蛍火の灯る頃に

『蛍火の灯る頃に』は原作 竜騎士07さん、作画 小池ノクトさんの作品です。田舎のおばあちゃんが亡くなり、男3人兄弟が集まります。そのうち2人はそれぞれ男女の成人した子供たちを連れています。

幸人と月の兄妹は父に言われて村の入口の手水で手を清めます。

ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。

幸人はひきこもりのニートです。月は父の妻の連れ子ですが、母は祖母から大金を事業のために受け取って姿を消したため、肩身の狭い思いをしています。いとこの輝美は劇団員をしており、輝也はスマホゲームに夢中です。金のことで、親族間は険悪な雰囲気です。

虐められて外に出た月は蛍火が光り、親族が寝静まった家の中にも灯るのを目にします。すると祖母の身体が何者かに引きずられるようにして外にでていってしまいます。

翌朝になると太陽がふたつのぼり、霧が村をつつんでいます。霧の中に入ると激しい頭痛に襲われ、村から出ようにも出られません。叔父のひとりは女性の姿を追いかけて鋭く尖った草葉で体中が傷だらけになります。月たちの父と輝美たちの父は、鉄すら噛み切る犬に襲われて大怪我をします。そこに鷹野という女性が現れ、猟銃で犬たちを追い払います。

鷹野によるといまいる場所は元の平坂村ではなく、地獄です。食べ物や人間の傷は素早く腐敗し、水も村の入口の手水や井戸など、限られた場所でしか手に入れることができません。

父たち3兄弟は次第に人間でないものになり、霧の流れもかわって、ばあちゃんが作ったお守りのある家にもいられなくなります。幸人、月、輝美、輝也は最終的に公民館にたどりつきます。公民館にはばあちゃんが納めたお守りがあり、貯蔵食料もやまほどあります。

いままで月たちと別行動をとっていた鷹野も一緒に公民館で暮らすようになりあす。鷹野は単身、家々を調べ、この地獄の記録をつけ、今はここを出るヒントが書かれた古文書があるのではないかと探していたのです。

ヒントは古文書ではなく、絵本という形で公民館内で発見されました。与平という怠け者が地獄に落ち、自分が自堕落な生活をしていた報いで真面目な両親までもが地獄に落ちて責苦を負わされている姿を見て反省します。与平が心を入れ替えると誓い、地獄の釜に行ったところから数ページが欠落し、最後には与平は現世に戻って正しく暮らし、成仏した両親をいつまでも弔い続けたと、物語は終わっています。

これをヒントと感じた幸人らはふたたび霧が動く中、鷹野とともに地獄の釜に向かいます。そこで見たのは地獄の責め苦にあう人々。父たち3人の姿を見つけた4人は、与平の話を思い出して父たちのために祈ります。祈ると蛍火が現れ、父たちは少し楽そうになりますが成仏はしません。4人は必死で考え、父たちを安心させるのは彼らを思うことよりも自分たちがこれからどう生きるかを彼らに伝えることだと気づきます。地獄の鬼たちが迫る中、輝美が何かを祈るとそれまでにない量の蛍火が現れ、父たちは成仏し、いつどこに行けばここから出られるかが4人の頭の中に響きます。

4人はここから出られる翌朝に備えながら将来について語り合います。幸人と輝也は輝美が何を祈ったか知りたがります。実は輝美は妊娠しており、女優の夢のために堕ろすことも考えていたのですが、父とのことを思い出して、産むことを決意し、それを父に伝えていたのでした。家の中に居場所を見いだせずにいた月の気持ちがわかった幸人は、これからは家族として共に生きていこう、と月に強く誓います。

翌朝、村の出口に赴く4人と鷹野ですが、月は「鷹野さんはここまで」と止めます。鷹野がここに迷い込んだのは昭和58年。月は村にあった記録や鷹野の態度から、鷹野も自身が気づかない間に、生き延びてこの体験を世間に伝えたいという妄執から人ならざるものになっていることに気づいていたのでした。鷹野は狂乱して月を撃ち殺しますが、月は蘇り、鷹野のために祈ります。そして月は、村にまだ捉えられている亡者たちや、この先ここに迷い込んで来る人たちのために、村に残ることを決意した、ここが私がついに見つけた私の居場所だ、と幸人に伝えます。幸人は月が残るなら自分も残ると叫びます。

1年後。祖母の一周忌に村を再訪した輝美と輝也は、輝美の娘、海輝を伴い、生き延びた幸人と落ち合います。幸人は就職し、充実した毎日を送っています。月が何故自分を元の世界に戻したかを毎日考えて受け止めて生きているといいます。

あの有名な『ひぐらしのなく頃に』の原作者、竜騎士07さんの作品。ひぐらしはシリーズが多くてどれから読んでいいかもわからない、と思っていた頃に、この作品が4巻完結ということなら、と試しに読んでみたのです。その後ひぐらしもシリーズのほとんどを読んでみると、ひぐらしとは随分世界観の違うホラー作品だったのだと気づきました。

大好きな小池ノクトさんの作画です。重たくてじっとりと湿った空気がずっと画面に満ち溢れていて最高です。巻頭のカラーで、大きい鬼が地響を立てながらあるいているシルエットをみた瞬間から、完全に物語の中に惹き込まれてしまいました。読んだ頃はまだホラーに慣れていなかったので、怖くて、夜に読み始めたのを後悔しましたが、何故か最初から父と兄に気を遣って所在なさげにしている月のことが気にかかって、タップする手をとめることはできませんでした。

月が肩身が狭いのは、ばあちゃんが宝くじであてた1億円が、実母の事業に注ぎ込まれ、お金がすべてなくなったと同時に母が姿を消したからです。それを毎回責められるのがつらいのは、月が実は母ももうこの世にいないのではないかと恐れているからだということは後でわかりますが、月の居場所のなさ感はそういった周囲の事情からくるだけのものではなく、何故か月が本質的に持っているもののように見えるのでした。

月が極限状態のなかで食事の支度や病人たち、というよりも、どんどん人間でなくなっていく父や叔父たちの世話を黙々とすることに輝美はイラつきます。異常な状況とそれに対する不安がふくれあがっていく中で、ひたすら周囲に貢献しようとする月に、輝美が苛立つ気持ちもわかります。

輝美が何故女優として夢を捨てないことにこだわり、人のためではなく自分のために生きることにこだわっていたかというと、実は妊娠していて、その命を生かすべきなのか、自分がやりたいことを突き詰めていない中で産むことをが結局は自分と子供を傷つけるのではないかと恐れていたからだということが後でわかってとても腑に落ちましたが、ただ自己主張のきつい長女として考えても納得できるストーリーではあっただけに、妊娠の話はよく錬られていると感心しました。

ばあちゃんの遺体が突然目に見えないものに引きずられていくのも、家の外を飛んでいる蝿の頭が人間だったり、叔父が女性に声をかけようとして取り返しのつかない傷を負ったり、その叔父が、人の糞尿しか食べられない惨めな餓鬼になったり、途中で見つけた千春という少女が、暴行の被害者かと思いきや、死者を繰り返し蘇らせて殺し合いをさせる地獄の使徒だったとかも、すべてがものすごく怖かったです。

昼でも夜でもない時間帯だけが活動できると鷹野に教えられて幸人と輝也がうごき、幸人が輝美に「引きこもりの自分が役に立てているような気がして喜んでるでしょ」と詰られてカッとするのも、とても臨場感がありました。気楽にニートをやっているように見えて、実は追い詰められている気持ちがよく描写されていました。

鷹野は、ひぐらしを読んでいれば「あの鷹野がこんなところに?」という存在なのですが、私はひぐらしを読んでいなかったので、鷹野は何かというとクスクス笑っていて、いろんな情報を持っている不思議な女性、という存在でした。フィルムに映像を焼き付けていたり、スマホゲームをする輝也を不思議そうに見ていたり、平成になってからできた大きい公民館の存在を見落としていたり、食事を一緒にとらなかったり、と、ヒントは山程あったのですが、もう命を落としていることが明かされたときには息を呑んでしまいました。目の前にあるジグソーパズルのいくつものピースをいきなり全部いっぺんにはめ込んで完成形をみせられたような気持ちになってしまいました。

月がこの地獄に残ることを決意したのは青天の霹靂ではあったのですが、月の所在なさは、最初に述べた通り、状況から生み出されたものではなく、月が本質的に持っているもののように思えたので、月がこの地獄にあって人々を成仏に導くという居場所を見つけたのはすごくしっくりきました。

月の運命がとっても切なくて悲しい作品でした。

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