『煉獄女子』は室井まさねさんの作品。表紙の少女の絵と煉獄という響きに惹きつけられて読みました。
主人公の詩音はエスカレーター式のミッションスクールに通う高校1年生。高校初日から気は重く、わずかな期待を込めて目で追うクラス分け表にやっぱり裏切られました。今回で中学のときから連続3年、自分へのいじめの首謀者と同じクラスになってしまいました。
ここから先はネタバレなのでご注意下さい。
惨殺現場にラテン語が記されるという少女殺人事件。刑事が疑いをかける美少女霧恵は詩音が通う学校に高校から編入します。霧恵はいじめられっ子の詩音と急速に親しくなります。圧倒的な好意と支配力で詩音と親しくなる霧恵は、実は詩音の父のストーカーの娘。閉鎖病棟から母を脱出させ、詩音の父を襲うのを助けます。詩音の両親は死に、詩音も「本来私がいるべき場所にいるあなたが許せない」と霧恵に殺されそうになる中、友人の阿部くんの存在を思うことで生きることに執着を持ち、必死で抵抗を続けます。そして現場に駆けつけた刑事の銃で霧恵は命を落とし、詩音は一命をとりとめます。
あらすじを書こうとしたらどんどん長くなっていったので、思い切ってあっさりまとめてみました。好きな話だといろんなことを切り落とせず、説明が長くなってしまいますね。
お話がすごく好きです。中高一貫のミッションスクールでの閉じた社会。新しい空気を持ち込む美しくなんでもできる編入生。おどおどしているけど本当はいい子のいじめられっ子。趣味を同じくする優しい少年。あっけらかんとした明るい母。厳しくてうとましがられるけれど娘を愛している父。そして有能な刑事とその一人娘。後輩刑事。サメハナとあだ名されるえげつない女性記者。そして完全にいかれている頭のいいストーカー女性。すべての人物が生き生きと役割を果たします。
いじめられっ子に美少女が近づく様は、これも大好きな『サエイズム』(内水融さん)を思い起こさせます。いじめられっ子に近づくなと助言する子や嫌がらせする子をあっさりかわす強い霧恵にはドキドキしました。結果的に、霧恵は詩音のポジションと入れ替わることを目的として(?)詩音を憎みつつ近づいているので、それがわかったときには切ない気持ちになりました。
霧恵という名前はKyrie(主よ)という言葉を思わせ、ラテン語が重要なアイテムとして使われるこの物語のなかでは強いインパクトがあります。最終話がKyrie eleison(主よ憐れみ給え)だったので、やっぱり意図的に霧恵にしたんだ、と思いました。
惨殺シーンや、別れたときに5歳だった霧恵がどうしてここまで強く母の影響を受けたのか、閉鎖病棟の母との通信手段をどうやって確立させたのか、惨殺現場にラテン語を書き残した母子にとってラテン語にはどんな意味があったのか、「肝心」といってもいい詩音の両親の殺害現場にラテン語を残すそぶりが描かれなかったのは何故か、など気になるところはありますが、でも全体が好きすぎてこういったことはどうでもよくなります。…ラテン語にはどんな意味があったのか、だけはやっぱり知りたいですけどね。
そして何よりも好きだったのは絵です。詩音の顔がすごく好き。いじめられっ子でびくびくおどおどしていて、でもちゃんと通学はしているところがよく表現できていて、一人っ子の甘えっ子だけど諦めていることも多くて、という人物そのままの顔!霧恵が支えてくれることが嬉しかったり、阿部くんと本の話をして盛り上がったりするところで、詩音になったかのような気持ちを味あわせてくれます。霧恵もいいし、阿部くんもいじめられっ子たちもみんな好きです。室井さんの他の漫画も読んでみたのですが、煉獄女子のときの絵が一番好きです。生き残った詩音の顔が、甘えた一人っ子の顔からどこか大人になったところもすごくいいです。
霧恵が詩音を憎んでいたと判ってからもなお、姉妹としての歪んだ強い愛も感じました。だから、全てが終わったあと、詩音が「今もどこからか、私を見ている気がする」と思うラストがとてもしっくりきます。すごく満足しました。