死んでから本気出す

『死んでから本気出す』は橋本くららさんの作品です。いじめられっこの高井はトラックに轢かれて死んでしまいます。死んだ高井の前に現れたのは霊界の案内人ファミリア。ファミリアは、高井には幽霊の才能があるといいます。

生きている人を脅かして「恐怖のかたまり」を出させることが高井にはできるというのです。

ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。

49日の間に恐怖のかたまりを100個集めれば転生できると言われた高井は、悪人だけをターゲットにする、と自分に課して人間を脅かします。ひとつ恐怖のかたまりを集めると幽霊レベルも上がるので、レベルが上がったら自分へのいじめの首謀者、宗川に挑もうと考えます。

しかし、宗川には強い霊力があります。高井だけでなく、そこらへんの浮遊霊をいじめることも宗川の楽しみだったのでした。

宗川と相対し、なんとか調伏をのがれた高井は、自分がやってきた悪人から恐怖のかたまりをとりだした後もまだしつこく悪人を恐怖に陥れて続けるという行為は、「人や霊をいじめるのは楽しいから」という宗川の行為と何ら変わらないことだときづいてしまいます。一方で宗川も気持ちが変わり、今後は悪霊だけをいじめのターゲットにすることを決意します。

葛藤する高井でしたが、ついに100個の恐怖のかたまりをゲットします。転生のチケットを手に入れたかと思いきや、悪魔エウリノームが現れ、幽霊レベルが上がって味が良くなった高井を食べるのだと宣告します。

エウリノームのために高井についていたファミリアでしたが、この49日の間、高井と一緒にいて、エウリノームに作られた人形にすぎなかったはずのファミリアの気持ちにも変化が生まれていました。ファミリアは高井を助けるためにエウリノームと戦い、体を半分に引き裂かれてしまいます。

一度は呑み込まれた高井でしたが、エウリノームの中で本気を出して、エウリノームを中から退治します。ファミリアと高井は短い会話をして永遠の別れを迎えます。

時間が経って。15歳の王城は霊が見えることに悩んでいます。それに気づいた宗川先生は悪霊を追い払い、いつでも相談にのる、と王城を力づけます。放課後王城の足が向かうのはある民家。高井家のおばさんに招かれて、昔亡くなった娘の部屋を見せてもらうと、王城はなぜか胸が熱くなります。

そして王城の前に転校生が現れます。子供の頃からいつも夢にでてきた女の子です。王城は思い切ってはなしかけます。嬉しそうに微笑む少女は、ファミリアの顔をしています。

ギャグマンガとシリアスの中間ぐらいの絵柄です。いじめられっこの高井が、家で一人でいるときには意外と口が悪いところが新鮮でした。うじうじ悩んではいるのですが「あ〜~~〜~転生して〜~~~~」などというので、あまり悲惨な感じがしませんでした。いじめられの内容は深刻ですが、シーンはそれほど長くないので、うつむいて悩みこむのではなく口汚く文句をいい、ぬいぐるみに当たり散らし、我が身を嘆く高井は、普通のイジメ被害者とはちょっと違う印象で、悩み込んですべてを内に秘めちゃうタイプには見えず、若干不思議な印象を持ちます。でも、考えてみたら高井もいまどきの女のコ。こんないじめられっこがいてもいいように(いや、いじめはよくないですが)思ってしまいました。

そんな高井が命を落とすのは偶然の事故です。お話が進んでから後で振り返って描かれるのですが、いじめに気づかないふりをしていた先生が、おそるおそる高井の死を報告して、こわごわ生徒たちの表情を見たとき、彼らはショックをうけるどころか、笑っています。いじめていたクラスメイトの死なんてそんなものなのでしょうか。とってもショックだし、先生が子供たちを恐ろしく思う気持ももっともだと思います。

先生というのは特別に強い存在ではない、ということは、自分が就職して友人が先生になったときにわかったのですが、それでも特に小学生の頃の先生から受けた仕打ちは長いこと許せませんでした。先生も万能じゃなかったから仕方ないよ、と思えるようになったのは、自分が中年になってからです。

高井の先生は、高井の死のあとずっと後悔に苛まれていましたが、高井の霊に会って、反省を口にします。最終的に、このクラスにはいじめがあった、と生徒たちの前で言い、見てみぬふりをした自分を懺悔します。先生の真摯な気持ちは、宗川を含めた生徒たちに響いたようです。それは、読者にとっても小さな救い。死んでから本気を出して先生の目の前に現れた高井の気持ちは、先生を通して人に伝わったのでしょう。

いじめがテーマで、幽霊がモチーフなので、重く暗くなりそうなところですが、絵の雰囲気が軽めの感じなのと、いじめシーンは短めでさくっと描いていることから、それほど胸がいたくならずに、「悪い」人間への復讐劇(?)だけを楽しむことができました。

高井自身が葛藤にさらされるのも新鮮でよかったです。結果、自分の中にも苛虐心があることに気づくところは、嫌味なくいろいろ考えさせられました。生前だったらいじめっこになるチャンスはなかったであろう高井が、幽霊力を手に入れて人間に対して優位に振る舞うことができるようになったら、その力を無闇に使う誘惑に勝てなかったわけです。いじめられっこがいじめっこに変質するところを無理なく描かれていました。

苛虐も葛藤も反省も「死んでから本気出す」というタイトルどおりでした。でもここで高井が得た学びは高井だけのもの。エウリノームを倒して転生を手に入れて、王城として生まれ変わった後は、うっすらとしたファミリアの記憶以外は王城のなかにはありません。それでいいのでしょう。すべては新しい人生の中で王城が学んで身につけていくもの。ただ、ファミリアとの絆だけは、王城が前世の高井から受け取ったご褒美みたいなもの。ファミリアと会ってからの王城に、これから幸せがたくさんあるように、といのりながら、楽しい気持ちで読み終えました。

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