アグリッパ AGRIPPA

『アグリッパ AGRIPPA』は内水融さんの作品です。ガリア人側から見たガリア戦記です。最強の部族の族長候補ヴェルチンが、バラバラだったガリア人をひとつの勢力にまとめ上げ、ローマ人に対して圧倒的に優勢な状況をつくりあげる様が描かれています。

ヴェルチンはケナムブという街で、ローマ人に処刑される覚悟を決めていた少年族長、タラニスを救います。

ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。

ヴェルチンの腹心ヴェルカッシは、ヴェルチンの経歴をタラニスに語ります。ヴェルチンは親を亡くした後、一族を連れてガリア人傭兵としてローマ軍に入ります。マルクス・アントニウスの下で戦功をたて、その見返りに町をプレゼントしてもらっていました。ところが、アントニウスはローマの意向で、ヴェルチンとヴェルカッシの留守中にその町を滅ぼします。それからヴェルチンはローマを滅ぼすことを決意したのでした。

タラニスは一族を連れてヴェルチン率いる反ローマ同盟に合流します。ヴェルチンは勢力を伸ばしますが、同じガリア人で、ローマ側についているゴバンニティオに捕らえられ、処刑されそうになります。そこで謎の男ユリアクスに手引きされたタラニスに助けられます。ユリアクスの正体はユリウス・カエサル。ヴェルチンとタラニスの人柄に興味を持ったカエサルは面白半分に彼らを助けたのでした。

そこからヴェルチンの反ローマ同盟は勢力を拡大し、その勢いを怖れたローマは、カエサルをガリアに投入します。ヴェルチンはタラニスを使ってローマに協力していたガリア人のリタウィクスを反ローマ同盟に寝返らせ、ゲルゴヴィアでカエサルに勝利します。正面切ってカエサルに勝ったただ一人のガリア人族長となったのです。

しかし、ガリア人は一枚岩とはならず、ヴェルチンの戦略を守らない族長もでてきます。その族長が敗北したことでヴェルチンの戦略はかえって評価を高め、反ローマ同盟は膨れ上がります。

カエサルは捕虜にしたタラニスに、自分がかつてヴェルチンとタラニスを助けたのは、バラバラだったガリア人をひとつにまとめて一回だけ戦ったほうが、個別の部族を一つづつ潰していくより効率がよく、ヴェルチンにはガリア人をひとつにまとめる力があると見抜いていたからだと説明します。さらに、自分がガリアを平定しようとする理由は調伏させることよりも、ローマの先進の文化をガリアに行き渡らせてガリアを豊かにすることが目的であると述べます。

カエサルはタラニスを開放し、タラニスはカエサルから教わったことをヴェルチンに伝えます。ヴェルチンはカエサルの意図には興味がなく、ただ打倒ローマを掲げるのみです。

カエサルは不利な状況の中、圧倒的なカリスマで兵士を鼓舞します。カエサルとヴェルチンは戦場で相まみえます。ヴェルチンの放った槍がカエサルの身体を逸れたとき、全ては決まります。ローマ軍にはアントニウスが援軍に現れて戦況は混乱し、リタウィクスは再びローマに寝返り、勝利を目前にしていたガリア軍は破れます。

ヴェルチンはカエサルの元に赴き、自分のクビを捧げることを条件にガリア人への慈悲を請います。カエサルは受け入れてヴェルチンを捕虜とします。タラニスも死または捕虜になることを覚悟しましたが、カエサルはタラニスを引き取ってマルクス・ヴィプサニウス・アグリッパと名乗らせ、姪の子、ガイウス・オクタヴィアヌスに会わせます。

内水融さんの作品は『サエイズム』で初めて読みました。白黒が映える絵柄に破天荒なストーリーで、夢中になって読みました。5巻で一度終わったのですが、その後、連載が再開されています。5巻が終わった時点ではRenta!には他に短編集しかなかった気がするのですが、気づいたら内水さんの作品も増えていたので読んでいます。この作品はそのうちのひとつです。

結構前の作品のようですが、白黒の美しさはこの作品でも既に確立されていて、顔にタトゥーの入った、ヴェルチンを始めとするガリア人たちも魅力的です。ストレートのサラサラヘアで、クールなヴェルカッシも内水さんらしいキャラクターだと感じます。

ヴェルカッシの妹のセクアナだけは日本人っぽい顔立ちで女子高生っぽく、個性の濃い男性陣とくらべるとちょっと弱い感じもします。ゴバンニティオに人質にされて、それが原因でヴェルチンが捕らえられる、という重要な役どころだったので、もうちょっとカリスマがあってもよかったかと思います。『サエイズム』では強力な女性キャラたちを生んでいる内水さんですが、この頃は男性キャラのほうが力が入っていたのかもしれません。おもしろいです。

男性キャラは、悪役のゴバンティオも含めてみんな個性的です。なかでもやっぱり、ユリウス・カエサルはシブくてかっこいい!イケメンなのはヴェルチンとヴェルカッシですが、カエサルは年齢の重みが感じられて素敵です。元がガリア戦記なので、カエサルもやっぱり主役の一人なのですね。

今は、ロシアがウクライナに侵攻して3ヵ月というタイミングです。なので、ローマ人がガリアに侵攻して好き放題しているのも、ガリア兵とローマ兵が殺し合いをするのも、単なるエンターテインメントとしては捉えられず、辛い気持ちになりながら読むところはありました。それでも、戦略や駆け引き、ローマ軍の接城土手や攻め城櫓の設営などは見ごたえがありました。

焦土化作戦は怖いです。侵攻してくるローマ軍に対して、侵攻ルートと思われる場所を予め焦土としてしまい、侵攻軍の食料調達を不可能にして侵攻軍を弱らせるという作戦。とはいえ、みんながヴェルチンの言うことを聞いていれば、ガリア人はローマに勝てたかもしれない。それができなかったのは、多部族から成るガリアの文化のせいで、興味深かったです。

内水さんはこの作品を、なんとアシスタントさんなしで、スクリーントーン以外すべて自分で描いています。一番時間がかかったというローマ兵のモブも、ヴェルチンに切り捨てられるキャラやモブの姿も、武器も背景も、すべて内水さんの手からうまれているものです。その努力で、迫力ある画面がつくられているのですね。アシスタントさんがいること、いないことのメリット、デメリットは内水さんも述べていらっしゃいますが、最近は緻密な背景を見ても無条件で「おー、アシスタントさん、トレースすごい!」などと思ってしまうので、全部ご自分で、というのはすごいと思いました。

話はかわりますが、ヨーロッパ人がアメリカ大陸にたどり着いたとき、現地のネイティブたちの中には、7世紀ぐらいからの伝統を守って、洞窟や洞穴に住んでいた部族もいるらしく、それはそれですごいものの、産業革命を経験して技術を誇っていた欧州人が、それを見て一方的にネイティブアメリカンを「文化が遅れている」と決めつけて野蛮人扱いしたというのは、若干、わかるような気もします。カエサルが、ガリア人に、ローマの文化のよさに触れて取り入れて欲しいと思ったとしても不思議はない気はします。それでも、利便性よりも自分たちの自立と文化が大切だと思うガリア人の気持ちも想像できるし、文化のぶつかり合いは本当に難しいものです。やはり、利便性よりは部族の誇りのほうが重要だし、自分の部族への誇りが原因で、ガリア人がひとつになれなかったことも、やむを得ないと感じます。内水さんの描写は多角的な視点でこの物語を捉えさせてくれておもしろいです。

ラストは、タラニスが、2代目のマルクス・ヴィプサニウス・アグリッパになり、オクタヴィアヌスとの邂逅をはたします。激動の少年時代を送り、12歳でアグリッパとなったタラニス。オクタヴィアヌスとタラニスの人生も、内水さんの描くお話で読んでみたいな、という気持ちになりました。

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