蛍の扉

『蛍の扉』は原作 富沢義彦さん、漫画 金平守人さんの作品です。小説家の夢を持つ葉介は取材先の名古屋から東京に戻るのに深夜バスを使います。待合室で会った女の子ボータンとマネージャーらしき男の会話を聞くともなく聞いていると、どうやら彼女は歌にこだわる地下アイドルのようです。

バスの運転手は周防。乗客は葉介とボータンの二人。深夜バスは発車します。

ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。

あるトンネルの中で3人は不思議な体験をします。蛍のような光がぶわっと集まって、急に扉が開いたような感覚があったのです。不可思議体験でしたが、3人はあまり気に留めずに新宿に着き、別れます。

葉介が叔母の経営するコンビニに交代に行くと叔母は驚きます。葉介はたったいま交代してでていったところだというのです。その葉介を呼び出してみると二人はそっくり。叔母が知っている葉介が小説家の夢を諦めているところだけが違います。話しているところに車が突っ込んできて、この世界の葉介は大怪我をします。葉介はここの葉介のかわりに警察で事情聴取を受けます。

バス車庫に戻った周防は事故を起こして病院に運ばれます。そのとき周囲は「うちにはあんな運転手はいない」と不思議がります。

ボータンはセクシーな自分のポスターを街で見つけて焦ります。そんな撮影した覚えなどないのです。ボータンはポスターを剥がしまくって警察と事務所に通報され、警察でお説教をくらいます。

警察で偶然会った葉介とボータンは、どうやら違う世界に迷い込んでしまったことと、この世界が異物である自分たちを排除しよう(殺そう)としているために危険な目にあっていることを確認しあい、必ず一緒に帰ろうと誓います。

そこにこの世界のボータンのマネージャーが現れます。彼は、そっくりさんがいることでビジネスになるのではないかと企んでいます。

マネージャーに保護された中、葉介は、田力という男が神隠しについて研究していることを知り、田力を訪ねます。田力は他界していましたが、孫が研究を引き継いでいます。

田力は、同じトンネルでまた蛍の扉にあって帰れるかも、と進言します。マネージャーは金づるに去られてなるものかとボータンを拉致しますが、悪天候の中、車ごと川に飲まれます。

かろうじて助かったボータンと葉介はトンネルを目指しますが、悪天候でトンネルの入り口が塞がっています。どうにかして反対側の入り口に行きたいという二人を、たまたま通りがかったこの世界の周防が助け、途中まで送ります。こちらの周防は引っ越し屋をしていたのでした。

途中から山中を歩く葉介たちは、マネージャーが奇跡的に助かったとのニュースを聞いて喜びます。なんとか反対側の入り口に着くと、そこには元の世界の周防とこの世界の葉介がいます。葉介から葉介への電話を、たまたま病院の隣のベッドに寝ていた周防が聞き、このチャンスをのがすまじ、とバスで駆けつけたのでした。

3人が蛍の扉を目指すと、実際にそれは発動し、3人は無事元の世界に戻ります。ボータンと葉介は自分たちの創作活動にこの経験を活かし、周防は「一人で走るのではなく相方が欲しい」という夢に向かって走ることを決めて、3人は別れます。

後日、ボータンの単独ライブに3人は集結します。周防は引っ越し屋になり、相棒の田力を連れてきます。マネージャーは、葉介が連れてきた叔母に一目惚れします。ボータン(紡)が歌う曲のタイトルは「蛍の扉」です。

おもしろくて一気によんじゃいました。扉が開いて異世界に行く話はめずらしくなく、異世界が異物である主人公たちを排除しようとするのも目新しい話ではありません。ただ、元の世界の葉介とボータンは、自分の夢にこだわって生き、異世界の葉介とボータンはもっと柔軟に生きている、という設定が魅力でした。

そもそも、バスに乗って旅立ち、蛍の扉に出会うまではとりたてて起伏がある話なわけでもないのですが、執筆業を目指して名古屋で取材をする葉介も、売れなくてどんどん扱いが悪くなっておそらく最初は新幹線の乗っていたのに、今は夜行バスに押し込められるボータンが、どこかキラキラして見えるのです。だから一気読みしてしまうのです。

異世界の叔母も異世界の葉介も、飲み込みが早くて、考え方が柔軟です。やっぱり人格はそんなに変わらず、オープンな叔母はオープンで、物書きを目指していた異世界の葉介もオープンです。異世界のボータンは、歌を諦めて腹をくくってグラビアアイドルをしているので、地味めな格好をして歌にこだわっている元の世界のボータンに対して複雑な思いを抱えます。

異世界のボータンとマネージャーは、ボータンたちが同一人物であることをすぐには受け入れませんが、受け入れるまでの心の動きはわざとらしくなく、丁寧に描かれています。

マネージャーは、田力の進言によってボータンそっくりのボータンを失ってはならないと、元の世界のボータンを拉致して車で連れ出します。しかし、世界の思惑が働いて、自分とボータンが川に呑まれそうになると「タレントを助けられないマネージャーなんて」と意地をだして、ボータンを助けるのです。そして、あと一歩のところで自分だけ川に呑まれてしまうのです。このあたりの緊張感や、彼を助けられなかった、元の世界のボータンが呆然とする気持ちも、画面から見事に伝わってきました。彼の行動はある意味一貫していて、ビジネスのためだったら文字通り「なんでもする」人なのですが、ボータンを助ける彼はカッコイイです。元の世界の彼は、そんな極限状態には遭わないので、最初はタレントを深夜バスに乗せるマネージャー、最後は叔母さんに一目惚れして態度を変えるマネージャーなので、情けないことこの上ないのですが。そんな彼の、仕事に対する熱い気持ちを異世界で知ることができたボータンはラッキーでした。

地味な周防も魅力的です。異世界の周防は全然違う仕事をしていることもあってお互いに「本人」に巡り合うことはありません。葉介やボータンと違うのは、元の世界の彼らが夢を目指しているのに対して、周防の場合は「相方がいたほうが楽しいかもしれない」という思いを抱えているのが元の世界の周防で、異世界の周防はその「理想」の生活をしています。だからこそ必死なのか、身元不明者として収容されている病院で、それらしい会話をしている隣のベッドの葉介に「いまのお話は」と食い下がります。このあたりはおそらく単なる偶然ではなく、この異世界が仕組んだ偶然なのだろうと想像します。最後、容貌が精悍に変わっている周防を見ると、楽しい思いがわきます。バスの運転手が嫌だったわけではないけど、よりやりたいことが見つかったんだね!と思うからです。

この経験は、3人にとって素敵なものになったのだとは思うのですが、ボータンが「Youtubeで一般にウケる」曲をつくり、葉介が「売れる」小説家になれるかもしれない(葉介が売れる描写はありませんが)きっかけに、この体験がなったのだとしたら、と思うとちょっと複雑な気持ちになります。私は地下アイドルさんの現場にいったことはないですが、地下アイドルさんが普通のジョイントライブに出演しているところは見たことがあります。彼女たちはみんな頑張り屋さんでひたむきで真摯です。過激なエロをウリにしている子も同じです。歌やダンスはいまいちな子もいますが、それでも、お客さんを楽しませるためにステージを張る彼女たちはみんな魅力的です。歌も上手く楽曲もおもしろい子もいます。じゃあ、歌がよくて売れるってどういうことだろう?と考えると「万人ウケすると同時に、なにかバズる偶然が重なった」ぐらいしか思いつかないんです。

今、一般にウケるってなんでしょう?私には「ヘタウマ」「キャッチーな歌詞」「単純なメロディー」「キャッチーな容姿」に思えます。いい曲だからといってウケない、どこかスキがあったり、歌詞が注目を浴びたり、有名だったりしないと、ただ完璧な歌唱力ではメジャーになれない気がします。ヘタウマは所詮上手いのですが、うますぎてもダメなのが日本のミュージックシーンのような気がしてしまうのです。ほんのちょっと垣間見える拙さがあるからこそ、みんなはシンガーを愛し、もてはやすような。

そう考えると、あれだけ歌にこだわっていたボータンも、自分なりの稚拙さを見つけて、それを上手にアピールできるようになってしまったのかな、とちょっと残念になります。本当に歌のうまい、知る人ぞ知る孤高のシンガーになって欲しかった気もしますが。でも、「蛍の扉」という曲のカシには、きっとキャッチーな、かっこいいところがあるのでしょうね。あれだけの経験は、ボータンに素敵な歌詞をつくらせそうです。

そして、おそらく同じ経験をした葉介は「蛍の扉」と対になるようなキャッチーな小説を書くのではないでしょうか。ボータンの曲と補完しあうような不思議な小説。そして、その相乗効果で、二人は自分たちの地位を築いていくのではないでしょうか。

そんな妄想もできるこのお話が大好きです。

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