『恐怖耳袋〜憑きもののはなし〜』は永久保貴一さんの作品です。43ページという短めの作品で、M美術大学の民俗学研究室で起こった出来事をレポートするものです。
研究室のメンバー13人は教授に指示されて「日本の憑き物」について取材を行います。
ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。
学生のひとり、みどりさんは犬神の取材を希望しますが、教授はみどりさんには犬神は荷が重いだろうといい、オサキの取材を割り当てます。
みどりさんは細田くんと一緒に細田くんの実家を取材します。細田家はオサキ狐に護られて自然災害ですら避けて通るため、他の家にはある防風林すらありません。細田家の取材のあとみどりさんは近所でヒアリングを実施しますが、後でテープ起こしをしようとすると異様な雑音がして内容を聞き取れません。学友に聞かせると、その音は、お能でキツネ憑きがでてくるシーンで謡い手が唱和する声と同じだというのでした。
そして、犬神の取材に行った横堀くんと吉本くんは取材先で怖ろしい目にあいます。犬神の見た目はネズミに似ているという話を聞いた晩、二人は取材先に泊めてもらいます。すると夜半、横堀くんは憑き物がついたようになり、吉本くんは大群のネズミのようなものが布団の上から自分を襲うのを目にします。翌朝気づくと布団はボロボロです。謝る二人に、家人は「よくあること」と言います。そして「あなたたちあまり気に入られなかったようですね」といいます。その後横堀くんは急死し、吉本くんは行方不明になります。
この漫画を描いている永久保さんも怪異に襲われます。みどりさんから聞いたオサキの資料はあるのに犬神の資料がないのです。怪異を手掛ける永久保さんはよくそんな経験をするといいます。取材テープが聞けなかったり資料をコピーしようとしているとコピー機が壊れたりするというのです。その内容を作品にすることを妨害されているような印象があります。
永久保さんは、迷いながらも記憶を頼りにこの作品を仕上げ、発表します。そのことで、永久保さんや読者に、どんな影響があるのかはわかりません…
永久保さんの作品を初めて読んだのは、『カルラ舞う!』シリーズのいずれかで、他にもいくつか読んでいます。永久保さんの絵には不思議な安定感があって、初めて読んだ時でもなんとなく読んだことがあるかのような安心感がありました。といってもよく見かける絵柄というのではなく、永久保さん独自の、一度読んだら忘れられないユニークな絵柄です。多分、頭とあごのそれぞれの丸みと目鼻とのバランスが、私にとって心地よいものなのだと思います。
でも基本的に、永久保さんのお話は怖いのですよね。この作品も内容も怖かったし、「何ものかに描くのを邪魔されているように感じる」経緯があって、ご自身はご自分の信念によって描いた、でも読者のことまでは知らない、というセリフにもゾクゾクします。あまり怖すぎるホラーには近づきたくはないのですが、それでもこの作品は永久保さんの絵見たさに怖がりながらも読んでしまいます。描いたり書いたりするのを邪魔されるという描写はオカルトでは時々見かけますが、ちなみに私は、そういうことがあっても不思議ではない、と思うタイプです。
『ホラー シルキー マジメに占ってもらいました4 Over60の未来予想図』のときは永久保さんの自画像もコメディタッチでかわいいのですが、この作品では終始怖い顔です。それもシブくて素敵です。『永久保貴一の極めて怖い話』では、最初のシーンから永久保さん御本人が登場で、予測していなかったのでちょっとびっくりしたのですが、今回はもう慣れたもので、御本人の「みなさんこんにちは。永久保貴一です。」という挨拶から始まるところから早速永久保ワールドにどっぷりと浸ります。
民俗学は学んだことはないのですが、民俗学科のフィールドワークというと民話や昔話の聞き取りと蓄積、考察、というイメージがあるので、言い伝えの一形態である怪談(憑きもの)をテーマに、ゼミで手分けして取材する、というイキサツに違和感はありません。でも、犬神はちょっと怖いからみどりさんには荷が重い、一番安全なオサキを担当して欲しい、という教授にはちょっと違和感がありました。何をどう判断して「安全」「怖い」「この学生には安全なもの」「ディープなものはこの学生」と判断したのか、それを知りたいです。
実際、怖いという犬神を、教授は、将来を嘱望されていた吉本くんに割り振るのですが、吉本くんと横堀くんは犬神には気に入られず、二人には不幸な顛末が待っています。教授がみどりさんに犬神を任せなかったのは、みどりさんの霊的感受性が鈍すぎると判断したのか、鋭すぎると判断したのか、どちらなのでしょう。取材先の家のひとは、二人はあまり気に入られなかったと言っていましたが、気に入られる人が取材に行っていたならば結果も違ったのかな。
でも、一番安全なオサキを任されたみどりさんも、取材データからレポートを作成することをキツネに邪魔されています。細田家の当主や細田くんが見えるオサキを、みどりさんは見ることができなかったにも関わらず、みどりさんは取材テープを聞くことすら拒絶されているのです。みどりさんも感受性が豊かだったから拒絶されたのか、その逆なのか。とても気になって考え込んでしまうのでした。そして、一番安全なオサキでこれなら、その他のテーマはいったい?
このあと、この研究室では「憑きもの」の話はタブーになってしまったとのこと。確かに指示を出した教授は、その指示を悔いたに違いありません。民俗学くわしくないからよくわからないけど、憑きものに関する研究を完全に排除したとき、研究に偏りがでてきてしまったりしないのかな?というのがちょっと気になりました。民俗学自体は調べることいっぱいありそうだし、ひとつのテーマを排除したとしてもそれで研究に困ることはないのかな?なんか、民俗学っておもしろそう、と安易に思ってしまいました。
ちなみに『耳袋』とは、江戸時代の根岸鎮衛による随筆で、多様な話柄が取り上げられていて、必ずしも怖いお話だけを集めたものではないようです。自分の勉強不足をひしひしと感じます。