『親愛なる僕へ 殺意をこめて』は原作 井龍一さん、漫画 伊藤翔太さんの作品です。前半と後半で主人公が、同一人物なのですけれど変わります。
初っ端では大学生エイジが合コンを楽しんでいます。楽しんでるのかな?合コンって空気が微妙になることもありますよね。エイジは一見かわいい普通の男子ですがよく顔芸をします。顔芸のときのエイジはダサダサなだけでなく清潔感も危機にさらされるので私はエイジの顔芸はあんまり好きではありません。でも、エイジはいいヤツです。
ここから先はネタバレなのでご注意下さい。
実はエイジは猟奇殺人犯、LLの息子です。友人の中にはそのことでエイジに悪意を持って接している者もいますが、エイジはそんな冷やかし気味の視線や心ない仕打ちにも慣れています。大学生になってから養父母の家を出てダサダサの童貞オトコとして一人暮らしをしているエイジですが、ある日目が覚めると憧れの美女と同衾しています。そのことをきっかけに自分が二重人格であることに気づいたエイジ。もうひとりの自分であるB一の行動を確認するためSKALLという半グレ集団と交わります。エイジとその恋人の身体をはった活躍によってSKALLの犯罪行為が暴かれ、SKALLのヘッドは美女惨殺事件の容疑者として逮捕されます。
しかし、美女惨殺事件は、エイジの恋人京花がおこしたものでした。目的は、父親は冤罪だと信じるB一に真犯人などいない、父親こそが殺人鬼LLなのだと思い知らせるため。しかも京花は二人目の人格であるエイジを殺すと言います。ショックをうけるエイジ。そして・・・B一がふと気づくと目の前には血だらけで意識を失っている瀕死の京花が横たわっています。飛び込んできた警察に、B一は自分が京花を刺した犯人だと告げ、逮捕されます。
留置所のB一は面会に通う友人の真明寺に自分の過去を語ると同時にエイジへの人格交代が起こっていないと告げます。裁判の判決が出る前、B一は脱走します。目的は父親の無罪を確認すること。LL事件にも関与していた刑事らが父親を自殺と見せかけて殺したことを突き詰めます。刑事らと対峙し、彼らが死を選んだことを確認した後、B一は病院にいる京花を、養父母の娘である姉が襲ったことを知ります。姉は逮捕され、京花をめった刺しにしていたのも姉だったことが判明します。
京花が襲われた瞬間を盗撮映像で確認していたB一は、何か手がかりがあることに気づきます。その手がかりを追っていくと、LLは父ではなく、養父だったことがわかります。養父は殺人鬼なだけでなく、B一の父に罪をきせ、息子であるB一を手元で育てることに歪んだ喜びを見出していました。B一に自分を殺させようと挑発する養父ですが、B一はそれには応じず、養父を警察に引き渡します。
1年後、京花の裁判でB一は証言し、京花がエイジの人格を殺しながらも本心ではエイジと再会することを望んでいたことを暴き、京花の心に愛する人を失った悲しみを実感させ、京花が人間らしい心を取り戻すためのきっかけをつくります。それからさらに時が過ぎ、B一は刑期を終えて釈放されます。B一と会った真明寺はB一の中にエイジが確かに存在することを確認して微笑みます。
実際にはもっと複雑なお話なんですが、本当の大筋だけをまとめてみました。上記のあらすじが変でも実際に読むと納得できるエピソードや人間関係や心理の描写がいっぱいあります。冒頭の合コンシーンからは想像できない重たい話ですが、読んでみる価値ありです。オススメです。グロが苦手じゃなかったら是非読んでください。
最初にちょっと触れましたが、エイジの顔芸はあまり好きではなくて、最初のうちは読み進めるかどうか迷うところもありましたが、展開の面白さに惹きつけられて読んでいるうちに、ダメダメだと描写されているエイジが意外に行動派でカッコイイことに気づきました。SKALLにまつわる行動は勇気と男気にあふれていて、ダメオトコの片鱗もありません。惨殺された美女畑中葉子が、エイジのことだけは少女のように盲目的に慕っていたというのもわかります(葉子が惚れているのは実際はB一ですが)。本人は自分のダメさを利用してSKALLのヘッドを追い詰めたと言っていますが、そういう計算も含めてエイジったらすごいです。
そんなエイジの彼女、京花。暗い過去を持ち、LLによって地獄から救い出されたと信じる彼女は、80年代アイドルみたいなキレイで明るくてかわいくて行動力もあるカンペキな女子大生。SKALLのヘッドとのからみでは勇敢に敵と戦い、エイジをサポートします。でも実を言うと京花を見るたびに、なんだかちょっと時代錯誤な感じというかなにか引っかかるものがあったのですが、実は暗い過去を持つ疑似サイコパスであることがわかってからはその完璧な笑顔もしっくりくるようになりました。
エイジの人格が殺されてB一がエイジになってからは、別の漫画かと思うほど絵が変わります。基本的に美しくなります。ストイックで誰も信じず目的のためなら手段を選ばずニコリともしないB一を見ていると、読者としてもエイジのことが懐かしくなります。裁判のなかでB一が証言しているとおり、エイジはどこまでも人に優しく、赦すということを知っているいいオトコで、あの顔芸もエイジの素直さが洗われたものだったのだな、と思えてくるからすごいです。なんて表現力の高い漫画家さんなんだろう、と驚嘆しました。エイジを「自分の作品」と自慢する養父の言うことももっともです。父をLLとして受け入れ、そのことで好奇の目で見る人も攻撃してくる人も赦す優しいエイジと、父の冤罪を信じ目的のためには手段を選ばない冷徹なB一のどちらもとても魅力的です。
あらすじではちらっとしか触れなかった刑事さんたちや真明寺も、あらすじではかすりもしなかった大学の友達も生き生きとしています。畑中葉子も素敵なのですが、あれ?畑中葉子さんって芸能人でいたよね?ラブレターフロムカナダって歌ってて、すぐ引退してすぐ復帰してセクシー系に転向した人・・・と知ってる私は結構な年齢ですが、原作者さんや漫画家さんは知らない年代なのかも。ちなみに畑中さんが復帰してセクシー系になったのは、お金のために働かずにいられず、セクシー系なら雇ってやると言われたからだそうで、芸能界って厳しいですね。
エイジが留置所から脱獄するのは、弁護士と会った後アクリル板を蹴って設備を破壊する方法を使っていて、実際そんな犯罪があったのを思い出しました。作家さんにとって現実に起きるエピソードはネタの宝庫ですね。「そんなバカな」と思えても、現実にそういう事件が起きているので説得力があります。でも興ざめしないようにもしなきゃいけないし、創作って難しい。
真明寺は陰キャでぼっち。最初にちょっとでてくる名脇は狂犬。田舎の大学を何十年も前に卒業した私にとっては「大学生にもなってそんなキャラいる?」ですが、今の大学生にはそういうひともいるのかな?ボッチはいてもいい気もするけど、大学生にもなって暴力をひけらかしてナンパするオトコはイヤだな。真明寺はぼっちなだけじゃなくてピッキングに詳しかったり自家製花火を持っていたり、お店のセキュリティをくぐり抜けて花火をお店のあちこちに設置したりして、そんなことあるかい!なところはちょっとありますが、気にしない、気にしない。