こびとと靴屋とその妻と

『こびとと靴屋とその妻と』はかずはしともさんの作品です。かずはし童話とされるシリーズのうちのひとつです。グリム童話の『こびととくつや』をベースにしていますが、ホラーなお話です。

靴屋のジャンは真面目に働いてきましたが生活は向上せず、ついに材料が靴一足分だけになってしまいます。

ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。

妻のマリーは神に、御心をお示しください、と祈ります。すると翌朝、作りかけだったはずの靴が完成されており、しかも貴族に高い値段で売れます。その金で買った2足分の材料が、翌朝は2足の靴に、その金で買った4足分の材料は4足の靴に、という風に、靴がどんどんできてどんどん売れていきます。

マリーが毎晩暖炉のうえに置くパンは、翌朝必ず無くなっています。妖精がいると思ったマリーはパン皿の周りに小麦粉を散らしてみます。翌朝そこには小さな足跡があり、マリーは妖精の存在を確信します。

ジャンはどんどん仕事をしなくなり、酔いどれるようになります。ジャンは妖精の存在を気にするマリーに「うまくいってるんだから詮索するな」と命じます。

ついにジャンは10日で100足の注文を受けます。マリーは妖精に頼り切るジャンを心配しつつ、妖精のためにパンではなくよい肉を焼いて暖炉に置きます。

翌朝、靴は完成していません。ジャンは暖炉の上に残った骨を見て「お前が甘やかしたんだな」とマリーを殴り、家から追い出します。マリーはご近所の奥さんに助けられて一晩を過ごします。

翌朝、100足をオーダーした貴族がジャンを訪ねると、家の扉はかたく閉まっています。マリーが駆けつけドアをあけると、そこには誰もいず、靴が並んでいました。ひときわ大きな靴が一足あります。よく見ると目や口を縫い合わせた跡や手の形が見えます。その靴の皮はかつてジャンだったものだったのです。

恐ろしいお話でした。ラストシーンは、上ではくどくどと説明していますが、マンガでは絵で描かれるので、もっとシンプルで、それだけに怖さがシンプルに伝わってきます。一瞬、酔ったジャンが材料を準備できず、妖精がジャンを襲って皮にしてしまったんだ、やっぱり「うまいだけの話」なんてない、妖精に感謝もせずに怠けていたジャンに相応の報いがあったのだ、と思ってしまいましたが…

いや、違う。恐ろしいのは、敬虔に神さまを信じ、妖精に感謝していたマリーが、ジャンを殺したということだ、と気づきました。前日に妖精が靴を完成させることができなかったのは、おそらく妖精が肉に夢中になってしまったから。そうやって妖精に肉の味を覚えさせておきながら、最後の晩には家にいず(追い出されたのだから仕方ないのですが)、妖精の食事の準備をしなかったから。いつもの食事がないのを見た妖精たちはおそらく暖炉のそばで酔いつぶれていたジャンを自分たちに提供された食事だと思い…ジャンの姿がなかったのは妖精たちが…

こわい。怖すぎる。マリーに悪意はまったくなく、ただただ真面目で、ふってわいたような妖精の存在に感謝しているだけで、ジャンが感謝しないのを見て、自分だけでもできるだけのことをしようと思っておいしいお肉を妖精に出しただけだったのに。肉の味を覚えた妖精がまさかジャンを食べるなんて、どうしてマリーが予測できたでしょうか。

それまでのマリーの気持ちと行動が丁寧に描かれていただけに、ただ家の扉を開けて靴を発見して驚いているだけのマリーの表情を見て、その後どんな阿鼻叫喚が彼女を襲うのかを考える余地が、すべて読者に委ねられているところにグッときます。

マリーが自分のしでかしたことに気づいて恐れおののいて、ジャンの死に責任を感じて悲痛のなか生きていくのか、それとも、自分が原因を作ったとは思わず、ただ「ジャンは感謝の気持ちを持たなかったので自滅してしまった」と考えて、ジャンの死を悼んで生きていくのか。それも読者の想像に委ねられています。

かずはしさんの作品の感想を書くのは『オズの魔法使い』『ブラックオペレーション』に次いで3作目ですが、どれもかずはしワールドでありながらも全く違うテイストを持っています。最初に書きましたが、『こびとと靴屋とその妻と』のほかにもグリム童話をモチーフにした後味の悪い『かずはし童話』のシリーズが描かれています。『ラプンツェル』という、セリフがほとんどない意欲的な作品もあって、それも表現されているメッセージは全く違うように思えます。どうやってこんなに多様な作品を生み出せるんだろう、と、とっても不思議に思ってしまうのでした。

そんなかずはしさんの創作のプロセスは、『ブラックオペレーション』の後書きマンガでちょっとだけ垣間見ることができます。編集者さんと二人三脚でテーマからお話のスタイルを作ることもあるようです。一方で、『ラプンツェル』の後書きでは、編集者さんが反対しても、描きたいものを描く、企画を通すかずはしさんの強さや粘りも見えます。

マンガの後書きって、本編の空気を変えたくなくて読みたくないときもありますが、やっぱり読んでみると作品を違った角度から見れて、同じ作品をふた味も三味も違ったものとして楽しめるものでもありますね。この作品には後書きはついていませんが。

作品を読んで恐ろしさに震えると同時に、作家さんの心の動きにも興味を持った、おもしろい作品でした。

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