『私の顔にさようなら』は函岬誉さんの作品です。まだ連載中ですが、1話にあたるお話の感想をかきます。1話は美冬が主人公のお話。美冬は同窓会に参加しますが、その外見は同級生の舞美になっています。整形したのです。
仲のよかった美加と美菜樹は、雰囲気の変わった舞美に一瞬とまどいますが、すぐなじみます。
ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。
舞美の姿をした美冬は同窓会に憧れの人、翔の姿を見て心を踊らせますが、翔は結婚していて妻が妊娠していると聞いてがっかりします。後日わかりますが、翔の妻は美冬が学生時代にいじめていた麻美です。学生時代、美冬は美女で、麻美を苛めるかたわら舞美、美加、那美子、美菜樹の上に女王として君臨していたのですが、交通事故で顔が醜くなったのをきっかけに舞美たちに苛めらたのを恨んでいたのでした。
時を遡ります。少女だった美冬は美容家の母に外見の美しさを保つよう厳しく育てられました。翔に告白しようとした美冬は翔が麻美とキスしているのを見てショックを受け、道に飛び出したところをトラックに轢かれ、二目と見れない醜い顔になります。美冬は母に、不注意で事故にあったことと、小さいタトゥーを入れていた、つまり自分で自分に傷をつけたことで激怒され、見放されます。孤独な美冬は東京に出ます。
美冬は姉が紹介してくれた天才外科医の高額な整形手術費用を貯めるために仮面を被ってSM倶楽部の女王をしていたのですが、舞美と那美子にみつかって、金を払わなければ素顔を晒すと脅迫されます。それをきっかけに整形を決意して舞美そっくりになった美冬は、舞美と那美子を殺します。後始末は美冬を整形した天才外科医が担当します。
そうやって舞美として同窓会に参加した美冬を、美加は家に誘い、子供が虐められていると告白します。美冬はいじめっ子を「殺しちゃえば?」と美加を誘います。いじめっ子を殺すために、と称して行った崖で、美冬は美加を突き落として殺します。
美加の葬式後、美菜樹は美冬に、夫に離婚を迫られていると打ち明けます。夫を愛してはいないが今の生活を手放したくないという本音をはいた美菜樹に、美冬は夫を「殺しちゃえば?」と勧めます。美冬が夫の不倫相手の友人になって油断させ、夫、不倫相手と3人で食事して2人を眠らせ、そこに美菜樹が侵入して夫を刺殺し、ナイフを不倫相手にもたせて罪をなすりつける、という計略を、2人はたてます。時が過ぎて、予定どおり美菜樹がベッドにいる2人に近づくと、眠っているはずの女が起き上がります。その女はなんと、美菜樹にそっくりです。混乱する美菜樹を刺し殺したその女はもちろん美冬です。美菜樹になった美冬は美菜樹として夫と仲直りします。そんな二人の近所に住むのは翔と麻美とその娘です。
美冬は姿を消し、麻美の姿で戻って来て、麻美と入れ替わります。麻美を川辺の小屋に監禁して娘が好きな料理のレシピなどを聞き出しつつ、美冬は麻美として生活します。翔は若干不審に思いつつも気づきませんが、娘は美冬にはなつこうとしません。美冬は苛ついて小屋で麻美を責めます。そのとき川が増水して二人は川に落ちます。そこに翔が現れ、二人いる麻美の姿に困惑しますが、美冬が「その人は偽物よ!」と叫ぶ姿を見ると、迷わず麻美を助けます。
美冬は「私は本当は、見かけで物事を判断せず、すべてをありのままに素直に受け入れる麻美になりたかったのだ」と思いながら激流に身をまかせ、その生を終えます。
天才外科医は美冬の顛末を報告され、美冬の書類の処分を秘書に命じます。
この漫画は、ゴージャスな函岬さんの絵に魅せられて読みました。お話の筋でいうと、まず美加が殺され、そのときに初めて舞美が実は美冬であることがわかり、美菜樹が殺されて、美菜樹になった美冬が翔と麻美に近づき、話が過去に戻り、また現在に戻って美冬が麻美そっくりに整形する、という順番で語られます。
美加が殺されるシーンまでは舞美の正体はわからないのですが、最初から舞美には何か独特のオーラがあることと、タイトルから「舞美は顔にさよならしていて、美加と美菜樹に話せない秘密がある」と感じていたので、本当は整形した美冬でした、という事実には読者としてはあまり驚かず、むしろ、舞美が美冬だということがわかってから話を読み返すと「なるほど」と思うところが多いのがおもしろくて、つい何度も読み返してしまいました。
美冬が「殺しちゃえば?」というシーンは2回でてきますが、どちらも絵に迫力があります。函岬さんの表現力、すごいです。殺しちゃえば、という唐突で理不尽で人の道を外れた提案に、美加も美菜樹もあっさりとのるので、とてもショックをうけますが、彼女らが事故で美貌を失った美冬の顔を見て笑い転げ、暴言を吐きまくり、写真をばらまくメンタリティの持ち主であったことを考えると、さもありなん、と思います。東京で整形前の美冬に会った舞美と那美子が「醜い顔を理由に脅迫する」というのも、胸が悪くなる話でした。
美冬が母からの愛情を感じずに育ったことや、醜い美冬を励ましてくれる同居人を不幸な理由で亡くしたことを考えると、人生に絶望して、過去の友人たちを次々に殺していく人生を選んだのは仕方がないことだったかもしれません。外見の美しさや、外面ばかりを気にする母に育てられた美冬は、醜くなった自分の顔を同級生たちにメール配信されたことで、美しかった自分は醜い自分とセットになってしまっていて、美しかった自分に戻ってももう生きる希望を見い出せなかったのでしょう。美冬の顔が好きだった私にとっては残念です。
でも、久しぶりに会うとはいえ、舞美になってやり通し、美菜樹になっても周囲を欺き、麻美になっても夫に見破られなかったということは、美冬、舞美、麻美の3人は同じくらいの骨格だったということになるので、ちょっと苦しさを感じずにはいられません。特に麻美は太っているので、身長がちょっとでも違えばインパクト違いすぎて成立しないだろうと思えるので、モヤモヤ感は残りました。
でも、好感度の低い主人公である美冬が復讐を遂げていくストーリーにこんなにはまるとは、自分でも不思議でした。美人でワガママだった頃の美冬も魅力的だし、殺されちゃう友人たちは主人公にも増していけ好かない女たちだったので、さくさく進んでいく復讐がおもしろかったのです。
さくさく、と書きましたが、実際には復讐には結構時間がかかっています。SMの女王として働いていた期間も結構ありそうだし、手術のダウンタイムを考慮して、復讐が行われるタイミングもよく考えられていそうです。翔が同窓会にきたときにはお腹の中にいた麻美の娘も結構育っているし、そこには美冬の執念を感じます。
執念といえば、美冬の翔に対する想いはもはや執念と呼ぶべきものだと思うのですが、翔を見るときの美冬はいつも初恋の少女の表情を浮かべていて、とってもピュアです。思わず「美冬!周囲にバレるから!」と言ってやりたくなるようなかわいさがあります。そういうところが、函岬さんの魅力なのかもしれません。
美冬は最後は「私は麻美になりたかったんだ」と結論づけていますが、実際そうなんだろうな、と思います。生まれながらにして美しく生まれた美冬は、気は強いものの、あんなに母に外見の美しさを言われて姉と比較されなければ、麻美と友達になれる子になれてたのでは?…と、あやうく思ってしまうところでしたが、美冬はイジメの首謀者で、宿題ワークを麻美にやらせてたりしたので、やっぱりそうでもないですね。
かといって、心の美しい麻美に惹かれないのもこのお話のポイントです。何故かというと、麻美はみんなの宿題を押し付けられて嫌がったりしない子なのです。それどころか「みんなのおかげで復習をしっかりできてテストでいい点がとれたの。ありがとう」と本気で言ったり、自分をイジメた直後のイジメリーダーに「紙で切った傷は痛いわね」と、絆創膏を出すような女なのです。そこまでいくと、天使というよりは鈍感で、イラっとします。妊娠中足元がふらつくと「危なっかしいママでごめんね」と、お腹の子と夫に謝ります。本気か。あざとすぎるよ、麻美。そういう鈍感な天使の娘は、きっとかえって心に傷を負って育つと思いました。何をされても他人を悪く言わず、イジメをうけとめるママ。いじめてくる相手を尊重し、敬うママ。ママを100%肯定するパパ。これはこれで結構な地獄だと思います。「ママが天使すぎるのが悩み」なんて、人に言っても絶対わかってもらえず、自慢してると思われるのがセキノヤマですしね。過ぎたるは及ばざるが如し、と思いました。あ、あと「ホントはママがブスなのが恥ずかしいんじゃない?」とかいじめられそう。そんなことを妄想できるのも楽しいです。
そんな麻美が、死に瀕しても絶対に自分を助けろとは言わないことを見抜いて、すんでのところで麻美を選んだ翔ですが…そこは誰でも気づくでしょう。それより前に、私を抱いて愛してると言って、と美冬がこころからの叫びをあげていたあたりで入れ替わりに気づかないのは、ちょっと、夫じゃないでしょう。美菜樹の夫が入れ替わりに気づかないのもいまいちで、美菜樹のことは関心なかったから気づかないのはいいとしても、多分、夫の不倫相手って、女王さまの仮面をかぶった美冬ですよね???たまたまMでたまたま女王さまと不倫してたんじゃなくて、夫の性癖を調べて知った美冬が女王様として不倫をしかけて結婚をにおわせてたんだよね?妻を捨てて結婚したいとまで思っていた女の体と妻の体が一緒でも気づかないのはおかしくないか?と思ってしまう気持ちはどうしても抑えられませんでした。
とはいうものの、美菜樹の姿をした女が美菜樹を殺すシーンなど、迫力があっておもしろいし、二人の麻美が並んで溺れかけているシーンも印象的だし、美冬の顔が好きだし、作品の圧倒的な魅力の前では、ささやかな疑問なんて、どうでもいいことに思えます。
シリーズは完結していないので、天才外科医がどんな思惑をもっているかもこの先あきらかになってくるでしょう。いまのところ、ドロドロで、相変わらず好感度の低い主人公なのにストーリーはおもしろくて、この先も楽しみです。