座敷女

『座敷女』は望月峯太郎さんの作品です。ヒロシは大学生。古いアパートに住んでいます。ある夜、隣の山本くんの部屋をしつこくノックする音が気になってヒロシはドアから顔をだします。

そこには背が高く髪の長くレインコートを着た地味な女が訪ねて来ます。女のマニュキアは剥げ、ストッキングは伝線していて、紙袋を持っています。女はどことなく薄汚れています。

ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。

翌日女はヒロシの部屋に入り、そこから山本の家に電話をかけます。当然、山本は電話に出ません。

さらに翌日女は電話をかけてきてサチコと名乗ります。ヒロシの部屋にポーチを忘れたから取りに来るというのです。高校生のルミちゃんと会う約束をしていたヒロシは、置きカギの在り処をサチコに教えて出かけます。

サチコはヒロシの部屋の合鍵をつくります。翌晩、酔ったヒロシが友人の佐竹を連れて部屋に帰ると、サチコが合鍵で部屋を開けているところを目撃します。佐竹がサチコを追いかけると、サチコが殴りかかってきたので反撃します。武術に心得のある佐竹が急所を狙ってもサチコは何度でも立ち上がって殴りかかってきます。佐竹は怖くなって逃げます。外で待っていたヒロシのところに佐竹がサチコに追われて走って逃げてきた時、警官が巡回に来ます。サチコは姿を消し、ヒロシは警察に事情を話します。警官はパトロールを強化しようとは言ってくれますが、基本的には酔っ払いの戯言と受け止められます。

佐竹は、追いかけてきたときのサチコの顔は、まるで怒った子供の顔だったと思い、そこから小学校時代にヒロシと自分がいじめていた田尻早苗を思い出します。「狙いは山本くんではなくお前だったんじゃないか?」と佐竹は言います。

サチコはルミを襲いスカートを切り裂きます。その足でヒロシの部屋に行くサチコ。ちょうどそのとき、故郷に確認に行っていた佐竹からヒロシに、サチコは田尻ではない、と連絡が入ります。呆然としているヒロシのところにルミが来て助けを求めます。ヒロシがサチコに凄むとサチコは二人を置いて逃げ出します。

ルミが帰った後、ヒロシは山本の部屋に窓から入ってみます。そこはおそらくサチコによって荒されていました。窓づたいに部屋へ戻るとそこにはサチコがいます。意味不明なことを言うサチコの姿を見てヒロシは「この部屋はお前にやるよ!」と窓から飛び出て足を怪我します。ヒロシの部屋からは火の手が上がります。

ヒロシは病院で目覚めます。アパートは全焼でしたが、怪我をしたのはヒロシのみ。ヒロシは、ベッドの上にいたのではサチコに襲われる、と深夜の病院から抜け出そうとしますが、サチコが現れ得体のしれないものを入れた注射器でヒロシのクビを狙います。

ヒロシのことは近所で噂になっています。その話に耳をそばだてるのは山本です。山本がふと顔をあげるとそこにはサチコがいます。山本は冷や汗を流してうつむきます。ただ、夜、隣の部屋をしつこくノックする音に反応してドアから顔をだして見ただけなのに…

奥付を見ると、2012年に発行された作品のようです。怖いお話です。

あっち側のひとのお話。ひとたびつきまとわれてしまったら、即座に引っ越しして退学して、違う地域または地方の大学を再受験しなければならないレベルです。予防のしようのない災難です。最後に、身を隠していた山本くんがサチコに見つかってしまったので、山本くんのいく末も不安です。

アパートは燃えてしまったので、もう同じアパートで同じシチュエーションは起きませんが、山本をも毒牙にかけたサチコは、また何らかの方法で次の犠牲者を見つけ、そしてまた同じことを繰り返していくのでしょう。

武道に心得のある佐竹が反応を見ながら何度蹴ってもゾンビのように立ち上がってくる姿や、女とは思えないスピードで追ってくる様子は鬼気迫るものがあります。

そのあたり、『リカ』や『エリカ』にも似た怖さを感じましたが、サチコはヒロシを死もしくは精神異常においこんでいるようなので、あくまでも「愛する (そして愛されていると思い込む) 相手」を求めていたリカやエリカと違って、目的がまったくわかりません。恐ろしさもひとしおです。

サチコのビジュアルもちょうどよい不気味さです。どことなく不潔そうな服装。地味で、表情の読めない顔立ち。それなのに、佐竹を追ってくるときには、きかん坊の子供が地団駄を踏んでいるような顔も、とても個性があって、ある意味ひきつけられます。

その一方でかわいい女子高校生のルミちゃんが、いまいち押しの弱いヒロシに苛ついたり、サチコにスカートを切り裂かれて怖がっている中でも、ヒロシに話しかけられるとニコっと笑顔を見せるのも、私はちょっと怖かったです。多分自然な笑顔じゃなくて、「とりあえずつきあうのは、完璧理想じゃないんだけど、コイツでもいいか」という気持ちがあって、打算で微笑んでいるように、私には思えるからこわいんだと思います。最後にヒロシの顛末がわからないところで、ルミちゃんが相変わらず笑顔を見せているのも怖かったのでした。

実際、ヒロシもルミちゃんに惹かれながらも、ルミちゃんがサチコのせいで怖い目にあったのに、あんまり庇ってあげる、というかルミちゃんのことを心配する気持ちは薄そうに見えました。ルミちゃんのことを構うよりもサチコの不審さを恐れる気持ちのほうが強いように見えて、それもリアルな感じでよかったです。

被害者が女性だと、最初から、同体格以上の男性の方が強そうな感じがするので、たとえば、夜中に隣の部屋をしつこくノックする人がいても覗いてみたりしないし、電話を貸してあげたり、置き鍵の場所を教えたりは、絶対にしないでしょう。皆の防犯意識が強くなった2020年代は、男子学生であっても、このようなふるまいは取らないかもしれません。それでもどこかで「腕力では女性に負けないから、自分は大丈夫」と思っている男性はまだ多いかも。

で、タイトルは何故『座敷女』なのでしょうか。考えたんだけど、わかりませんでした。もっと教養があればわかるのかも。

とっても肝が冷える物語でした。面白かったです。

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