風に、誇らしい気持ちにさせてくれるこの作品に出会えてよかったです。

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