『リカ』は原作 五十嵐貴久さん、作画 富士高因さんの作品。背筋が凍るような恐怖を味あわせてくれます。
印刷会社に勤める本間隆雄は出会い系でリカと名乗る女と知り合います。電話で話した時の声の美しさに隆雄はほれぼれします。
ここから先はネタバレなのでご注意下さい。
リカに会うかどうか迷う隆雄でしたが、日を追うごとにリカからのアプローチは異常性を増します。ひっきりなしにかかってくる電話、本当とは思えない異常な自分語り。隆雄は恐れをなして携帯を棄て、リカとのコンタクトを絶ちます。ところが新しい携帯にもリカから電話が入り、リカは知らないはずの隆雄の娘の様子を語ります。ある日表参道でリカだとしか思えない女に追い回された隆雄はついに探偵を雇います。
探偵は惨殺死体で見つかります。リカの案件は死の前に彼が頼った刑事に引き継がれます。刑事は隆雄に身の危険を説き、妻にすべてをうちあけるよううながします。そんな中、リカは隆雄の娘を誘拐します。娘はすぐ発見され保護されますが、隆雄はもう待ったなしの状態に追い込まれていることを実感します。
リカと対峙する隆雄。ゴルフクラブでリカを滅多打ちにしてクルマで運ぼうとする隆雄ですが、リカは驚愕の体力で事も無げに隆雄に麻酔を打って連れ去ります。気づくと縛り上げられている隆雄。嬉しげに隆雄の目をくり抜こうとするリカ。飛び込んできた刑事がリカを撃ち、隆雄を救います。
家に帰り妻子が去ったことを知る隆雄。そこに刑事から連絡が入ります。瀕死だったはずのリカが救急隊員や同行の警官を殺して脱走したのです。その知らせを聞く隆雄はリカが自宅まで追ってきたことに気づきます。
リカの足跡を追って廃病院を訪れた刑事は異様なものを目にします。クリスマスツリーに吊るされた人間の目、鼻、口、手、足。刑事はリカが「要らないモノを棄てていった」ことを直感し、隆雄の運命を思って戦慄します。
夏の盛り。ゴミ袋が溜め込まれた部屋。にっこり笑うリカ。ケーキとお茶を振る舞う相手は、頭と胴体だけになった椅子にくくりつけられた隆雄なのでした。
このお話、うろ覚えなのですが、原作を読んだことがあります。原作もとても恐ろしくて、でも、怖いもの見たさで何度も何度も読み返してしまいました。
漫画では出会い系で遊ぶ百戦錬磨の遊び人として描かれている隆雄ですが、確か原作では遊びを知らない真面目なサラリーマンで、友人から手ほどきを受けた初めての出会い系で不幸にもリカと出会ってしまった、ような覚えがあります。なので原作のほうが自業自得感が薄く、絶望感も際立っていた気がします。漫画の方ではかなり身勝手で女を泣かせてきた様子なので、何故その設定にしたのか、興味深いものがあります。
遊び人なところとそれに反して奥様が無意識に別格なところ、娘を溺愛しているところは絵によく現れていて、絵面としてはこの方が面白いのかな、と思いました。
表参道でリカと出会うところ、夜の遊園地でリカと対決するところ、ラストシーンはリカの唇や爪、信号などだけが赤く彩られていて印象的です。リカの異臭はリカの最大の特徴のひとつで、原作でもとっても気になるのですが、漫画でもく表現されています。楠木哲さんの『エリカ』でも体臭は描かれていますが、エリカではともすると体臭のことを忘れてしまうのに対して、この作品ではリカの体臭がよく描かれていて、原作を読んだ身にも満足でした。
リカの長い毛が玄関に貼り付けられているところは、原作では不気味さしかなかったのですが、漫画だと具体的にセロテープで一房一房貼り付けられているのでちょっと可笑しみがわいてしまいます。ドアの取手に髪が巻きついてたり、めっちゃ気持ち悪いんですが、それを中にいる奥さんと子供に気づかれないようにリカがペタペタ貼っていると思うとどうしてもおかしくって。
殴られても撃たれても甦るリカの強さについては「そういうものだから」としか言いようがありません。狂人のうえ強靭な肉体(あ、つまんないシャレを言ってしまった)。誰もが恐怖するリカらしい話です。リカの行動は完全に自分の殻にこもって隆雄の言葉は何も聞かず一方的な思い込みで隆雄のソンザイに執着するもので、出会い系でそんな女と接触してしまったことだけが隆雄の落ち度です。出会い系では一般には女性の方が危険な目に合うことが多いと思われますが、こんなストーカーに出会ってしまったら男性だろうと女性だろうともう逃げられないのです。
人間は話すこともみることも見ることもできず身動きもとれない状態でおぞましい匂いを嗅ぎながら憎んでいる声で愛の言葉を、あたかもそれが自分の望みであるかのように囁かれて、自責の念にかられて、どのぐらいの期間、正気を保っていられるものでしょうか?とても恐ろしい話でした。