『狂蝕人種』は室井まさねさんの作品です。風戸と美紗は友人らとともに6人で南国の島に観光に来てバカンスを満喫しています。その島には軍の研究施設があり、感染すると化け物になってしまうウイルスが出現します。
研究していたのはサルコ博士。風戸たちがドライブ中に轢いてしまった異形の者は、DNA鑑定でサルコ博士だと確定されました。
ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。
風戸らは軍に拘束されますが、元自衛隊の福田の機転もあって逃げ出します。日本に帰るためには本土に渡らねばなりませんが、軍が港を封鎖し、戒厳令を出してています。風戸らは観光ガイドに交渉して本土に行くために船を出させます。ところが船も化け物に襲われてガイドは命を落とし、福田は負傷します。
逃走中、風戸らはクラブのスタッフに声をかけられます。この島を生地とするこの国の歌姫がクラブで歌っており、今日はすべて彼女のおごりだというのです。風戸らは誘われて歌姫と親しく話します。そこに軍が制圧に来ます。歌姫は風戸らをスポーツカーに載せて逃げます。しかし、途中で福田が化け物に変わり、歌姫は殺されます。風戸らはほうほうの体で逃げます。福田は海で怪物に襲われたときに怪我をしたことから血液感染していたのです。福田が変身した怪物は軍に回収されます。
風戸らは歌姫の家族の家に、彼女が亡くなったことを伝えるために訪れます。息子のジルは、最初は起こったことを信じませんが、化け物がジルの家にも現れ、信じざるを得なくなります。
一方、軍の研究所では調査が進み、化け物はサルコ博士が開発したウイルスに侵された人間の成れの果てであること、一切の攻撃が無効であること、血液感染して島内で次々に増殖していること、しかし、感染した個体は24時間で自壊することがわかります。サルコ博士は中央政府と直接やりとりしており、本土から派遣されてきた軍は、この島を観光客も含めて閉鎖し、すべての住民に感染して皆が死に絶えた後に「完全体」を研究することに決めていました。
「完全体」とは、福田のこと。感染した人間は原型を留めない異形になり、人間の意識もなくなるのですが、福田だけは人間の姿と人格を保てることがわかったのでした。普通にしていれば理性はありますが、人が近寄ると食欲を刺激されて化け物化し、噛み付いて、相手を捕食し、完食しなかった場合は相手を感染させずにはいられなくなります。
再び軍に捕らえられた風戸らのうち、メイコがウイルスに感染させられます。研究者の思惑どおり、日本人の何かしらがそうさせるのか、メイコは2体目の完全体となります。彼らの唯一の弱点は酸素不足です。酸素がなくなると、化け物といえども活動が停止します。
福田もメイコも、自滅する道を選びます。あと仲間二人とジルも命を落とします。
1カ月後、風戸と美紗は軍のはからいで日本への帰途につきました。あの島は、たくさんの遺体を残して封鎖されています。
私の大好きな『煉獄少女』の作者、室井さんの作品です。お話の趣はだいぶ違っていて、未知のウイルスで化け物になってしまった人間に襲われるパニックホラーです。
パニックホラーものはそんなに好みではないのですが、室井さんの作品ということで、最後まで読んでしまいました。化け物がでてくる作品は、その姿がいかに個性的か、気持ち悪かったり怖かったりするか、というところを楽しむのも、面白がり方のひとつだと思います。この作品も、感染した人によって全然違う姿の化け物がでてくるのが面白かったです。ただ、ウイルスに侵された人間は、見境なく人間を襲うので、ウイルスに感染したというよりは「食べられて化け物に同化した」という印象を持ってしまうので、ウイルスっぽい感じはあまりしませんでした。
ただ、血液を介して感染していくということで、COVID-19のことを考えると、タイムリーな話題でした。封じ込めのためには島そのものを閉鎖してしまって、致死性のウイルスのため、人々が死に絶えてウイルスが死滅するまで待とう、という考え方が、すんなり頭に入ってきます。あってはならないことですが、この島で感染を封じ込めることで数千万人の国民を守る方が、この島の住民や観光客を治療するより優先する、というのも、過去に思っていたよりも、すんなり頭に入ってくるのが、なんとも言えずいやな気持ちになります(作品がいやなのではなく、封じ込めをして感染者が死に絶えるまで待とう、という考え方に対して現実感を持って「それしかないね」と思ってしまう状況が辛いということです。)
福田とメイコの最期はいまいちわかりませんでした。二人とも自分の意志で最期を選んだのですが、燃やしても冷やしても死なず、窒息しても動きを止めるだけの完全体なのにどうやって収束(終息)したのかな。福田の方は建物ごと封じ込めをしたとも考えられますが、何百年も経てば(数年かも)酸素が入り込んじゃうこともあって、復活してしまうのでは。そしてメイコはオープンスペースにいたので、たとえ燃えても灰がのこれば復活しそうです。灰になれば復活しないのかな?まあ、ストーリー上終わった、ということで構わないのですが、日本人が完全体になってしまう、それ以外なら24時間で死ぬ、という話だったので、ちょっと気にはなりました。
おもしろかったところは、6人のキャラクターがしっかりしてて役割分担があったところです。ウザキャラの下村、ヘタレの神野、司法書士で大人になっても学級委員っぽく世話好きで真面目なメイコ、好奇心旺盛な美紗、元自衛隊の資質を最大限に活かす福田、そして正統派主人公の風戸。風戸と美紗が日本に向かうところでは、もうちょっと亡くなった友達への哀惜も見たかったですが、最後はズルズルせずスッキリ終わるのも、それはそれでよかったです。
軍人さんや所長のキャラクターや頑張りも良かったです。感染の疑いがある所員の殺害を命じるなど、冷徹な所長ですが、本土から来た上位研究者とは違って、所長が恐れていたのはウイルスの封じ込めができなくなること。ウイルスそのものの性質には、本土から来た研究者やその上司が関心を持っていましたが、結局「日本人以外は24時間で死んじゃうし、窒息するとうごけなくなるけど、それ以外だったらパーフェクト兵器」ってことになったんでしょうか…今後この国に旅行する日本人の失踪が相次ぎそうで怖いです。
風戸と美紗、メイコとジルのラブストーリーもよい感じでした。
パニックものはあんまり読まないので、客観的な評価はつけられませんが、1巻から、発行されるたびに読んで、前のストーリーを忘れることもなく楽しく読めたので満足です。ただ…絵は『煉獄少女』の方が好みだったかなー。今回は主人公たちが社会人だったので、また中高校生がでてくる作品を読みたいです。