裏切りは果てるまでお前を責める

『裏切りは果てるまでお前を責める』は尚騎ユウさんの作品です。ふと目を覚ました若い男。少女が自分の顔を覗き込んでいるのを見て「誰?」と尋ねます。

少女は安殊。祖父の八塩が、山で意識を失っている青年を助けて病院に運んだのでした。青年は記憶も失っています。

ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。

青年が消息不明の息子と一緒に写った写真を持ち、息子と同じ曼珠沙華の刺青をいれていることから、八塩は青年の面倒をみます。安殊は青年になつき、何も言わずにいなくならないで、と約束します。

青年は自分がいたという施設を訪ねます。そこでマリナという同世代の女に会い、自分の過去を知っているマリナについていきます。青年の名は紅一といい、八塩の息子である茜を親の仇と狙って殺しに行っていたはずでした。内海と名乗るやくざと黒田組長がその後押しをしていたのですが、実際には紅一は記憶を失う前、黒田を殺していました。

内海は紅一に茜を殺させようとしますが、様々な経緯と気づきがあってマリナが内海を殺し、紅一は茜を殺そうとします。その結果は読者には明かされません。

実は、紅一と安殊は異父兄妹でした。記憶を失う前の紅一の人生は厳しいもので、紅一は常に要らない子として扱われてきたので、八塩に愛されて育っている安殊のことも憎んでいました。しかし安殊は、自分も紅一とかわらないと言います。安殊は八塩や周囲の人が自分に優しいのは、茜が自分に残した資金のせいで、それがなければ自分は要らない子だと感じていたのです。

紅一と安殊の心が繋がったとき、紅一は少女誘拐の罪で逮捕されます。それから数年。出所してきた紅一に安殊は「お帰り、お兄ちゃん」と声をかけます。

知らない作家さんですが、単話版の表紙が気に入ったので読んでみました。主人公の記憶喪失から始まる「自分が何者で何をしてきたのかわからない」ために焦燥感にかられるお話は漫画ではよくある展開と言えるかもしれませんが、やっぱりドキドキしておもしろいです。和彫りの見事な刺青があることから、青年の半生がおだやかなものであったとは思えず、実際、青年はおもちゃのピストルを見て激しい頭痛と目眩をおこしたりするし、そもそも冒頭で主人公?が銃を向けられるシーンもあるので、このお話がほのぼの系であるわけがないことは最初からわかっています。

でも、安殊がいやに積極的に青年に関わってこようとするところも「田舎で老人に囲まれて素直に育っている中で、自分が面倒をみれるお兄ちゃんが現れて嬉しいのだろう」と微笑ましく見ることができ、安殊との絆ができていくところは気持ちよく読むことができます。服を買いに街のショッピングセンターに行って、青年をしっているらしき派手な女と出くわすところでは、安殊との幸せな生活が崩れるのではないかと、ドキドキします。

青年を知っているという男が現れ、青年が世話になっていた施設につながるあたりの流れもとても自然でした。そこで様子を見に来たマリナと再会し、思い切ってマリナについていってしまうところでは「何も言わずにいなくならないと、安殊と約束したくせにー」と思ってしまいますが、もし自分が記憶をなくしていたら、と思うとついて行くのも当然だと思えます。そんなふうに、この作品は、記憶喪失とかやくざとか殺人とか、自分と遠い世界の話なのに、紅一の行動に「そうしちゃうよねー」と思えるところが私としてはありました。

内海との初対面では、甘味がすきなニコニコしたおじさんなのに、ついていったら容赦のないやくざだったところが怖かったのですが、内海の描写をみているとどこか常人離れした冷たいものが漂っているようなので、最初の甘味のシーンはギャップ見せだったみたいです。

結局、紅一の背景をまとめると、内海と紅一の母が付き合っていて紅一が生まれたがそのときには母は棄てられていて、茜と母も付き合ったけど紅一にはその記憶はなく、その後付き合った男と母が心中して、茜はいつだかに母との間に安殊をつくり、その後施設にいる紅一のところに顔を出していいおじさん役をしていた、ということのようです。紅一は内海と知り合ってやくざになり、内海から「お前の両親を殺したのは茜だ」と言われてそれを信じ、茜とおなじ彫り物を入れて復讐を誓ったのでした。話がここら辺になるとちょっと混乱します。このあたりは説明されるだけなので臨場感がなく、何故茜を慕っていた紅一が内海に騙されたのか、内海の真意はなんだったのか、というあたりがごちゃっとしてて私にはいまいちわかりませんでした。前半の紅一の行動に納得がいっていただけに、ここはよくわからなくて読み返しました。

マリナの話もちょっとわかりにくくて、マリナも内海から茜を「父の仇」と教えられて信じていたところ、父と自分と父が殺された現場にいた犯人しかわからないはずのことを内海が知っていたことにショックをうけ、そのことが肝心なところで突然内海をマリナが殺す理由になったので、読者にとってみてもまさに急転直下な展開でした。

このあたりの急転直下をどう感じるかによって、この作品への評価は変わるかもしれません。私はちょっと唐突な感じがしたので、もっと巻数があって整理して丁寧に過去のことが語られていたら、さらにこの作品にのめりこんだかも、という気はしました。2巻完結なので、冗長さはないのですが、ちょっとだけごちゃごちゃっとなってしまった感がありました。

紅一が、実はいじけた子で、なんで俺はいつも要らないって言われるんだ、なんで安殊ばっかり大切にされてるんだ、と、黒い思いを抱えていたことはショックでした。そのあたりからまた「お話に納得できる」感が戻ってきました。記憶を失った紅一は素直な青年だったので、この過去は意外でした。というか、ここまでずっと紅一のことを青年と書いてきて、それは第一印象が青年だったからなんですが、紅一は少年なのかもしれません。

そして、幸せな子だと思っていた安殊が暗い瞳を見せるところも秀逸でした。両親はなくても周囲からあいされてまっすぐに育っている健気な少女、と思いきや、周囲の好意の眼差しの向こうには大金があることを悟り、誰も信じられずにいる少女だったのです。ここの表現と、最後にお帰りを言うときの安殊の表情が好きで、すっかり尚騎さんのファンになってしまいました。

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