アラフォー花道

『アラフォー花道』は長崎さゆりさんの短編作品です。表題作では、40になった珠樹が友人の和江と美智子と飲んでいると、ふたりからそれぞれ結婚すると報告されます。焦った珠樹は自分も結婚すると宣言します。

珠樹は長年、裕二と同棲しているので、裕二と入籍すればよいと思ったのです。

ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。

ところが、裕二には好きな人がいるといわれます。3年前、当時他の男と付き合っていた珠樹は裕二に「裕二とは一緒にいすぎてもう恋愛感情は持てない」と言い放っていたのでした。裕二は当時はとてもショックだったといい、恋愛関係が終わったと思いながらもずるずる同居していたことを詫びて出ていきます。

珠樹は、和江と美智子に裕二を会わせたことがないのをいいことに「ゆうじ」という名の男性をみつけるべく、結婚相談所に駆け込みます。断られるばかりの珠樹は焦ります。すぐ離婚してもいいのだからとにかく結婚すればいいだけなのよ、とキレる珠樹。結婚になんの目的ももたない人を成約させるのは一番難しいと諭され、一切の条件を撤廃した珠樹に紹介されたのは、やもめの60代の男性でした。時代錯誤的な男尊女卑の言葉を繰り返す相手に珠樹は憤りますが、同時に自分を見失っていたことにも気づきます。

家に戻ると、出ていった裕二が鍵を返しにきています。ちゃんと挨拶して礼を言って終わらせたかったという裕二に、珠樹も改めて感謝します。3年前に結婚したいと言っていればしていたか、と問う珠樹に裕二は頷き、珠樹は「でも3年前に私は結婚したくなかった」と、すれ違いがあったことを認めます。珠樹はここで初めて、大事な人を大事にすることを忘れていたと気づきます。

和江と美智子に会うと、和江が「プロポーズされたと思った言葉は実はお別れだった。結婚資金を渡されたと思ったお金は実は手切れ金だった」と、結婚できないことを報告します。美智子も、彼が前妻への慰謝料と養育費のために美智子の名義で勝手に借金したことをきっかけに分かれたといいます。珠樹も自分の実情を報告します。

珠樹は少しだけ謙虚になり、今まで見下していた若い女性の意見にも耳を傾けるようになります。

長崎さゆりさんは好きな作者さんです。女性の虚栄心や幸せになりたいという気持ちや現状を憂う気持ちと物語を巧みに組み合わせて描いて、自分にまっすぐに向き合う物語も得意だし、逆に自分から不幸に邁進してしまう姿を描くのも得意です。絵も華やかで美しく、派手でわがままな女も、地味で地道な女も自在に操ります。

この作品は、口紅の色に至るまで、自分のスタイルにこだわりがあって管理職にも昇進して、自分の価値を疑わない珠世が主人公です。冒頭でピンクの口紅を若い店員に勧められていらだつ珠樹からは頑なな印象を受けます。美人で、たしかに40歳には見えない珠樹がいちいち若い子にいらだつ姿には、最初から「あれっ?」という気持ちになります。

そこで同級生に結婚を言い出されて焦って、それだけの理由で「私も結婚するのよ」と言い出す珠樹には読者のほうが焦ってしまいますが、同棲相手がいると知って納得します。と、思いきや。いきなり裕二に「好きな人がいる」と告白されて、珠樹と一緒に読者も驚きます。

でも、珠樹は自分が結婚できないことに焦るだけで、裕二に執着もしないし、後悔もしません。そういえば、不倫をしている美智子に対しても、結婚すると聞けば動揺するのに、結婚の話を聞く前は、美智子には鈍感なところがあるから不倫なんてしていられるのだ、と見下しています。

失恋のショックもなく、お見合い相手の気持ちを思いやることもなく、ひたすら結婚に機械的に邁進しようとする珠樹の前に立ちふさがるのは、自分そっくりの男性でした。妻を亡くして、妻の代わりに自分に尽くすだけの女を探すために結婚相談所に入って珠樹と会った男性。無礼な態度には無礼な態度でお返し、とばかりに男性にお断りをする珠樹ですが、読者はここでスッキリはできません。彼と珠樹は鏡みたいな存在で、女友だちの結婚に遅れをとりたくないだけで結婚しようとする珠樹に、珠樹の言葉はそのまま跳ね返ってくるからです。

改めて珠樹と話したかったという裕二との会話を通して、珠樹が自分を顧みてなぜこうなったかを理解するところで、初めて読者の気持ちにも落とし所が見えてきます。同棲してる男がいるから自分さえその気になればいつでも結婚できる、同棲してるから多少の浮気をしてもバレなければ平気、と考えて、裕二の気持ちを一度も大切にしてこなかったことが、自分が結婚を考えた時にパートナーは消え失せ、自分は独りだという現状を招いたことに気づいた珠樹の姿を見て、読者も悲しい気持ちになります。

残念だったのは、和江と美智子と再び会ったときに、結婚できないことを切り出したのが、珠樹ではなく和江だったこと。男を見る目のない美智子を、見下す目線が無くなったとは言い切れないところです。やっぱり、ここで一皮向けて素敵な大人に近づいたことを見せるため、珠樹が最初にふられた事実を切り出して、他の二人の幸せに水を差してごめんね、と言ってくれれば、さらにスッキリできたような気がします。

長崎さんは自己反省しないタイプの女性を突き放して不幸に向かって進んで行くところを描くのがとても上手な作家さんなので、珠樹を突き放さずに寄り添って描いた本作は長崎さんの中では珍しい作品かもしれません。

最後のシーンでは、最初のシーンで小娘扱いして見下していた化粧品メーカーの店員さんのアドバイスを素直に受け入れてみることにした珠樹。これから彼女が課長として、上から命じるだけではなく、若い部下の力も信じて引き立てることができるかもしれない、今度のことで珠樹も成長したかもしれない、と思えるラストでした。

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