『マーディストー死刑囚・風見多鶴ー』は原作 半田岬さん、キャラクター原案 灰染せんりさん、漫画 ゆととさんの作品です。ユニークな殺人方法で注目を浴び、一部マニアから、殺人とアーティスト者を合わせてマーディストと呼ばれる多鶴が、警察に協力する条件として、自分と夕木音人との面談を要求したところから物語は始まります。
音人は妹を溺愛し、行方不明になっている姉の琴都のことを案じている普通の大学生です。
ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。
多鶴は毎回、自分の模倣犯の情報を音人に渡しますが、その方法はテーマを決めてそれに関わる質問を音人にさせ、Yes/Noで答える、テーマを外れる質問には答えない、という方法です。気が向くと質問していないないこともペラペラと教えてくれます。どうやら多鶴は琴音を知っている模様。音人と刑事の朝顔は多鶴からの情報をもとに模倣犯たちを捉えます。
そんな多鶴の正体は琴都。そして音人の正体は、他ならぬ多鶴。琴都は、多鶴の仲間である天才的な技術者に頼んで多鶴そっくりに化け、多鶴のかわりに罪をかぶるため、出頭して死刑囚になっていたのでした。そして多鶴は、琴都が弟を呼び出して模倣犯たちを検挙するだろうと、音人に成り代わっていたのです。
音人になった多鶴は琴都に、「ここから出なさい」と告げます。多鶴への死刑は執行され、多鶴は警察に頼んで、もう自分の模倣をするな、という主旨のビデオを流させます。琴都は琴都の姿に戻ったのち迷っていましたが、最終的には家族の前に戻ることを決意します。
殺人犯とゲームをして模倣犯の情報を引き出すという、突拍子もない設定ですが、多鶴のきらびやかな容姿や、こんな重大な事件を扱うには経験にも知力にも飛び出たところがない刑事の朝顔さんのお兄さん的雰囲気につられて、読者もわりとあっさりと設定を受け入れてしまいます。多分、重度のシスコンである音人くんの、毒がない人柄もよいのだと思います。
最初の事件では、フィギュアメーカーの「居場所」をテーマにゲームが行われます。「犯人は日本にいる?」という質問をかわきりに、音人は質問をして、フィギュアメーカーの居場所を突き詰めていきます。このときの多鶴と音人のやりとり、音人がいかに的確な質問をするかが、この漫画のポイントになるのではないかと思うのですが、意外とそうでもありません。多鶴のゴージャスで人を喰ったような性格と、音人が「頑張らなきゃ」と考える様子がお話のメインになっています。そういう意味では、真剣な推理合戦に期待した読者はちょっとがっかりだったかもしれません。前述のとおり、多鶴は興がのるとドンドン教えてくれるし、謎解きを楽しむというよりは、音人と話すのが楽しくて楽しくて仕方ない多鶴の様子と、巻き込まれて振り回される音人の困惑を楽しむのがメインになりました。
実際、多鶴は目力がすごくて、服装も華やかで、見ていて楽しいキャラです。後に、多鶴が琴都であり、音人が多鶴であることがわかると、二人のやりとりそのものが、この漫画の目的だったことがわかるので、読み終わってからまた読んでも納得できる作品です。
音人が多鶴、とわかったところでは、読者としてもものすごいショックで、頭が真っ白になりました。今まで音人として、多鶴に振り回されたり、琴都を心配したり、妹を心配してたりした音人の気持ちに寄り添ってお話を読み進めてきたので、突然足元が崩れたような気持ちになりました。大ショックです。予期できていた読者さんもいたのでしょうか?私は完璧に「やられたー」という感じで、そのあとどう読んでいいのか、ちょっととまどいました。
そこからは、多鶴と琴都の魂のやりとりになります。普通の男の子だった音人の目には力が宿ります。生まれながらに強烈な意志を持った多鶴と、その多鶴を守りたいという強い意志を持った琴都のやりとりは、それまでと打って変わってきらびやかな派手なものとなります。そして多鶴は琴都に「ここから出なさい」と告げます。
多鶴が処刑された後で放映される多鶴の映像から、琴都は「わたしになるな」「模倣するな」「自分で考えなさい」というメッセージを受け取ります。ここでの琴都は、いままでのカリスマ多鶴を模倣した姿ではなく、音人の姉としてふさわしい、地味な琴都です。そして、これからどうするのかと朝顔に聞かれた琴都は答えます。「家に帰ります」と。きらびやかだった多鶴の模倣をやめてしっかりと生きていく琴都の、前向きなラストでした。