しょうもないのうりょく

『しょうもないのうりょく』は高野雀さんの作品です。人々は「異能」と呼ばれる才能を持っており、それを重視する会社、しない会社があり、星野の会社は重視していません。

総務の星野の異能力は、書類を崩さずに積み上げる能力。でも、星野には周囲に秘密にしている別の能力があります。

ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。

星野の異能力はずばり、他の人の異能力がわかる能力。でも精度が高くないこともあり、星野はこの異能力のことは周囲に内緒にしています。

この作品は8ページのコメディで、星野の会社で起こる様々な出来事が描かれています。社長の能力は今後流行るものがわかる能力ですが、システムソフトウェア会社であるこの会社ではその力に頼って運営はされておらず、社長の能力はもっぱらふと訪れたラーメン屋の新メニューが流行るかどうかを見極めることなどで発揮されています。

他にも自分の好感度を高めたり、言いたい言葉を引き出せたり、カロリーがわかったり、相手の言葉の嘘度がわかったり、蚊を一発でしとめたり、お腹が空いてる人を見極めたり、社員たちの能力は様々です。

そんな中で会社の日常が語られたり、「好きなものが廃れる」能力のシステムエンジニアと「好きなものが流行る」能力のベンダーマシンの補充員がバトルをしたりします。大きな流れとしては、「不老不死」の能力をもっており、そのことを自分ではしらない藤原と星野がお互いに恋心をいだいており、つきあう初々しい関係が描かれています。

また、社長の弟が人事にちょっかいをかけてくる流れもあります。62才になるまで、優秀な兄にコンプレックスを抱き続けてきた弟は、「もっと異能力を重視した人事を行うべき」と、異能力をベースにした人事コンサルタントを社内にいれます。

そこで、星野は隠していた「人の異能力を見極める力」と同じ能力を持ち、それを仕事に活用している井上と出会います。社長の弟の企てが失敗してからも、星野はことあるごとに井上を呼び出して同じ異能を持つ安心感から相談にのってもらったりするのですが、そのことで藤原が嫉妬を感じたりするどきどき展開があったりします。

いつまででも続きそうな連載ですが、3巻で終了です。最後には「異能には意味がない」という学説がでてきて、エリート井上などはショックをうけそうですが、この3巻の間に彼も成長していて、自信をもって仕事を続けます。

星野は藤原に「藤原さんの異能力はわからなくて」と嘘をついていますが、「じゃあわかるまで一緒にいましょう」と提案され、「不老不死を確認するためには一生かけないとね」と心のなかで思ったりしています。

この作品も、高野さんワールド満開です。なにせ、登場人物が多くて覚えるのが大変そうなのですが、全員のキャラクターと異能力がしっかりしているので、覚えようと思わなくても自然に頭にはいってきます。まさに、職場で普通に暮らしているのと同じで、星野さんの世界が、きちんと頭にはいってきて、同僚を覚えるのとおなじようにキャラクターを覚えられるのです。

高野さんは連載を始めるにあたって「絶対に明るく終わってください」「休憩時間にちょっと読んで楽しくなるような」と編集さんに指定されて書き始めたそうですが、まさにそのとおりになっているところがサスガです。社長の弟、エンジニアの戸村、井上の天敵見目、星野の恋敵影山など、面倒くさくなりそうなキャラクターもいるのですが、彼らも魅力的に描かれているので、読んでいて嫌な気分になったり辛くなったりすることがなく、だからといって絵空事になるわけでもないのです。全員が淡々としていて粘着ではない、という傾向がありますが、そのおかげで本当に楽しく安心して読めます。嘘っぽくなくて、みんなが社会人として前向きに自分と折り合いをつけて生きているのが好感度が高いのです。

「しょうもないのうりょく」のしょうもなさも絶妙です。果物の旬を見極める能力の人が、フルーツが沢山乗ったケーキを出されて、全部が旬じゃない場合、角を立てたくないときには仕方なく食べるけど、同僚のお土産程度だったら、たとえお腹が減っていてもわざわざ旬じゃないものを食べたくないとか、さじ加減がリアルでおもしろいです。

守衛さんの異能力が「猫になつかれる」なのも最高に癒やされます。そのせいで藤原が星野に関心を持つようになったり、猫をキライだという井上に星野が猫をけしかけると脅迫したり、取引先が飼うネコちゃんが紛れ込んできたり、絵面でもストーリーでもほっこりするシーンが多いです。守衛さん本人は白い大っきな犬が好きだったりしてちょっと不憫ですが。

そして、高野さんのすっきりした絵と、星野さん、藤原さんの淡白な恋の進行具合も絶妙なハーモニーを作っています。不老不死のひとも、子供時代から今まで成長はしてきたはずなので、いつから不老になるのかは謎ですが、「不老不死」という異能力には読者としても心躍るものがあります。次いで、「前の会社では内勤もスーツだったけどこの会社はパーカーOKだから」と転職した藤原さんは、長髪肯定派、ちょいヒゲ肯定派の私にとってかっこよくて、星野さんが藤原さんに関心を持ってて、しかも相思相愛というのは非常に楽しったです。

ちなみに私はコメディは大好きなのですが、コメディの感想を書くのはとても難しいと思っています。面白いと思うことを説明するのは難しいと感じるからです。そして、ギャグを説明するほどつまらないことはない、というより、私がお笑いのセンスがなくて上手に説明できないのです。だから、おもしろいと思ったマンガでも感想が書けなくて、このブログに紹介できていないものは多いです。

そういう意味で、高野さんの作品は、コメディであってもどこかロジカルなのかもしれません。たとえばキャラクターの服装ひとつとっても、同じヒラヒラギャザー系が好きでも、キャラクターによって好きなブランドはちがっていて、何故そこのブランドを好きなのか、めちゃくちゃ意味がありそうに見えるのです。特にこの作品は、キャラクターがなんとなく持っている雰囲気だけじゃなく、異能力が意味をもっているので、さらにお話がしっかりしてくるイメージがあります。

社長の弟が、流れを整理する異能力があることを発見して、お医者さんに励まされて素直にオススメどおりアメリカに渡って駐車場整理員になるとか、高野さんのキャラクターに対する愛情が見えて、ほのぼのします。

ただ単に「あー、笑えた、おもしろかった」というのも好きなのですが、この作品には「みんな自分を好きだし自分のために精一杯いきてるよね」というハッピー感があるのです。そのうえで、井上さんみたいとっつきにくそうなエリートが実は面倒見がよかったり、藤原さんに告白できない星野さんが井上さんのことは自然にプライベートで誘っていたり、マイペースで縛られるのが苦手で自由でいたいはずの藤原さんが星野さんのことでは井上さんに嫉妬したりするのが、定形のギャグだけじゃなくて複雑な感想を読者にもたらすので、ただ「おもしろかった」だけではない幸福感をもたせてくれます。

3巻で終わってしまって残念。素晴らしい作品です。

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