エリカ/エリカ ふたたび

『エリカ』と『エリカ ふたたび』は、楠木哲さんの作品です。体臭がきつく、みんなになじめずに浮いている存在、それがエリカです。

最初の作品である『エリカ』で、エリカは祖母と一緒にゴミ屋敷に暮らしている高校生です。

ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。

非常勤で教師として赴任した青嶋は、問題児の閉野恵里佳の問題を解決すれば本採用も夢ではない、と学校側に言われて張り切ります。青嶋には結婚を考えているに女性がいて、はやく生活の基盤を築いて彼女と結婚したいのです。

生徒たちから「閉野」に関わるなと言われた青嶋はエリカのゴミ屋敷を見て少し引いた、という話を他の女子生徒としました。するとエリカはその生徒たちに「あんたたちが嫌なんだけど」とつぶやき、それを聞いた彼女らは不登校になります。悩む青嶋を助けると称してエリカを執拗に殴った教師はエリカに殺されます。

休んでいる生徒に話をきくと、エリカは幼い頃から思い込みが激しく自己中な性格でみんなに敬遠されていたことがわかります。エリカは青嶋に自分たちは愛し合っていて、婚約者は邪魔だとわめきます。そして、婚約者を拉致します。

青嶋が意を決してエリカの家を訪ねると、青嶋もなぐられ監禁されます。助けようとした祖母を、エリカは殺します。スキをみて拘束を解いた青嶋はエリカをなぐり、婚約者を助けて家をでます。家はロウソクから引火して全焼し、エリカの遺体は見つかりません。

1年後、子供も生まれた青嶋ですが、エリカの恐怖のフラッシュバックに悩んでいます。そんな青嶋家に現れたエリカに、青嶋は錯乱します。強い殺意に駆られて青嶋はエリカを何度も刃物で刺しますが、青嶋が我にかえるとそこには薄く笑うかのような表情のエリカと血まみれで倒れる妻がいました。

青嶋は精神科に入院しています。その傍らにはにこやかに「エリカのこと好き?」と聞くエリカがいます。

『エリカ ふたたび』では、20歳になったエリカが登場します。

青嶋は自殺し、エリカは精神科の医師の患者になります。医師はエリカに「頭がぐるぐるする」とき、心穏やかにすごせ、そうすれば明るく楽しい未来が待っている、と教え込みます。エリカはブラック企業で女ボス的存在の立花から仕事の丸投げや暴力や髪を切るなどのひどいいじめにあい、社長からは度を過ぎたセクハラを受けています。

エリカが入社する前に標的になっていた葛城はエリカを気の毒に思い、助け舟を出します。初めての友達ができたエリカは喜びます。しかし、葛城の態度が気にくわない立花は、自分の彼氏であるごろつきに命じて葛城に制裁を加えます。家に閉じ込め、大量の男性が繰り返し葛城をレイプします。先陣をきったのは社長です。身も心もボロボロになった葛城は自殺します。

エリカはキレます。医師が言っていた、明るく楽しい未来なんてない。エリカはまず葛城をレイプした主犯格の男を殺します。そして、立花を性技で自分の虜にします。立花に社長の妻を殺させたエリカは立花を殺し、その罪を社長にきせて葛城の復讐を果たします。

次に狙ったのは、嫌なことがあっても心おだやかに暮せば明るく楽しい未来が待っている、と「嘘」を言い続けてきた医師でした。医師を殺して満足したエリカは葛城の兄を物陰から見つめます。エリカは心の中で、あなたのかわりに王子様の妹になると葛城に話しかけます。

最初にこの作品に出会ったときにまず連想したのは『リカ 黒髪の沼』の原作でした。まだ漫画をみてなかったので、この作品は『リカ』を翻案して漫画にしたものかと思って、「原作 五十嵐貴久」というクレジットを探してしまいました。共通点は女性が一方的に男性を「運命の相手」と思い込んでストーカーすること、体臭がひどいこと、男性にとって悲劇的な結末を迎えることです。でも、今考えると、それ以外はストーリーもキャラクターも全然違います。楠木さんの作品をいくつか読んだ後では、ちゃんと楠木さんらしいぶっとんだ作品だな、と思います。

虐められていると思った少女が、実は恐れられていた、祖母の都合でゴミ屋敷に住んでいる気の毒な少女だと思っていたら、本人が得たいのしれないいかにも生臭そうな食べ物を好んで差し入れする不気味な女のコだった。なのにいつも明るくニコニコ笑って話しかけてくるエリカのヤバさは、臭いが画面から伝わってこなくても十分に怖いものでした。

いじめから守ってやる、と言っただけの関係なのに、突然キレて一方的に「アバズレ」と婚約者を罵り、自分を見つめようとしない青嶋を責めてくるエリカには鬼気迫るものがありました。エリカのこの態度は本当に唐突なので、もしちゃんと描かれてなければポカーンとしてしまうところだと思いますが、ちゃんとショックとして伝わってくるのは、やっぱり構成力があるからでしょうか。これからどうなっちゃうんだろう、という思いでドキドキしながら読み進めました。

ひとつだけわからなかったのは、設定としてエリカは、臭いさえなければかわいい女子高生なのか、それとも縮れ毛の目立つ変わった容貌の子なのか、という点でした。私の目にはエリカは十分かわいく見えます。特にニコッとしたところはかわいいです。でも縮れ毛はインパクトがあって、エリカが外見もちょっと変わってるということが強調されてるのかな?と思いました。青嶋がエリカを見て可愛さを感じ描写はまったくないので、設定上は平凡な生徒のひとりなのかもしれません。

ゴミ屋敷に入ってからは、もう不気味以外の何者でもありません。理不尽な怒りで自分の祖母すら平気で殺してしまうエリカの姿には恐怖以外感じないし、1年経ってもフラッシュバックに苦しむ青嶋の気持ちがわかります。そして錯乱してエリカならぬ妻を殺してしまったのを見つめるエリカのなんともいえない表情が秀逸でした。普段なら「先生、ありがとう!エリカのために邪魔者をやっつけてくれて」と言いそうなエリカが、無表情と微笑みと憐れみの混じった絶妙な表情で黙っている…すごい表現力だと思います。

そして続編。続編はエリカがまったく変わっています。つらい環境の中でも、医師の言葉を信じて、頭がぐるぐるしてきても、我慢していれば明るく楽しい未来が待っている、と、糠味噌をかき混ぜて元気にしているのを見ると、前作でエリカに感じた恐怖を忘れて、エリカが(外見とは関係なく)かわいく見えてきます。前作で犯した数々の殺人を忘れて、幸せになってほしいよね、とすら思ってしまいます。いじめは大人がするとは思えない直接的で過酷なものです。髪を切られるシーンでは心が痛みました。エリカに対してそんな気持ちになるとは。そうかと思うと、セクハラもされています。

でも、社長って「パソコンもできないお前」と言ってますよね。エリカは立花に仕事を押し付けられたりしてるのですが、いったいどんな仕事をしてるのでしょう?社長は業務時間中にしょっちゅう女性社員にセクハラ(というより性犯罪のレベルで)してるし、それで成り立ってる会社っていったい。謎です。

そんなエリカが「明るく楽しい未来なんて来ない」と思うきっかけ、葛城への暴行と葛城の自殺はショックです。立花、悪すぎる。前作はストーカー物語ですが、続編は復讐物語です。

復讐を決意したエリカがとる手段もまたぶっとんでます。まずは薬品を使って男性を拷問にかけて情報を引き出しつつ殺します。ある意味、コミュニケーションがとれるようになっているのです。あくまでも、ある意味ですよ。前作のときは、ただただ殴るだけだったので、いつの間に薬品を使うとか思いつくようなキャラクターになったんだよ、エリカ!と、心のなかで話しかけちゃいました。

エリカは男たちに襲われても動じません。胸はえぐれているし、体は傷だらけ。どんな壮絶な過去があったのでしょうか。それはエリカが「王子様」を追い求めるストーカーになったことと関係あるのでしょうか。語られない闇があるのもよかったです。

立花を取り込む手段も驚きでした。体臭がきついから口臭もひどいような気がしていたのですが、キスをしただけで立花がメロメロになるところをみると、口臭はあまりないのかもしれません。そして、いつどこで覚えたんだ、性技。女性の立花を自分の軍門にくだらせちゃうエリカは、前作の冒頭で青嶋にニコッと微笑みかけた清楚系エリカの姿からは想像できません。

どんどん復讐を果たしていくエリカにはちょっとだけ『必殺仕事人』をみているようなカタルシスをおぼえますが、医師がターゲットになると、エリカの異常性がまた際立ってきます。でも、「何でも自分が我慢して心穏やかにしていれば問題は解決できる」という教えは、ウソツキとそしられても仕方ないかな、という気はします。頑張ればなんとかなるというのは、単なる根性論なので、精神科の先生ならもうちょっとエリカに寄り添ったアドバイスがあったんじゃないかな、と思います。

最後には、葛城の兄を「運命の王子様」と思って、本来の性質が蘇ってきたエリカ。ここからはまた悲劇が繰り返されるのだろうと思います。

ストーカーはターゲットを変えるだけで、ストーカー気質が治ることはないと聞いたことがあります。エリカもそうなのかな。

エリカのキャラがしっかりしている一方で、続編が前作とまったく違うテイストなのがとてもおもしろかったです。

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