ナナシーナくしたナにかのさがシかたー

『ナナシーナくしたナにかのさがシかたー』は原作 藤野晴美さん、漫画 片山愁さんの作品です。中学生、ナナシ(ナナシマ)とハルの物語です。ハルはその頃不思議なものが見えるようになってきていました。それは、霊です。多分、ナナシと一緒にいるうちに影響されたのです。

ナナシと一緒にいると怖い目にあうこともあります。

ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。

ある日ナナシはあるアパートにハルを誘います。昨日から気になっていたという場所です。しかし、すぐには行かず、ハルの家でゲームをして、アパートの前で「終わったな」と、何か確認してからそこに入ります。すると、中には自殺して息絶えたばかりの女性がいます。ナナシは、彼女は死のうとして死にきれず、死ぬまで助けを求めていた、と冷笑します。ということは、昨日の夜からナナシは彼女の状態を理解していながら助けなかったのかと、ハルはゾッとします。

その後しばらくはギクシャクしますが、結局2人は親友として過ごします。ハルは、自分が生まれるのと引き換えに母の命を失った子供。周囲から母親殺しの、生まれないほうがよかった子として扱われています。自殺を試みたこともあります。そんなハルに、ナナシは「生まれないほうがよかったという奴らのために死ぬより、一緒にいたい俺と一緒に生きろ」と叫んだ少年です。

そういうナナシは、母親に虐待されて育った子供でした。自分の目の前で母は飛び降り自殺をし、ナナシは母を生き返らせようとあやしげな術をつかっています。

ある日ナナシは家に火をつけて焼き、止めたハルを救い出したあと、また火の中に戻ろうとします。それからナナシは学校に来なくなり、結局そのまま転校します。

高校生になったハルは、ナナシを救えなかった後悔の中でいきていますが、ある日、不思議な体験からナナシが亡くなったことを知ります。ナナシの墓の前で、ハルはナナシの面差しをたたえた青年に出会います。彼はナナシの叔父。ナナシが残した日記をよませてもらうと、ナナシが闇に引きずりこまれたのではなく、自分の中に閉じこもった状態から徐々に回復して、ハルに会いに行こうと決心した翌日に、交通事故で亡くなったことがわかります。

ハルは、ナナシがなんども親友として自分を救ってくれたのに、自分はナナシに本当に寄り添っただろうかと改めて悩みます。ナナシを救えなかったかわりに、ナナシにSOSをだしていたハナオカを、父親からの虐待から助けます。

ナナシは帰ってきます。もう姿がちがうものとして。あるいは夢として。ハルは死んでしまったナナシに初めて、「生まれてきてくれてありがとう」と伝えたのでした。

師匠シリーズ』の片山愁さんの作品で、全然違う原作なのですが、似たような空気感があります。淡々としているのですが、湿り気があるのです。共通点はあります。霊が見える人の話で、大切に思っている相手がすでに目の前からいなくなっていることです。

藤野さんは最初からナナシに謝りたくて、ナナシの渇望を埋められなかった自分が辛くて、そのスタンスから物語を紡いでいるので、ストーリーの中のナナシも、いつも、人から必要とされることに飢えているように見えるし、その「人」もハルでなければだめなように見えます。

でも、ナナシはハルが引くとわかっているのに女性の死を待って、息絶えたところにハルを連れていったりします。このエピソードは始めの方で出てくるので、ナナシには露悪的なところがあるのではないかと、ちょっと身構えました。1巻はちょっとそうです。でも、ナナシの家に行って、写真の中でお母さんがナナシのクビの方に手を伸ばしているのを見たりしているうちに、だんだん、ナナシのちょっと斜に構えたところも気にならなくなっていきます。

ナナシが死んでしまったことは最初からわかっているのと、ナナシが何か不穏なことをしようとしている(会いたいと思っている人がいる、でも呼び出し方によっては、姿形はそっくりでも、中身が呼び出してはまずいものになっているかもしれないような手段をつかおうとしている)ことがわかってくるので、ナナシがどうやってハルの前から姿を消してしまったのかを知りたい、という気持ちになり、ページをタップする手がとまらなくなります。

しりたいことはもうひとつあります。ナナシはハルに、もしハルが死んだら、墓にお花を供えてくれると言っています。そして、そのあとハルの後を追うと言っています。ハルは、ナナシが死んだらお花を供えてナナシに話しかけるだろうけど、ナナシの後を追ったりはしません。何故ナナシがそこまでハルにこだわっているのか、それを知りたいと思いました。

火事の中でナナシはハルに一緒に死のうといいます。ハルは死にません。ハルを助けたあと、ナナシは自分だけ火の中に戻ろうとします。ハルは怒ります。ナナシはハルを置いて行こうとした…一緒に死ぬって言ったのに。見舞いに訪れたナナシの腕をハルは噛みます。

ナナシは叔父に引き取られ、ハルの前から姿を消します。高校生になったハルは、友人たちと、ナナシのことにふれずに、でも毎年のお守りはナナシの分も買って過ごしています。このあたりで思うのは、女の子であるアキヤマは、中学生時代から成熟していて、ハルたちが高校生になって成長したのに対して、アキヤマは中学時代から変わらないように見えるということでした。

原作の藤野さんが男性だから、藤野さんにはアキヤマが最初から大人だったように見えていたのではないでしょうか。ナナシのことで、アキヤマさんだってきっと、何かがすごく変わったと思うのですが。ハルがそう思えなかったのか、私が作品からアキヤマの成長を読み取れていないのか、微妙なところです。

最後まで読むと、中学生のナナシは親友としてのハルを必要としていたし、愛していた。恋人という存在で自分の渇望を埋めようとはしていなかった。でもそれ以上に、母への渇望、自分が、自分を虐待していた母を反射的に怖がったことが母を追い詰めたこと、あるいは自分が母を殺したと思い込んだことに責任を感じていた、どんなに異形の者を集めても母にはならなくて、母はもう戻らないことに絶望していたのかな、と思います。

ハルの気持ちも、ハナオカの気持ちも、そうなのですが、渇望を埋めるのはやっぱり自分がすること。人間が抱える問題は自分にしか解決できないのだと思います。でも、親とか子、友人、恋人は、渇望への癒やしにはなるのではないでしょうか。

ナナシはいろんなもの(霊的な意味で)が見えてしまう子だったから母を生みだそうとしたりしていて、それがオカルトだったけど、この物語の本質は、人を受け入れる、人間の優しい強さだと感じました。特に強さを感じさせてくれたのは、ハルがハナオカを救うエピソードでした。

ハナオカも霊が見える子だったので、有象無象に惑わされ、ナナシの日記を読んだあとにトチ狂って死のうとしたりしてましたが、役に立たない霊や、雇用主の言いなりにしかなれない家政婦や、生徒会長として頼りがいのある面だけを見てくる周囲の人でなく、SOSを発していることを見抜いて、本当に救おうとしてくれるハルを選べたことに、感動しました。ハナオカにかけたハルの言葉と、ハルに救けてください、と言えたハナオカは、この物語のカタルシスでした。

ナナシが、霊に取り憑かれて向こうに行ってしまったのではなく、ハルに会いに来ようとしていたのは嬉しかったです。ハルと出会えていたら、この物語を私が読むこともなかったのですが。ナナシが救われる世界を、多分皆が望んでた。でも、若くして、希望をもっているのに、人がなくなってしまうこともある。直接救えなかったことは、残された者にはいつまでも心のしこりとして残ってしまう。でもそれは決して、絶望ではない。そういう物語に、私には思えました。片山さんの作品なので少し似た空気は感じたけど、やっぱり、『師匠シリーズ』とは全然別のお話でした。読み終わってしばし呆然としてしまいました。

にほんブログ村 漫画ブログ 漫画感想へ


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です