クジャクのダンス、誰が見た?

『クジャクのダンス、誰が見た?』は浅見理都さんの作品です。クリスマスイブ、大学生の小麦は父と一緒に屋台でラーメンを食べます。優しい父は元警察官です。夢中でラーメンを啜り、難しい顔をして考え込んだあと、「ここのラーメンが一番おいしい」と寸評する小麦に、父は満面の笑みを見せます。

食後、父に見送られて映画に行く小麦。帰りは迎えに来ると言ってくれた父に送ったLINEは既読になりません。諦めて帰途につく小麦の耳に、消防車のサイレンの音が響きます。

ここからはネタバレを含みますのでご注意下さい。クライムサスペンスなので、あらすじは書きませんが、感想を述べる中でバレちゃうかもしれません。

家に近づくと、燃えているのは自分の家だとわかります。取り乱して消防士に「父は?」と叫ぶ小麦。父は、帰らぬ人なっていました。火事で亡くなったのではなく、殺害されたのです。

犯人はすぐに逮捕されます。火葬場で勝手に励ましてくる親戚に、小麦は毅然とした態度を見せますが、最も親しい叔母に「財産管理はおばさんがするからね」と言われて、さすがに鼻白みます。

深い喪失感を抱える小麦に、ラーメン屋台のオヤジさんは、父から預かっていたと、分厚い封筒を差し出します。入っていたのは300万円の現金と手紙。父のメッセージは「自分が殺された場合、この人たちの誰かが逮捕されたら、それは冤罪です。このお金を使い、弁護士の松風さんに弁護を依頼して下さい。」というもので、数人の名前が挙げられています。そして逮捕されたのは、まさにそこに含まれていた男性だったのです。

小麦は考えた末に松風弁護士を訪ねて事情を話しますが、松風氏には父との面識はなく、ただただ戸惑い、申し出を断ります。小麦が、父の後輩であり、長く家族ぐるみの付き合いをしている赤沢刑事にいきさつを話すと、赤沢は、誤認逮捕はありえないと断言します。小麦は悩みます。

この作品は、私がYoutubeにハマる前に第1巻が発売され、久しぶりにRenta!に戻ってきたときに完結していたもののひとつです。とても好きな作品だったので、完結して一気に読めることを嬉しく思いました。ミステリーなので、謎の解明を待ち望む一方で、好きなキャラクターや世界観をずっと楽しみたい気持ちの板挟みになって読んでいました。

冒頭の、屋台での父娘はカラーで描かれ、寒い中でダウンを着てマフラーを巻き、ラーメンを頬張って上気している小麦と、その様子を優しいまなざしで見守るお父さんの絵がめちゃくちゃ魅力的で、最初の3ページでガッツリ心を掴まれてしまいました。ラーメンにも全力で向き合う(笑)小麦ちゃんの姿勢は、何に対しても同じように真面目で誠実で主観的で途方もなく行動力があってめちゃくちゃ思い切りがよく、意図せずに周囲の人々の協力を得ていく姿は、この作品の魅力の肝です。

タイトルは、「クジャクが森の中の誰も見ていないところで踊ったとき、そクジャクは踊ったことになるのか、それとも証人がいなければ踊ったという事実はなかったも同然といえるのか」という問いかけを意味しています。物語の中では、亡くなったお父さんが小麦に問いかける言葉です。小学生のころ、お金持ちの同級生が高価なスカーフを身に着けてきたのですが、気づくとそれがビリビリに破かれています。同級生とその取り巻きは「小麦ちゃんでしょ?お母さんいないし、お父さんはしがない警察官で、こんなにステキなものなんて持てないものね。朝からあたしのこと嫉妬の目で見てたのわかってたし。」と言いがかりをつけてきます。もちろん小麦は嫉妬などしてないし、そんなひどいこと、思いつきもしません。それでも犯人と決めつけられて悔しがっていた小麦に、お父さんはこの言葉をかけたのです。

目撃者がいなかったからといって、犯罪がなかったことにはならない。お父さんは、見なかったからなかったことにするのではなく、犯人を検挙する仕事をしている。やっていないという証拠を出せなかったからといって、小麦がやったことにはならない。それは、小麦がわかっていればいい。

実際は、この事件は同級生の自作自演で、お金持ちの自分をちやほやしない小麦を陥れるためにやったことでした。取り巻きとその話をしているところを目撃した別の同級生は、自分もターゲットになるのが怖くて黙っています。それでも罪の重さに耐えきれずに不登校になってしまった彼女に、小麦は毎日プリントを届けます。同級生は自分が見聞きしたことを告白し、小麦を助けなかったことを謝罪します。

それから2人は親友になり、お父さんが亡くなり、お父さんのメッセージに従って、お父さん殺しの犯人を冤罪と信じて突き進む小麦を、親友は支えます。

小麦ちゃんはめちゃくちゃ行動力があって、思い立つとあっという間に行動に移します。いろんな反響に怯える心もあるのですが、その怯えが小麦ちゃんの行動を止める理由にはなりません。周囲の人たちが、それぞれの気持ちから、そんな小麦ちゃんを支えていく様子を見ていくのも、この作品の魅力です。

小麦ちゃんはひたむきでかわいく、小麦ちゃんに振り回されつつ、次第に暴走の傾向を把握して対策もばっちりになっていく松風さんはかっこいいです。松風さんは小麦ちゃんの申し出を受けたとき、お父さんとの面識もなく、依頼される背景もわからず「なにこれ?こわ!」と思ってしまうのですが、そのあたりの描写もめちゃくちゃテンポがよくて、お話と人柄と謎にどんどん惹き込まれていきます。何故お父さんは松風さんを指名したのか、何故自分が不業の死を遂げる可能性があると思ったのか、その冤罪を被せられるひとを何故的確に予想できたのか。そういった謎が解き明かされていくプロセスも、論理的で魅力的です。

敢えてあらすじで触れていない登場人物たちもすごく魅力的です。特に、オジサン、オバサンが、めちゃくちゃいいのです!まず冒頭から、年頃の娘と屋台でラーメンを食べる父親の、そのことについて誇らしげな表情。親娘と親しい屋台のオヤジさんもステキです。なので、お父さんとの突然の死別に、読者としても途方に暮れるし、悔しいです。

葬式後に群がってきて慰めの言葉をかけてくれる親族たち、慰めてくれてはいるけど小麦にとっては見当違いな言葉たちにキッパリ言葉を返した後で「あんな人たちとは違う」と思っていた叔母からかけられる思いがけない言葉。そういったすべてが生々しく、小麦ちゃんへの感情移入が募ります。

温かい言葉をかけてくれる、家族ぐるみでおつきあいしているお父さんの同僚刑事と奥さん。最初は心強く感じますが、小麦ちゃんがどんどん真相を求めていくなかで、小麦ちゃんが知らないところで交わされる、刑事さんと周囲のひとたちの会話は不穏さを増していきます。すっかり小麦ちゃんに感情移入しているので、彼らの行動を見ると、つい怒ってしまったりして、冷静になるとちょっと恥ずかしかったです。

途中で「あれ?この絵『イチケイのカラス』の漫画家さんだ!」と、遅まきながら気づきました。前からキャラの魅力が立っている漫画家さんでしたが、磨きがかかっている気がします!冤罪が晴れた後のシーンとか、登場人物の表情が絶妙です。でも読んだときは、ストーリー展開が気になって、ついつい、どんどん勢いよく読んでしまいました。じっくり、絵を楽しみつつ、読み返したいと思います!

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