『切子』はキリコと読みます。本田真吾さんの作品です。ホラーに分類されると思います。
嵐の中、廃校になった中学に集まった6人の同窓生。彼らはKと名乗る人物から、同級生の奥村切子の17回忌のために呼び出されたのでした。良介は学校のアイドルだった切子の明るく愛らしい姿を思い出します。その一方で、表紙は腹筋が6つに割れたクビの長い異形のセーラー服姿のモノクロのイラストに赤が印象的に使われていて興味をそそられます。
ここから先はネタバレなのでご注意ください。
廃校の中で仲間2人が一人ずつ殺されていきます。ふたりとも人に殺されたとはとても思えない残虐な死に様です。残された4人の前に現れたのは巨人化した異形の切子。切子はさらに一人ずつ殺し、残ったのは良介とみずほ。ふたりは生き残るヒントを求めて、学生時代に埋めたタイムカプセルを開けます。そこには良介が思い浮かべていたのとは全く違う醜い切子の写真が。実は切子は美少女とはかけ離れた醜い容姿からひどいいじめを受けていたのでした。イジメを見かねて切子をかばった良介を切子は慕うようになりますが、それをうとましく思った良介は、ある日吊り橋の上で切子の手を振り払い、そのはずみで切子を死なせてしまったのでした。自責のあまり、切子は美少女で謎の死をとげたと記憶を書き換えていたのでした。すべてを思い出し反省する良介。
最後には切子は校舎よりも巨大化し、良介とみずほを襲おうとします。謝罪し一緒にいようと語りかける良介。ふと気づくと良介とみずほは崩れた廃校の前で気を失っていたのでした。
生かされた喜びで生まれ変わったようにポジティブになる良介。上司のイジメにも屈せず元気に仕事します。その窓の外にはさらに巨大化した切子の姿が…
切子=せつこで、キリコというのはどうやら侮蔑を含めたあだ名のようです。良介はキリコを美少女だと信じていて、周囲もノリでそれに合わせて言動するので読み返すとさらに味わいがあります。リボンをつけた姿を披露するキリコ。アイドルばりのドレスで全校生徒の前で歌うキリコ。真実を知ってからその姿を見返すと、切子がかわいそうでなりません。同級生が7人しかいない環境で、年老いた両親を持ち、タバコの火を押し付けられるような過酷な学校生活を送っていた切子は、親にも相談できず、唯一助けてくれた良介にはバケモノ呼ばわりされ、どんなに辛かったことでしょう。
ただ…最初に「ホラーに分類されると思います」と、含みのある書き方をしたのには理由があります。6人の同級生の中にはミュージシャンくずれの正雄がいるのですが、音楽室でピアノを弾くキリコと、自作の歌でセッションしたりするのです。本当はこわいはずなのに、幽霊とセッションしてちょっと興奮する正雄には笑ってしまいました。しかも立ち上がり襲いかかろうとするキリコに「お前こんなに大きかったっけ?」と聞く始末。笑わせようとしてるとしか思えない。そのわりに正雄の死に様は悲惨なのですが。
キリコが巨大化するのも謎です。首が伸びて頭を天井にこすりつけながら歩いたり、長い手足をバッタのように折りたたんで跳躍しようとするような姿勢で走ったり、画力的には迫力があってよいのですが、実際には天井があるから跳躍できない…そのあたり、ギャグととらえていいのか、あくまでホラーとして怖がるべきか、微妙な気持ちになります。
それぞれの殺され方はグロくて怖いです。でもどうしてもどこかギャグなのかと思ってしまうこの作品。巨大化したキリコが学校を崩すところも、ここは笑いどころなのか怖がるべきか、悩んでしまいます。
何故ギャグだとおもっちゃうかというと、切子の哀しみ、切なさ、苦しみに対して、巨大化して圧倒的なチカラで復讐するという方法が合わないからだと思います。侮蔑のためにかわいいリボンをつけさせられたり正雄の歌を歌わされて、笑顔を作りながら涙を流していた切子、好きな男の子にバケモノと罵られた切子、思い詰めてその男の子に「バケモノでごめんね」と謝った切子。そういうパーソナリティと巨大化して和哉を頭からバリバリ食い殺すキリコが全然あわないのです。しかもずっとキリコは「りょうすけくん、だあいすき」と言ってるし。
ラストで、良介が「ここ一週間みずほに連絡がとれない」と言っているのはみずほの身の上に何か尋常ならざることが起きたからだと推察され、戦慄はしますが、良介の会社の窓の外にキリコが現れてもなんだか怖くないのでした。
本田真吾さんは「ハカイジュウ」で有名らしいのでしが、ハカイジュウは読んだことがありません。結構多作なのか、それともRenta!になりやすいのか、Renta!で読める本田さんの作品は結構多いです。どの作品も何度も何度も読んでしまいます。切子は後日談の『切子・殺』があって、これを読むと切子と良介の関係にもギャグ度にも一歩進展があって、これも好きです。