ROUTE END

『ROUTE END』は中川海ニさんの作品です。ベテラン特殊清掃員の春野太慈の近辺では最近、ENDと呼ばれる連続猟奇殺人事件が起こっています。殺害後、遺体が切り刻まれ、ENDの形に並べられることからこの通称がついています。

太慈もEND事件の清掃を担当することになります。

ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。また、お話の性質上、過激な表現もありますので、ご注意下さい。

血の跡が染みついた床板を切り取ると、床下には白骨死体がありました。過去を調べると、この部屋では過去にも事件がおきており、そのとき清掃を担当したのは、太慈の上司の橘だったというのです。

橘は失踪し、太慈が清掃業の社長を勤めることになります。従業員の加藤と柳女は、清掃前に現場でセックスすることが常です。橘は、そうすることで彼らは精神の均衡を保っているのだと説明していました。受け入れていた太慈ですが、いろいろ悩んだ末、加藤に、一度自分と向き合ってみてはどうかと勧めます。太慈が加藤に勧めたのは、刑事の五十嵐と一緒にいたときにたまたま出会ったカウンセラーの江崎です。

END事件の犠牲者は増えます。橘もターゲットになりますが、橘にそっくりの別の男も殺されています。捜査本部は混乱します。

そして、加藤もENDに殺されます。太慈は容疑者ともENDの次のターゲットともみなされ、警察にマークされます。しかし、刑事のもとに「現在ENDが解体作業中」とのたれこみが入り、ENDは逮捕されます。ENDはなんと、太慈の弟の真人でした。

太慈と真人の母は自殺しています。自殺現場を発見し、母が自分を残して死んだことにショックを受けた太慈は悲しみより怒りを感じ、死んだ母の足に噛みつきます。父は母の命日には何もせず、毎年母の誕生日に家族を集めて祝います。そんなふうに感情を外に出せる父兄に対して、真人は感情が動かない自分を感じていました。そして母が遺し、父が子供らに隠していた遺書に、誰も愛せないと母が書き残していたのを知り、母と自分の共通点を感じていました。

しかし、真人が犯した殺人は連続殺人のうちのいくつかに限られ、基本的には自殺者の体を解体していたことがわかります。真人が殺したのは、母が死んだあと丘の上にいた知らない中年の男です。心が動かない自分への激情を男にぶつけたもので、男は「許す」と言って死にます。その遺体を始末したのは殺された男と同じ顔をした男、橘。そして大人になった真人が殺した男も、橘とそっくりな男でした。真人が殺したとき、その男も「許す」と言います。真人が自殺者を解体したのは、自殺だと遺された家族が傷つく、バラバラにすることで死因を隠す、ENDの形にしたのは意味はなくなんでもよかった、という動機でした。

連続殺人鬼の家族として激しいバッシングを受けていた太慈ですが、真人が自殺者を解体していたことがわかるとバッシングも一段落します。そんな太慈は江崎を訪ねます。真人は江崎が患者を自殺に導いていることを知って、自殺するのを待って犯行に及んでいたのでした。そのことを太慈は確認したのでした。

刑事に真人のことをたれ込んだのは橘でした。加藤が死んだ後、江崎と話した柳女が自殺しようとしたのも橘。真人が子供の頃に殺した男も橘。その遺体を始末したのも橘。大人になった真人に殺されたのも橘。橘は江崎のもとを訪れ、江崎は「死人をカウンセリングするのは初めてだ」といいます。その後、橘も江崎も失踪し、血まみれになった江崎邸を清掃するのは、謎の男から清掃を依頼された太慈たちです。

30年経って真人は仮出所します。太慈が迎えに遅れて行くと真人の姿はなく、真人はそのまま失踪そてしまいます。読者には、橘に会う真人らしき男の姿が見せられます。真人の息子は結婚します。太慈も五十嵐も招待され、二人は時を経て再会します。

特殊清掃業というのは文字通り特殊な仕事で、それを取り上げるだけでも漫画のテーマとしては十分な気がしますが、この作品ではさらに猟奇連続殺人が取り上げられるので、読み始めてすぐ、読者も「これは腰を据えてじっくり読まなければいけない」と、覚悟を求められます。さらに、主人公の太慈は「母にとって、自分は生きるための動機にはならなかった」という重い思いを抱えて生きている青年で、それもそれだけで作品の主題となるテーマです。それに加えて、そんな自分を制御しきれないでいた高校卒業したての太慈が「死に近い仕事をするしかない」と思って飛び込んだ特殊清掃の仕事先で、しっかりと受け止めて仕事を教えてくれた橘さんがかつて仕事をしたところで白骨死体が見つかり、さらにさらその橘さんが猟奇殺人事件で殺されてしまうという、これでもか、これでもか、と畳み掛けてくるストーリーに圧倒されました。

しかも、太慈と親しく情報交換する女性刑事は施設育ちで、同じ施設で育った弟は自殺していて、彼女はそのことを受け止めて切れずに悩んでいる、太慈が住んでいるのはその弟が自殺し、橘さんが処理した事故物件。重い。

部下の加藤は女房子供を事故で死なせたトラウマからEDになり、でも唯一、特殊清掃の現場だけでセックスができる。その相手をしている柳女は、同情から受け止めて相手をしているだけじゃなくて、そんな風に受け止めることで、子供を産めない体なうえ両親を信頼することができない自分を癒やしている共生関係に陥っている。重い、重い。

そんな、とてつもなく重たい話のはずなのですが、読んでいてその重さにのしかかられることはありませんでした。

生き生きと動く刑事たちの動きが、心地よいリズムをうんでいるのかもしれませんし、何より太慈が心の傷を抱えながらもしなやかで、決して打ちのめされていないことが大きいのかもしれません。絵はどちらかというとカタイ感じのする絵なのですが、そのせいで五十嵐が刑事という仕事にのめり込んでいるところもよく表現されています。癖のある他の刑事たちも、それぞれポリシーがあってそれに突き動かされているのがしぶくてかっこよくて、読んでてドキドキできてとても楽しかったです。

加藤と柳女も、後から入ってきて即戦力となり、橘の教育を受けた太慈の運営方針に納得して働く田中も、それぞれ魅力的でした。正直、最初に五十嵐が訪ねてきたときに激しくセックスに興じる加藤と柳女の姿には、むしろ出落ち的なギャグめいたニュアンスすら感じてしまいました。「特殊清掃っていうのは、その特殊さに見合うような特異な人でないとやってられないんですよ」というものかと思ってしまったのです。ある意味その印象は当たっていて、少なくとも太慈と加藤と柳女は、死に向き合う仕事をすることで、自分が生きるということを見つめているようです。実際に特殊清掃を生業にしている方々がどう感じているかはわかりませんが、やはりある種の耐性がないとできない仕事だし、心を病んで辞めてしまう方もいると聞いたことがあります。太慈たちが「この仕事によって生を見つめる」というのは、とても理にかなったことだと思いました。

刑事たちはさらにそうです。特殊清掃についた方の話としてよく聞くのは「警察はほんとうにすごい」ということです。特殊清掃の方が現場につくときには、ご遺体はすでに警察が持ち去っているからです。付属物は残っていることもあって、頭から外れた、髪のついた頭皮とか、自動加熱で煮込まれた体液の入ったお風呂など、特殊清掃員さんが処理しなければならないそうですが、そんな状況になっているご遺体を警察の方は片付けているんだなー、というのと、親族がいても引き取り拒否するような状況や、親族がいないという悲痛な状況にも、平常心で対応し、それが殺人であれば犯人をあげるために捜査するというのは、並大抵の覚悟ではできないことだと、この作品からも改めて思わされました。

しかもこの作品では、橘という、人外の存在がいて、遺体についてもタレコミについても、辻つまが上手く合わない話がでてきます。橘の存在はあくまでも作品、フィクションなのですが、長年刑事を勤めている方は、もしかしたら理屈だけでは納得できないことにも出会っているのでは?などと考えてしまいました。

この作品では、多くの人を自殺に追い込んだ江崎に罪を問うのは難しい、という描写がありますが、実際の事件においても、そんな歯痒い状況はあるのではないでしょうか…

橘の存在は、SFみたいなポジションです。特殊清掃、連続殺人というテーマを扱っていて、刑事たちの苦労や、太慈ら巻き込まれた人物たちの苦悩がしっかりと描かれている中で、「だからこそSFやファンタジーに行かず、理詰めで表現する作品にして欲しかった」という感想を持つ方もいるのではないかと想像します。でも、私は橘の存在も含めて、この作品がとても好きです。橘は殺されるし、遺体も残ります。でも、死なないのです。そしていつも、自分が殺されることを受け入れて、殺した相手を許すのです。それでいて、真人が息子や兄といるときに襲ってきたり、真人が解体していることを刑事にたれ込んだり、その行動には説明がつきません。出所した真人を迎えに行く(のだと私は解釈したのですが)のも、何故なのか、そのあとどうするのかもわかりません。高校を卒業した札付きのワル(と周囲に評価されていた)太慈を受け入れたのも、偶然なのか、それともそうなるように太慈をコントロールしたのかもわかりません。その謎な点も含めて、太慈と真人にかかわってくるところが、私はおもしろかったです。

とにかくおじさんたちが魅力的な作品で、あらすじには入れられなかったのですが、自殺してENDに蹂躙される若狭仁も、その兄の若狭恭司もかっこよかったです。恭司は弟の死をネタに記者たちから金を取り、複数の女と同時進行で寝て、しかも自分の気分次第で全裸の女性を部屋の外に追い出したりする男なので、普通に考えて最低きわまりない人物なのですが、恭司なりに思うところあって、深く傷ついたりしているのがじわっときました。中川さんは人物を描くのが上手い!と思います。

そして、太慈と五十嵐のほのかな恋の顛末も作品に色を添えていて、とてもよかったです。

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