神様、僕は気づいてしまった

『神様、僕は気づいてしまった』は、原作 岩城裕明さん、漫画 ウエマツ七司さんの作品です。喜怒哀楽をそれぞれ司る4人の来訪神が、祭りのときにある人間の元を訪れ、その人間にギフトを授けます。そのギフトを人がどのように使うのか。これは6篇から成る物語です。

第壱篇、文化祭間近の尾上智美17歳の元には喜びの感情しか持たない神、ハルが訪れます。

ここから先は、完全ネタバレで、私なりにあらすじをまとめ、そのあと感想を述べています。ご注意下さい。

智美は、ソワソワと校庭を歩く女子生徒を見て「許された人だ」と評します。告白が成功する、もしくは失敗しても哀れにならない人がそう。そして智美はどちらでもないと自己完結します。地味で特技もない自分。そんな智美に、神様は「固定」の力を授けます。誰かが抱いた感情を永遠に固定する力です。力を使えるのは一回だけ。

智実は同級生の佐々木が好きです。神様は、佐々木に「智実が好き」という気持ちをいだかせてそれを固定すればいいと示唆しますが、智実はそんな気持ちを持ってもらえるとは思いません。考えた末、智実は、佐々木と異様に仲がいいという噂の佐々木の妹を侮辱したうえで佐々木を呼び出します。

智実が佐々木に固定したのは、自分への憎しみの感情でした。これで佐々木はいつでも自分のことばかり考えてそこから抜け出せなくなる。自分がそうだったように。智実は満足します。

第伍篇では佐々木の妹、柚希の元にハルが現れます。最初にハルが現れたのは柚希がまだ小さい子供だったとき。母が再婚して、柚希には父と兄ができました。最初はギクシャクしていた柚希に、兄は歩み寄ろうとしてくれます。「お兄ちゃん私のこと好き?」と柚希は聞き、「妹だから好きかな?」と答えた兄の気持ちを柚希は固定します。

時が流れ、柚希は、誰かがお兄ちゃんに憎しみの感情を固定したことに気づきます。そこに再びハルが現れます。またギフトをもらった柚希は「前みたいに仲良く」と思いますがふと気づきます。前の気持ちだって、お兄ちゃんの本心ではなく固定されただけの感情じゃないのか?柚希はまず兄の憎しみの感情を開放し、そこで自分を好きかと聞きます。兄の答えは「好きでも嫌いでもねえよ」。柚希はそこで固定の力を使います。ふたりは普通の兄妹になりました。

360ページというボリュームをまったく感じさせない引き込み力のつよい作品です。Renta!としては結構お高めの金額でしたが、読んでみて満足でした。

何よりも、神様たちのキャラクターが魅力的です。お面をつけているのですが、立ち居振る舞いにキャラクターがにじみ出ていてよい感じです。喜怒哀楽を論じるときに一番難しいのは、喜と楽の違いだと思います。実際、喜の神様ハルと楽の神様ゲトはちょっとだけ似てて、第四篇でゲトがでてきたときに最初は「あれ?またハル?」と思いましたが、でも読んでるとゲトはちゃんと楽の神様になっていました。

お気に入りは哀の神様ハクで、丸くて黒い大きい頭と、すぐにさめざめと泣くところがなんとも言えずに好きです。怒の神様シュカも、小さい体と不機嫌な態度、4本の手がナイスです。

人間たちがギフトにふりまわされるのもおもしろく、それぞれの決断に必然があってナイスです。ハルは「固定」、シュカは「解放」、ハクは「円環(ループ)」、ゲトは「剥奪」をギフトとします。

シュカからのギフトを受け取った花村将吾は、モラハラを理由に離婚されています。花村はアンガーマネジメントを学び、時折面会する娘と良好な関係を築き、別れた妻とよりを戻したいと望みます。しかし、花村が元妻の心を解放すると、彼女はひたすら恐怖におののきます。ショックを受けた花村は、クリスマスに湧く人々の心をむやみに解放し、街は荒れに荒れます。最後に自分の心を解放すると湧き出てきたのはとてつもない寂しさです。

ハクから円環を与えられた三谷成久は、まずは円環の力を使ってさんざん遊びます。何十年分も遊んだ成久は久しぶりに学校に行き、勉強も楽しいものだと気づきます。ループから抜け出したくなった成久は、ループを断ち切るために、同級生の清水の自殺をとめることにしたのでした。とめることができたと思ったそのとき、清水は心情を説明するメッセージを送ってきて、結局のところ自殺してしまいます。

第陸篇は、その清水麻由が主人公です。麻由の元に神様はきません。でも、麻由が自殺しようとすると、ほぼ初対面の同級生の成久が現れます。成久は、いままで何度となく麻由を止めてきたと説明します。正直、麻由が死ぬしかないと思う気持ちもわかってきた、けれど麻由が死ぬところをもう見たくない、代わりに俺が死ぬところをみろ、といい自殺しようとします。麻由はとっさに止めます。自分が死にたい麻由ですが、誰かが死ぬところは見たくないのです。ふたりはひとごこちつき、ループは終わります。

麻由の話がラスト(巻末に小説がはいりますが、漫画としては麻由がラスト)なので、ほっこりとした気持ちでこのお話を読み終えることができます。

でも、私が一番衝撃だったのは、ゲトが司る剥奪のお話、伊藤薫子33歳のお話です。薫子は高校の教師をしています。高校時代は彼氏もいてクラスの中心にいて演劇部で頑張っていた薫子。でも大学に行くと、先輩たちは薫子よりはるかに博識で、悪いことに知識の薄い薫子をバカにしてきます。気後れした薫子は役者になる夢を捨て、高校で演劇部の顧問になることを夢みますが、赴任した学校には演劇部がなく、卓球部の顧問を押しつけられ、日々を過ごすのに精一杯です。生徒は友達ではないことに気づき、ゲトには「お前は人生を楽しんでいない」と言われる始末です。

そんな薫子は、卒業式のあと、生徒たちひとりひとりの才覚を褒め称え、最後に全員を視界にいれて言葉をおくります。「卒業おめでとう。」その言葉を発したとき、生徒たちの最も優れた能力が剥奪されました。

ゲトは生徒たちを送り出した薫子の手をとって踊りを楽しみます。

薫子が、井の中の蛙だった高校から大学にいって、先輩たちにうちのめされるところがショックです。どんな芝居が好きか、誰の作品が好きか、という話のとき、薫子が、演劇好きの誰もが一度は好きになるっぽい作家の作品を挙げると、先輩たちは馬鹿にします。台本を書くと「はい、駄作」と切り捨てます。まだ読み合わせも舞台傾向もエチュードもしないうちに、薫子はうちのめされて演劇への情熱を失ってしまうのです。そこにたったひとりでも「誰だって最初は初心者だよ」とか「あの舞台もみてみるといいよ」と言ってくれるひとがいたら。そうすれば、まるまるひとクラスの生徒たちの、せっかくの才能が奪い去られてしまうこともなかったのに…

薫子の、夢と現実とのギャップにうちのめされてしまったつらい気持ちがわかるだけに、若者の才能を奪って、ゲドと一緒に楽しそうに踊る薫子の姿が哀しくうつりました。

与えられるギフトが何で、条件は何なのか。とてもシンプルでわかりやすく書かれていることもポイントが高かったし、それぞれのドラマも見事でした。

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