自伝板垣恵介自衛隊秘録

『自伝板垣恵介自衛隊秘録〜我が青春の習志野第一空挺団〜』は板垣恵介さんの作品です。1977年に自衛隊に入隊し、1981年に除隊した稲垣さん。4年間の濃い自衛隊生活の思い出を綴っています。

たとえば、富士山1周100キロを、2夜3日で強行する行軍が語られます。

ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。

1977年9月、歩き始めて3時間も経たないうちに、板垣は「殺される!」と思います。装備はゆうに30キロを超え、与えられる水は1日に1キロきり。富士山周辺だから坂道になれば、前を歩く隊員の靴の裏が見えるような急勾配を行軍します。3度の食事を除き、50分歩いて10分休むのを繰り返します。それは100キロ20万歩続く道のり。たった10分の休みなので、板垣は1分でも長く休もうと装備もそのまま横たわりますが、班長はしっかり装備をはずし、靴紐を緩め、鉄帽も脱ぎます。実は装備を解いた方がしっかり休めるのだと板垣が知ったのは1年後のこと。休憩を終えると関節に棒が入っているかのように感じ、体は悲鳴をあげますが、それでも前に進まないことには行軍は終わりません。

ぬるい水がどんなに美味しいかを感じて水を飲むのが止まらなくなる板垣ですが、補充は明日までないぞ、と怒鳴られます。行軍経験者が持っているのは、ポッカレモンの原液。酸っぱいレモン水をちびちび飲んで乾きを癒し、水は温存するのです。板垣は、人は喉が乾くと濃縮レモン水すらがぶ飲みできることを初めて知ります。

他に知ったのは、口が極端に乾くと、人はサ行を言えなくなること。3日目、最終日には、たとえ今神さまが「歩きききったら、数日前に亡くなった、お前が敬愛する東光大僧正を生き返らせてやる」と言ったとしても、それでも、もう歩きたくありません…と、板垣は朦朧とした頭で考えます。

それでもついに行軍は終了。感慨もなにもなくただ安堵感に包まれる板垣。ニヤリと笑って「オメデトウ。半人前になれたな」と言う班長。反応もできなかった板垣ですが、あれから20年経っても、あの限界まで出し切った3日間が自分にもたらしてくれたものの大きさを感じています。

他に、2時間ノンストップの演習移動の車内で尿意と激しく闘い、負け、誰にも気づかれずに開放された話、知上340メートル200キロで飛ぶ機体からの初降下訓練の話、性欲を抑えると決意して7カ月後に降下塔の下で誰にも見られず力強く自慰行為する話が語られます。

板垣恵介さんは格闘ものである『刃牙』シリーズの作者さんとのことですが、読んだことはなく、自衛隊秘録というタイトルに惹かれてこの作品を読みました。

自衛隊といえば、友人のお父さんや知人の弟さんのことを思い出します。友人は子供の頃はお父さんの仕事柄、転校が多かったとのこと。何年かしたあとに同じ赴任地に戻ることもあり、以前はかるくいじめられていた相手が数年後に戻ってきたときには親友になった、という話を聞いたことがあります。

知人の弟さんは高卒で自衛隊に入り、30歳ぐらいで情報担当官になっていたと思います。入隊直後は寮生活で、しょっちゅう抜き打ちで部屋の清掃チェックがあり、合格しないと罰として部屋全員腕立て伏せをさせられたそうです。そこで、ある日意地になってカンペキなまでに部屋を磨き上げ、整理整頓もしたところ、先輩は窓の外を指で擦って「汚い!腕立て伏せx00回!」と言ったとか。その話を聞いた私は「しごきじゃん!」と反発しましたし、御本人も最初はそう思ったそうですが、ある日ふと気づいたそうです。「あれ?俺、めちゃくちゃ体力ついてんじゃん?これって先輩のおかげじゃね?」と。実際それがしごきなのか体力づくりなのかはわかりませんが、御本人が満足で、体力もついているのならよいことですよね。

陸上自衛隊において、習志野第一空挺団は陸自唯一の落下傘部隊であり、空挺レンジャーは陸自最強を自負する部隊だそうです。「最近は女性の空挺隊員も誕生した」とあり、頼もしいことです。2022年には、元自衛官の女性に対するセクハラについて自衛隊が謝罪するニュースがありました。しごきと訓練が紙一重のところにある難しい組織だとは思いますが、自衛官、特に幹部を目指す女性にとっても、やりがいのある開けた組織であって欲しいものです。

そんな最強部隊で4年間勤め上げた板垣さんのお話ですが、思い切り汗臭く(おしっこの話もあってアンモニア臭もします)、男臭く(自慰行為を経つと決意して実行し、「人間は封印した機能は退化するぞ」と言われて全力での自慰行為を決意するとか男性にしか無理な気がします)、人間の力強さいっぱいで、とても興味深く読みました。

50分歩いて10分休憩のペースで富士山周辺を2夜3日歩くなど、狂気の沙汰ですが、災害支援に入ったり、国際派遣で戦地に赴くこともある自衛隊にとっては、必要なことなのでしょう。板垣さんが自衛隊で経験なさったことが、数十年経ってもご自身にとって他では得られなかった自分のコアになっているということが、作品からもよく伝わってきます。

だからこそ、漫画家というお仕事も、自衛隊とはかけ離れた世界であっても、精神的にも肉体的にもタフなものであると推察できます。板垣さんの場合は、自衛隊でのご経験が、そのタフさを乗り越える力のひとつになっているということなのでしょう。

作品には描かれていませんが、巻末のぱやぱやくんとの対談では2夜3日は「富士山頂上を通過して行軍する」とあります。9月なので雪山ではないものの、自衛隊の皆さんはクレイジーな訓練を乗り越えてるんだなあ、と感慨です。そこで思い出すのが、戦前の日本軍の八甲田山の行軍です。訓練という名の下に多大な死者を出した行軍で、子供の頃には何故そんなことを、と思ったものでした。自衛隊の是非についてここで述べることはしませんが、国を守るには、それだけ強靭な肉体と精神が求められ、その強さは一朝一夕で身につくものではないということなのでしょう。八甲田山の悲劇の大きさと、日々つつがなく訓練を行っている自衛官の皆さんの尊さを感じます。

今、ウクライナとロシアの戦争は泥沼化していて、いつ戦争が終わるのか、誰にも想像できません。いずれにしても、両国とも、肉体的と精神的に訓練を積んだ人たちだけではなく、銃の撃ち方も知らない市井の人が戦場に駆り出されていることを思うと胸が張り裂けそうです。

国際情勢が緊迫している中でもあり、この作品を読んでいろいろなことを考えさせられました。

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