足掻く

『足掻く』は菊池直恵さんの作品です。中学生の幸人には2-3週間先の未来を見通す力があります。大学生の大地と一緒に行動している幸人は、みわの姿を見て、みわが自殺すると予言します。

苦学生のみわは何故か大地からくじの当たり券を貰うようになり、ピンチをしのぐことができたかに見えましたが、同じく苦学生だった彼氏のリョースケに金を狙われてストーカー化されてしまい、地元に逃げ帰ります。でも、少なくとも自殺は回避できました。

ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。

次に幸人が助けたのはギャンブル好きの救いようのない男。助けた理由は、その男が自殺を図ることで巻き添えになってしまう中学生を助けたかったから。大地は、その中学生が幸人の人生におけるキーパーソンなのではないかと考えます。

大地もかつては未来を知る能力をもっており、その力を駆使してよい高校に入っていましたが、高校生になってからは力が枯渇し、自暴自棄に生きていました。バイト先のキャバ嬢の息子である幸人に予知能力があることを知った大地は、幸人の能力を利用して小金を手に入れることで満足していましたが、いつしか幸人を思いやるようになり、母に「お前さえ産まなければ」と言われてしまって以来生きる希望を失くしている幸人の人生を「キーパーソン」が変えるのではないかと考えていました。

そのキーパーソンは、いじめられっ子の秀美。彼女は生き甲斐を持たず投げやりに生きていたためにいじめられても気にしないでいましたが、幸人に助けられたことをきっかけに幸人に興味を持ち、人生への興味を持ち直して家族との関係も修復します。

大地は幸人の秀美への想いは恋だと気づいていました。自分も、実の妹への許されない恋心を抱いており、しかも妹も自分に恋していることを知っていました。

そんな中、幸人は秀美の死を予知してしまいます。大地は、「俺たちの能力にはおそらくキャバがある。これからは秀美の死の予知だけをしてそれを回避することにしよう。つまり、宝くじを当てて小銭をかせぐ俺との協力関係は終わらせよう」と、幸人に申し出ます。

大地は妹と向き合って気持ちを確認し合った上で兄妹として道をはずさずに生きていくと誓い、幸人と秀美は同級生として、恋人として、支え合って生きていきます。

菊池直恵さんの作品は、『堕ちる』や『あな』を読みました。『堕ちる』は東電エリート女性殺人事件をモチーフにしたと思われる作品ではじまり、そこから派生して、闇を抱えた男女のお話が続いています。『あな』は、5000円というあり得ない値段で体を売る制服の少女のお話です。わりとかたい表情のキャラクターと相まった、深刻な社会派のお話です。

このお話も、最初は、友達に「コンパに行くためにバイトなんてさぼっちゃいなよ」と軽く言う友人の言葉に顔を曇らせる大学生が主人公です。真面目な性格のみわですが、顔を曇らせたのはバイトをさぼると収入が減る、コンパに行けば余計なお金がかかる、というだけでなく、そんなことを考えもしない友人の言葉に、みんなと自分の境遇の違いを感じて傷つくからです。しかも、みわはそれだけでは足りず、夜の店でもバイトしたあげく、やりたくもない売春すらしているのです。みわの彼氏も似たような境遇で、わかりあえる喜びはあるものの、援助は期待できません。さらに、みわが売春していることを知ると、怒るどころか、もっと売春して自分に貢いで欲しいと言い出します。「足掻く」というタイトルもあいまって、ここまでは、菊池さんのおとくいの社会の深層を暴き出すお話だと思いましたが、みわのお話が一段落ついたところで、社会劇だけではなく、幸人の特殊能力のお話であることがわかりました。

秀美がいじめられるシーンにはやっぱり菊池さんらしさを感じます。いじめられてつらい思いをしているはずの秀美が、そのことにまったく無関心で、ただひたすら自分とだけ向き合っていて、いじめられることが面倒だと思えば、投げ出して死んでしまうことしら意に介さないのです。それなのに、今死ぬといじめが辛くて死んだと思われるよ、という言葉には反応するのです。何もかもに無関心でいるかというと、決してそうではなくて、何か譲れないものが秀美の中にある、ということがとても印象的です。

そして、秀美に対する恋心を、それと意識していない幸人の姿にも心を掴まれます。幸人は、母に「あんたなんて産まなければよかった」と言われてしまった子供です。でも、母も、常にそう思っているわけでないことは伝わってきます。大地が指摘したとおり、産まれた子供が憎ければ「幸人」という名はつけないだろうし、常にネグレクトしているような様子は描かれていません。それでも、仮にたった一回だったとしても、母に疎まれてしまった子供の傷は大きいでしょうし、だからこそ、生き甲斐をみつけられずに周囲とのコミュニケーションを断っている秀美が、幸人にとっては「からっぽな人」というだけではなく、自分がからっぽであることを許していない孤高の人にも見えたのではないかと思います。

大地の立ち位置の変化も印象的でした。最初に現れたときから「いいひと」っぽかった大地ですが、幸人と出会った頃は、ただ幸人の力を利用しようと思っていて、その表情をたやすく幸人に見破られてしまっていました。そこには妹への複雑な思慕も、力を失ったことへの葛藤も見れず、ただただ、これから楽をして生きていく糧を見つけたことへのこずるい喜びしか見えませんでした。それがいまの大地に変わったのは、幸人が、ただ利用するにしては純真な子供だったこと、純粋な幸人と触れているうちに、大地が本来持っていた誠実な性質が表面にでてきたことによるものと思われます。

少しかたさを感じさせる菊池さんの絵が、幸人、秀美、大地を鮮やかに描いていると思いました。特殊能力を持った少年、というファンタジーを描きながらも社会の闇を同時に浮き立たせるのは菊池さんならではです。一気に読んでしまいました。

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