『真綿の檻』は尾崎衣良さんの作品です。紗英は夫である聖司の姉の榛花について、地味で、共働きのくせにモラハラな夫にやすやすと支配されて家事をやらされている薄幸の女として、聖司と一緒に見下しています。
榛花の母の泰枝は、榛花のことを、自分と同じように夫に愛されず家政婦扱いされている報われない嫁として見て、連帯感と満足感を持っています。
ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。
そんな中、泰枝が足を骨折します。紗英も夫の聖司も、泰枝もその夫も、榛花が泰枝の世話をすればいい、と勝手にきめつけます。しかし、榛花の夫、一広は「榛花が実家に戻ったらオレのメシはどうするんですか」と反論します。
一広の発言を聞いた家族は「こんなモラハラ夫とは離婚だ!」と騒ぎますが、ここで榛花がブチ切れて「離婚なんかするか、バーカ」と叫びます。実は、榛花は昔から家族の間で「クズな要らない娘」扱いされており、榛花は必死の思いで有名大学に奨学金で通い、結婚して家族からの理不尽なレッテル貼りと便利な労働力としての生活から逃れていたのでした。
榛花は、尊重しあい気を遣い合っていたわり合える一広と結婚していました。榛花は家事に秩序とやり甲斐を見出して楽しく家事をしていました。一広はいつもは家事を分担していましたが、聖司が家に来ると金銭をくすねていくので聖司から目を離せず、榛花を手伝えずにいました。
一広が、モラハラ夫発言をして泰枝たちをひかせたのも、一広のせいにしないと優しい榛花は両親の面倒をみてしまうと思ったからで、わざとそんな言い方をしてみせたのでした。
ブチ切れた榛花でしたが、実際にはしょっちゅう実家に戻って父母の世話や家事をしています。泰枝は自分の生活を振り返ります。昭和の姑に仕え、夫に仕え、鬱憤は娘の榛花を厳しく躾けることと息子の聖司を甘やかすことではらしていました。榛花がモラハラ夫に仕えて自分と同じ辛い思いをしていると思い込んで満足していた自分に気づきます。
榛花はお母さんを好きだったと言います。母が子供を嫌いでも母を嫌いな子供はいない。泰枝は榛花から「お母さんはその気持ちがずっと続くと思ってたんだね」と言われて泣きます。自分を慕っていた娘は、自分が消してしまったのです。
それでも、榛花は自分に家事をみっちり仕込んでくれた母に感謝しているといいます。泰枝は榛花の助言を受け入れて、いままで無償奉仕していた家業の店から給料をもらうことにしました。これからは誰の顔色も伺わずに、自分のために人生を生きていこう、と決心して泰枝は微笑みます。
お話を読み始めてすぐ、聖司と紗英の、榛花に対する傍若無人な態度にイラっときました。なので、一広の言い方も好もしく聞こえたのでその後数ページの展開の「モラハラ夫と昭和妻」というストーリーに、「え?そうなの?」と思ってしまいました。
しかも泰枝が骨折したときに、聖司も紗英も「自分たちは仕事もあって無理だけど、榛花ならどうせ家事好きだし」と、そのぐらいしか取り柄がない、ぐらいの勢いで、自分たちがやりたくないのを棚上げして榛花に押し付けようとしていて、ホントに胸が悪くなりそうでした。
さらに泰枝。娘が「自分と同じようにモラハラ夫を持って不幸になった」と喜んでいる様があさましくて、辛くなりました。
なので「離婚だ離婚だ」と家族が騒ぎ出したときに榛花がキレるのは、とっても気持ちよかったです。その時点ではまだ一広がちゃんと家事を分担しているところは紹介されていませんでしたが、人の家に来ておいて「風邪をうつすな」と暴言を吐いたり、榛花のことを「承認欲求が強いから下働きさせてやって貢献しているかのように扱うのが一番」と見下している聖司が、こそ泥であることを暴露されたりするのも胸のすく思いでした。
そのあとの、「実はモラハラ家族に虐げられていた榛花は、結婚してやっと居場所をみつけ、理解ある夫と幸せに充実して生活しているのです」というくだりは、正解編という感じで読んでいてスッキリしました。
ミスリードしているかに見えてしっかり正しくリードしてくれた尾崎さんの手腕に恐れ入りました。
そして、泰枝の視点で過去を振り返り始めると、お話の雰囲気が変わるように思います。泰枝にとって、やはり榛花は日々のもやもやの鬱憤晴らしをできるはけ口のような存在だったことを、泰枝はあらためて振り返ります。
かわいくて仕方ない息子は、泰枝が怪我をすると一回電話をかけてきて心配しているそぶりを見せますが、それでおしまい。ブチ切れた娘は3日とあけずに通ってきて、今まで話したこともなかった「子供の頃はお母さんが大好きだった」「結婚したときには家事を完璧にこなせるようになっていたことに素直にお母さんに感謝した」というような話をしてくれます。
さらに、榛花は泰枝のこれからのことにも提案をします。趣味を持ったら?経営している店で働いている対価をちゃんともらったら?
泰枝が夫にお金をもらうことを告げると、専制君主の夫は何も言わずただ「わかった」とだけいいます。夫も、娘の榛花から横暴ぶりを指摘され、さらにあんなにブチ切れた娘がかいがいしく通って世話をしてくれることに、思うところがあったのだと思います。
泰枝が、これからの自分の人生を、自分のために生きることを思って、物語は終わります。そこで読者としては、この物語が「姉夫妻をモラハラカップル扱いしている無神経な弟夫妻」をテーマにしたお話ではなく、子供が独立した女性が、改めて自分の人生を振り返り、これからは前向きに生きていこうと決意するお話だったことに気づきます。
聖司と紗英は成長しないようですが、父母は今までにない視点に気づき、榛花と一広の絆はより深まったという、スカッとするお話でした。