『瑠璃宮幽幻古物店』は逢坂八代さんの作品です。瑠璃宮真央は、長い年月人に愛され今に至る品物を扱っています。
そういった品物は、不思議な能力を示すことがあるといいます。
ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。
あるお話では、不思議な老眼鏡がでてきます。男が老眼鏡をかけると亡き妻の在りし日の姿がはっきりと見えます。男は喜びますが、真央はそれが幻であることを忘れるな、と警告します。男はうなずきますが、だんだん思い出に夢中になり、一日中部屋にこもって亡き妻との会話を愉しみます。男の息子は危機感をいだき、老眼鏡をとりあげ新しい老眼鏡を父にプレゼントしますが、男はあの老眼鏡でなければだめだと取り乱します。
この男は作品の中で何度か登場しますが、あるときは飼っていた猫の視点で思い出の妻を見るようになり、自分が思っていたより妻に横暴に振る舞っていたことを知って激しいショックをうけたりしています。
この男と妻が飼っていた猫のカスミは、真央と一緒に暮らすことを選択します。
要という少女は祖父から万年筆をもらいます。それで書いたことは決して忘れることはありません。祖父が亡くなると、弟の誠は祖父の形見の香炉を使って家族を自分の思い通りに操ります。要は知らずしらずのうちに万年筆の力で誠の支配を逃れますが、誠の態度に耐えかね、香炉を破壊します。家族は壊れ、要は真央の店に押しかけて住み込んで店を手伝うようになります。
多くの客とモノとのやり取りを見る中で要は成長し、家族に向き合うために家に戻ります。父が要の人生を束縛し、不思議なオカリナを使って父の理想の娘としての噂を流して要をコントロールしようとしますが、要は強い意思を持って自分の人生を生きることを選びます。父が流した噂は「素晴らしい娘に対して不甲斐ない父親」というストーリーに変わって父本人を苦しめますが、父は自分が招いたこと、と耐えることを決意します。
真央の元に戻った要は、真央が、四方という亡くなった男性が集めていたモノを回収して封印するのを手助けします。そんな要も古物商として生きます。要が亡くなると、要の孫が、あの頃と何も変わらない姿の真央の元へ、自分も要おばあちゃんのようになりたい、と弟子入りします。
とても不思議な、独特の世界です。古物が不思議な力を持つ、という設定と古物店という佇まいが、『もののべ古書店怪奇譚』を思い出させます。といってもまだ『もののべ〜』はちゃんと読んでいないのですが。
モノが力を持つ話は少なくないような気がするのですが、クールな立ち位置の真央さんがこの物語の特徴です。他にも古物商が登場し、それぞれの個性によってそれぞれ違うカラーの店を営んでいるのが面白いです。たとえば、ゆかりは店舗を持たず、「どういう形であれ」買い手が幸せに感じるモノを売ります。最初にでてきたときはある種の仇役かと思ったのですが、そういうわけではなく、真央のところにふらりと訪ねてきます。カップになった父親を大切にする娘ですが、ゆかりも日々成長し、カップとコレクションを真央にあずけて海外に行ったりします。
クールな真央ですが、感情に波風が全く立たないわけではないのは、他の古物商たちとのやりとりを見ているとわかります。真央の気持ちに、最もぞくっとしたのは、真央が先生と呼ぶ四方照光の意識と相対したときです。
四方と四方の妻の意識が取り憑いている片眼鏡を、古物商の藍沢がつけると、そこに四方の妻の姿が現れます。「先生と代わってください」と真央が頼むと、四方が現れます。四方は人が愛し、長く使う道具をつくりたかった、そして本人の意識も片眼鏡に憑いて永遠になった。なりたかったものになった気分はどうですか、と真央は四方に尋ねます。
真央はモノを選んで何をするかという人の選択に通常関与しません。ゆかりが「どんな形でも本人が幸せ」と思うものを売り、要が人を真に幸せにする(と要が思える)ためにモノを売りたいと思う気持ちと、真央のスタイルは全く違います。しかし、真央は、四方が手をかけた人に愛されるモノは、人に自由に選択をさせるものではなく、人の選択を奪うモノだと評します。真央にとってはそれは受け入れられるものではなく、従って真央は四方が手をかけたモノたちを集め、封印しようとしているのでした。
四方は、愛されるモノをつくりたいと願っていたのに、自分が手にかけたモノたちが、人に不幸や憎しみをもたらすことがあることに気づいていました。そして、片眼鏡に宿って永遠となった自分は、もう人を愛して愛されるモノを生み出していく人間ではなく、モノに憑いている死者だということに、真央の指摘で気づきます。絶望した四方は、自らの手で片眼鏡を壊し、四方の意識はこの世を去ります。
このやり取りをしているときの、真央の表情の変化が秀逸でした。読んでいてゾクリとするほど冷たい表情だったり、憐憫の眼差しで「いつまで続けるおつもりですか」と四方に尋ねたり、涼しい顔で「私、道具は壊さないのが信条です」と語る真央の表情の変化は、最終巻である7巻で楽しめるのですが、7巻にして「私はいままで(1巻から7巻まで)、何をみてたんだろう、ここまで表情豊かな真央さんを、何故『クールな女店主』と思ってたんだろう」と思い、ショックを受けてしまいました。1巻からじっくり時間をかけて読み直して、登場人物たちの気持ちをもっと丁寧に捉え直さなければいけない、と思いました。
漫画の中で「このキャラのこの顔が好き」とか「漫画家さんの表現力すごい!」とか思うのはよくあることなのですが、この熱いシーンでこの冷たい目!とショックをうけたのは久々のような気がして、とっても興奮してしまいました。
要ちゃんは感情移入しやすいキャラです。おじいちゃんからたっぷりの愛情を受けて育ち、そのために弟に疎まれて悲惨な環境に陥ったあげくに、不思議な真央のところに転がり込んで不思議な経験をたくさんして、自分の問題へとしっかり立ち向かいに戻る少女です。家族を思いやる温かい心を持ちながらも、そのために自分を犠牲としてささげたりすることもない強い女性です。
そんな要の、買い主に寄り添ってモノを届けていきたい、という気持ちには、読者としても寄り添いやすいのですが、この物語の主人公はあくまでも真央です。
ゆかりや要の成長につきあい、四方の迷いにも寄り添い、藍沢や神谷の思いも受け止めつつ、自分の信条を持ってモノと人間を、人間の選択に任せながら、時間を超えて見守る、真央という存在は何なのでしょうか。
モノがただのありふれたモノから不思議な力を持つ存在へと変わる瞬間も、この物語のなかで描写されています。この作品を読むことで、とても濃密で豊かな時間を過ごさせてもらったような気がします。