切子・殺

『切子・殺』は本田真吾さんの作品です。『切子』の続編です。希望に燃えて就職した佐倉美波は早速同期の冬馬と親しくなります。社長がまず「全員で笑おう」と指導するなど、会社の様子はちょっとヘンです。

配属されると、美波はさっそくお局の黒輪に激しくイビられます。

ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。

さらに、班長の久世原に倉庫に呼ばれ、セクハラされます。思わず美波は逃げ出します。

いつまでも戻らない久世原を班員が探しに行くと、久世原は惨たらしく殺されてダンボール箱に詰め込まれています。しかし、何故か固定電話も携帯電話も通じません。ネットもつながらず、エレベーターもうごきません。班員の工藤が携帯電話を持って外に向かいます。社内は騒然とし始めます。

冬馬は、これは切子のせいかもしれない、と言い始めます。最近多くの企業で不自然な従業員や幹部が殺害されており、その殺し方は人間業とは思えないのだそうです。これらの企業に共通しているのはブラックが囁かれていること。切子に復讐を依頼するサイトがあり、そこに書き込むと切子がやってくるというのです。

実際、黒輪がコーヒーを飲んでいると、カップの中に小さい切子が現れます。目を疑う黒輪の体の中から切子が体をつきやぶって登場します。人間より大きくなった切子は手を大きく振るだけで社員たちの頭を飛ばします。みんなパニックになって逃げます。

突き飛ばされて怪我をした美波の先輩の高梨は、私のせいだと泣きじゃくります。美波がくるまでは高梨が久世原や黒輪の標的になっていて、耐えきれずに切子のサイトに書き込んでいたのです。冬馬は、切子は姉のみずほとその仲間を殺した悪霊だといいます。廃校の校舎が崩れて4人が亡くなった事件のあと、みずほは様子がおかしくなり、常におびえながら「ごめんねせっちゃん、私良介くんとはホントに何でもないの」とつぶやくようになり、最期は首をつって死んだのでした。冬馬は、切子を見ており、切子が「りょうすけくうん」と呼ぶのを聞いていました。冬馬は復讐サイトと復讐には良介がかかわっていると疑っています。

美波の会社には一般社員と交わらない部屋にオレオレ詐欺の部隊がいるとのウワサがありましたが、彼らも皆殺されました。警察を呼びに行った工藤を始め、階段で逃げようとした社員も全員殺されています。錯乱した社長が社員を撃ち殺すと、その血の中からたくさんの小さい切子が湧いて出て、口々に「りょうすけくうん」と叫びつつ、社長をはじめ、人々を殺します。

冬馬と美波は屋上に逃げます。警備員が鍵を開けて待っています。その警備員は良介。冬馬が良介を問い詰めると良介はあっさり、良介の人為的な操作と切子との連携で、告発されたブラック企業を制裁している、と満足げに告白します。廃校の事件のあと、始めは切子へのすまなさで追い詰められていたが、その贖罪を、日本を浄化することで果たすことにしたと言うのです。

冬馬は怒ります。良介のやっていることは狂った殺人にすぎないというのです。そんな冬馬と美波に良介は拳銃を差し出します。相手を殺した一人だけ、自分の日本浄化の証人として残すというのです。美波は拳銃を冬馬に渡して「私を殺して」といいますが、冬馬は拳銃を良介に向け、切子に美波を殺させないように命令させます。

そして冬馬は「俺と一緒に死んでくれ」と、良介を道連れにビルの屋上から飛び降ります。巨大化した切子が二人を救い、良介はそんな冬馬の心根を気に入って冬馬も生かします。

それから一カ月、引き続き大量殺戮をしている良介はいよいよ国会に乗り込むことにします。

切子』が好きだったので、続編が出ているのに気づいて迷わず購入しました。『切子』が好きだったのは、ずっとかわいいと回顧されていた切子が、実はブサイクでいじめられていた女の子だった、慕っていた良介にはずみで殺された、主人公の良介が実は心が弱い男性で自分が犯した罪を受け止め切れず忘れていた、というストーリーが興味深いと同時に、切子がかわいそうでならなかったからですが、もうひとつ、そんな中でも幽霊の切子とミュージシャンの正雄がセッションするというギャグシーンがあったのも大きかったです。

なので、今作で小さい切子がコーヒーカップの中でお風呂に入るみたいに浸かってたり、たくさんの小さい切子が「りょうすけくうん」と叫んでたり、良介くんの後ろから幽霊の切子が穏やかに抱きついたりするのを見て私が感じたのは恐怖ではまったくありませんでした。もう、大爆笑しちゃいました!グロいシーンはあいかわらずたくさんあるのですが、美波の会社、エガオコーポレーションで毎朝「わははははは」と笑うところも怪しさ満開、ギャグっぽくて好きです。

切子はあいかわらず、躍動感溢れていてそれも私にとってはおもしろポイントでした。残虐なシーンもいっぱいあるんですけど。久世原が殺されてダンボール箱に詰められるとか、前作の理緒が惨殺されて切られた首がトイレに突っ込まれていたのと同じぐらいインパクトがあるのですが、久世原の前時代的なセクハラを考えるとショックというよりは、因果応報、ざまあみろ、的な気持ちになってしまいました。

正直、グロシーンが平気になってしまったのは、たくさんのホラー漫画を読んで、多くのグロシーンを見てきたからだと思います。『殺戮モルフ』の問題の黒塗りを再構成した、女子高生の遺体を祭壇にしたシーンとかもさほど衝撃なく見てしまったりとか、今作の久世原の遺体にショックをうけないとか、『生贄投票』の女子高生が轢かれるシーンでショックをうけていた自分を思い出すと、大した違いです。見慣れるというのは恐ろしいことだと思いました。

むしろつらいのは、黒輪による仕事の指導を装った人格否定です。最初はニコニコしていた黒輪が、昼休みに冬馬が遊びに来たあと、別人のように美波をいじめだすのがショックでした。新人であんなふうに扱われたら、すぐに心を病んでしまうと思います。他の先輩たちは見て見ぬふりだし(高梨は美波がくるまではターゲットだったので、余計に知らんふりだったし)、黒輪がコーヒーを入れなさいと指示すると自分たちも乗っかってバラバラに飲み物を頼む始末でした。私だったら、そのバラバラのオーダーを覚えきれず、メモを取るために聞き直してされにいじめられ、飲み物の熱さや濃さでまた怒られるのではないかと、パニックに陥っただろうと思います。昼休みにパシリでランチ買いに行かされるとか、こういうイジメは実際にありそうで、読んでいて心が苦しくなります。

久世原のセクハラも恐怖でした。今じゃ男性上司が女性のお尻を触るなんて、社会通念的にあり得ないと思うのですが、まだそんなことやっている組織もあるのでしょうか!?『エリカ ふたたび』では社長自らもっとひどいセクハラをしてましたが…私自身はセクハラにあったことはありませんが、同期の女性はお尻をさわる部長にあったことがあるそうです。その部長は、私たちの3年下の女性社員たちに、宴会のときに「じゃあ今日はみんなで部長のおしりを触ろう!」大会をされたそうで「オシリをさわられるのがこんなにイヤなものだと思わなかった、もう二度としない」と反省していたそうです。久世原も、泣きそうになりながら耐える美波や高梨ではなくて「部長ーお、アタシも部長のオシリ触っちゃいますよー」という部下がいれば変わっていたのでしょうか?そしたら切子に惨殺されなくてすんだかもしれないのに…

一番の大笑いポイントは、前作では巨大化する悪霊でありながらも、良介への深い愛を最後まで忘れなかった切なさ満開なはずの切子が、良介の勝手な世直しプランの手先になっているところです。久世原は切子に殺されるのですが、久世原が切子から逃げられなかったのは切子の霊の凶悪さに久世原の身がすくんだとかではなく、倉庫の鍵が中から開けられないようにサムターンキーが壊されていて鍵を開けられなかったからなんです。壊したのは、もちろん良介です。久世原が部下を倉庫に呼出してセクハラするとわかっていたからそんな手段をとったのです。化け物化した幽霊と人間が手を結ぶストーリーは…あるかもしれないし、幽霊が人間に恋するストーリーはむしろよくありそうだけど、化け物になった幽霊と彼女を殺した本人が、幽霊の意思ではなく本人の意思で世直しをするっていうのはとてもおもしろいストーリーだと感じました。

そんなわけで、私の中では「ホラー漫画」ではなく「ギャグ漫画」に分類したこの作品、そのことは作品が魅力的じゃないということを意味しているのではありません。とってもおもしろい作品でした。

本田真吾さんの作品は、また感想を書きたいと思っています。


にほんブログ村

PVアクセスランキング にほんブログ村


漫画・コミックランキング


レビューランキング

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です