『殺人予告はあの頃』は伊藤イットさんの作品です。中学生の頃に「虚構人間」というBBSを作った彼方。ここに書き込みをすると虚構人間が願いを叶えてくれるという設定の冗談サイトです。
当時書き込みをしたのは彼方の親友、大和、景、司の4人です。
ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。
10年後。4人で飲んでいるとき、ふと虚構人間の話になります。彼方の彼女、真名子のパンツが手に入り、次にはカードゲームのレアカードが手に入るという、虚構人間に書き込まれた願いがかなっていたからです。3つ目の書き込みは、中学生のとき、大和と喧嘩した彼方が書いたもので、大和なんてクルマに轢かれて死んでしまえ、という腹いせです。
嫌な予感に駆られた彼方が、乗用車に轢かれそうだった大和を救けてひとごこちついた次の瞬間、大和は無人トラックに轢かれて死にます。
彼方たちはショックを受けますが、その理由は大和の死だけではありません。虚構人間の願いは1日1つ叶っています。8つ目には、真名子が死ぬという書き込みもあるのです。村上と五條というおよそ関係が無さそうだったクラスメイトが結婚するという願いすら叶っていました。彼方らは、真名子の死を阻止すべく、虚構人間への書き込みが実現しないように奔走します。電車が遅延するという書き込みがあった日には3人はあちこちの駅で事故がないように見張りますが、電車に載せられていた爆弾が爆発し、多くの人が犠牲になります。
学校が火事になる、という書き込みの日には、彼方は非常ベルを鳴らして生徒たちを外に集合させた後に放火して、大惨事になるのを阻止します。しかし、真名子の死が訪れる日、教師の加賀森先生と一緒にいたはずの真名子は自ら川で投身自殺をします。が、実はこれは狂言自殺。虚構人間には犯人がいるとにらんだ彼方と加賀森が、景と司をもだまして犯人をおびき出そうとしたのでした。そんな中、公園の銅像が破壊されるとの新たな書き込みがされます。
彼方は、犯人は、コントロールできない、村上と五條の結婚をきっかけにこの一連の虚構人間の実現が計画されたと感じ、村上の結婚を知っていた人物を突き止めるため、村上を訪ねます。すると、彼らの結婚式に景が呼ばれていたことがわかります。
景を拘束して公園の銅像を見張りに行った彼方らが景の元に帰ると、景は殺されています。彼方は、犯人はあの人物しかいない、と確信します。犯人は司を人質にとり、彼方らを、中学生時代の秘密基地、洞穴の前に呼び出します。
姿を現したその男は大和。自分が殺されたと見せかけて「いない人間」になり、その後のすべてを操っていたと主張します。しかし、彼方は彼が大和ではないと見破っていました。その男は大和そっくりに整形した村上でした。先日彼方が会った村上は偽物だったのです。
中学生の頃、たまたま虚構人間を見て自分のことが書かれているのをみた五條は人間不信になった時期がありました。村上と五條は結婚しましたが、彼方たちへの苦手意識は消えませんでした。ある晩、たまたま居酒屋で彼方らが入ってくるのをみた五條は村上を促して外に出ます。そこで五條は事故にあい、命を落としてしまったのでした。
今度のことはすべて、五條の死のきっかけを作った5人、なかでも、彼方、大和、真名子を深く恨んでいた村上が起こした復讐劇だったのです。すべてを告白した村上は、地の利を把握していた彼方が呼んでいた警察に拘束されます。
それから10年後。司は加賀森と結婚し、2児に恵まれています。彼方と真名子はまだ結婚していません。村上には死刑判決が下ったあとに獄中結婚した妻がいます。村上は、人間らしい気持ちを取り戻させ、心からの反省をもって獄中生活をおくらせてくれた妻に感謝しています。死刑執行の前、村上は妻からの手紙を受け取ります。
そこには、妻は村上が爆発した電車に乗っていたこと、その事故で母を失ったことと、村上を決して許さない気持ちが書かれていました。
真名子は顔の右半分を隠すほど前髪が長く、腰まである長髪です。うっかり夜道で見かけたら背筋が凍りそうな姿です。その真名子は中学生の頃からずっと4人の男性のマドンナです。「真名子は死ぬ」とBBSに書かれたのは、真名子が彼方を選んだことに拗ねた司の腹いせです。現在の景の気持ちはわかりませんでしたが(私が見落としてるかも)、大和も「真名子は俺とは仕事以外のどうでもいい話なんてしてくれないよ」と、いまだに若干拗ね気味です。
最初に読んだときは、真名子のこの不潔っぽい髪型が気になって、お話がすっとはいってきませんでした。途中でバッサリ髪を切るので、連載中も不評だったのでしょうか?ちなみに、真名子がそんなだらしなくもうっとおしい髪型をしていたのは、付き合い始めた頃の彼方に「ミステリアスな女性が好き」と言われたからだそうで、ヒロインではありながらも、真名子も若干拗らせ女子です。親友男子ふたり(彼方と大和)の秘密基地にも強引についてきて混じってたということだし、加賀森先生の胸の大きさばかり気にしてたりするので、真名子ちゃんはあんまり私の好みの女の子ではないかも。五條さんが大人になって、予言どおり村上と結婚していても「私、あの人たち苦手」と、顔を合わせることを避けたくなってしまう、うざい女子扱いされてたのも無理はないな、と思ってしまうのでした。
もちろん、死ぬかもしれないと思いながらも元気に振る舞う健気なところもあって、決して嫌な子ではありません。ただ、少なくとも、女性も読む可能性のある漫画では、ヒロインの容姿に清潔感は重要だよね、と思ってしまった次第です。髪の毛バッサリいって嫌悪感が払拭されてからは、お話自体も俄然読みやすくなります。ただ、10年後には前髪はスッキリしているものの、また腰まで伸ばしちゃってるので…やっぱり真名子、あんまり好きじゃない。たとえば初音ミクが超長髪なのは全然気にならないんだけどな。何故不潔だと感じてしまうのでしょうね?
髪型のことだけで長々と感想を書いてしまいました。キャラデザインは重要です。
でも、この作品に惹かれたのは、表紙の、長髪の真名子の絵です。髪は本編ほど長くはありませんが、細い裸体と伸ばしっぱなしの髪の女子のクビに拘束紐、赤い目、という異様な姿に「この子が長期拘束されてて精神を病んでて、それで巻きおこるミステリー作品なのでは」と、ワクワクさせられました。
そしてお話は全然ちがうものの、期待を裏切らず、面白かったです。昔作ったBBSに、過激な言葉が並ぶ様が、みんなの当時のちょっと荒れた気持ちが現れています。というか、虚構人間というコンセプトは皆面白がったけど、いざ「ここに書かれたことが現実になる」と思うと、気軽に書き込みする気になれなくて、ケンカして怒ってたり、フラレて絶望にひたってたりしたときだけに、ひょいと、思っているより過激なことを書き込んでしまう、というのは、感情の起伏の激しい子供のときにはやってしまいそうな気がします。
後で考えると、「村上と五條が結婚する」という書き込みだけ明らかに種類が違うので、勘のいい読者さんなら、このへんで犯人にも見当がつくのかもしれませんが、私はあっさりと騙され、「まさか大和がいきていたとは」と思い、次には「人まで雇って村上の素性を隠していたとは」と思って、まんまと作者さんに翻弄されてしまいました。
加賀森先生が、真名子の表情と指の動きで、彼方からのメッセージの内容を推理するシーンは面白くて、とても印象に残りました。
ラストは心に深く突き刺さりました。愛してくれていると思った女性が、実は自分を心から憎んでいたと、処刑されるときに知った村上の動揺も気になりますが、村上が仕組んだ列車爆発事故で、母と右目を失った少女が、何を思って生きてきたのか、死刑が決まった村上と結婚してまで人間の心を取り戻させて、化け物ではなく人として死なせようとした彼女は、その本懐を果たし後、どんな気持ちで生きていくのか、村上の処刑後、その気持ちから解き放たれて生きて生けるのか。最後のエピソードは何度も何度も読んでしまいましたが、自分の中で、どうにも落とし所がつくれません。それは決して読後感としていやな感じではなくて、いつまでも作品の中に潜っていられるような、そんなラストでした。